【倉本聰:富良野風話】酸素泥棒
財界オンライン / 2021年10月11日 15時0分
時々不思議に思うことがある。
我々は、食いものと、水と、酸素で生きている。食いものに関しては常に世界中で話題になっている。水についても同じくである。食いものについては、だからその生産が常に経済と結びつき、農業・漁業・畜産業それらで稼いで食っている者はいっぱいいる。
水についてはどうなのだろう。食料生産は殆ど水に頼っているし、その他の水の利用についても食料の場合ほど直接的ではないが、間接的にはかなり重要。飲料水ほど目に見えなくても大きく経済と関わっている。
それでは酸素。これが人間の経済活動とどれほど直接関わっているかというと、ここが何とも曖昧である。人間オギャアと世に生まれてから毎分17〜18回は酸素をとるべく呼吸しているのに、それが生まれてからずっとの習慣であるために慣れ切ってしって殆ど忘れている。コロナ騒ぎで話題になった血中酸素濃度が90近いか80近いか。僕もごくたまに80近くまで下がったことがあるが、とても苦しくて普通の生活が営める状態じゃない。
そこで今よく話題になるカーボンニュートラルという問題である。空気中の炭素の量を減らして酸素との比率を正常に戻そうというのが、その目的だと解釈するのだが、ちがうか。
この比率を正常値に戻すには2つの方法があると思う。1つは炭素の量を減らすこと。今1つは酸素の量を増やすこと。一方は、経済活動を抑制することであり、もう一方は地上に酸素を放出してくれる森林・海中林の量を増やすことである。
そこでここからが僕の疑問である。
海中林のことはともかく、地上の森林の所有者・育成者に、世の中は報酬を支払っているのだろうか。みなさん酸素はタダだと思い込み、大事な酸素の生産者に対して全く対価を支払っていないのではあるまいか。
僕はもう10年、ゴルフ場の跡地を森に還す運動をやっている。酸素を生産するのが目的だから光合成で酸素を生産する葉っぱを作ることが目標である。木材をとるという副産物はない。しかしこの作業には人手がかかり、したがってかなりの人件費が要る。今のところ企業の寄付とボランティアで何とか辛うじて続けているが、そこから産み出した酸素に対する対価は全く支払われていない。これはあまりにも理不尽ではないかと、かねがね僕は思っている。
森林を育てるのは公益事業である。
公益事業にあれほど金を使っている国が、最も大切な〝酸素供給〟という公益事業に全く金を投じないのはおかしい。少なくとも僕たちはもらっていない。
国有林や大学演習林は知らないが、個人の持っている私有林の発する酸素は、タダで人々に盗まれている。酸素が経済活動の枠から、無視されてしまっている現実を、何とかして欲しいと僕は考える。
【倉本聰:富良野風話】総裁室の本棚
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