新1万円札の渋沢栄一は500社に関わったスーパーコンサルだった

ZUU online / 2019年6月20日 12時0分

写真

(写真=PIXTA)

時代が令和に変わり、2024年度に紙幣の肖像画も変更されることが発表されました。その中で1万円札の肖像画に選ばれた人物が渋沢栄一(1840(天保11)~1931(昭和6)年)です。渋沢栄一といえば、明治から大正時代に活躍した実業家ということは知られていますが、「具体的にどんな活動をしたか」については意外と知られていません。渋沢栄一氏の多大なる業績を振り返ってみましょう。

■実業家&スーパーコンサルだった渋沢栄一

渋沢栄一は、生涯に約500社の企業に関わったといわれています。自ら設立した会社もあれば、設立する人に助言をしたり、資金・人材集めの手助けや、時にはトラブルの仲裁にあたったりもしました。渋沢氏は、実業家であると同時に敏腕コンサルタントでもあったようです。さらに、企業の設立だけでなく約600もの教育・社会公共事業にも携わっており、その意味で渋沢氏は近代日本社会の礎を築いたといっても過言ではないでしょう。

渋沢氏が「日本資本主義の父」と称され、福沢諭吉と肩を並べて1万円札の肖像画に選ばれるほど重要視されているのも当然です。渋沢氏の実績は、現在の日本の経済界に多大な影響を与えています。具体的には、渋沢氏が行った「開放的な経営」がその後の、日本の株式市場や資本主義の発展に大きく貢献しているのです。

戦前の日本では、三井や三菱といった財閥が大きく成長しました。しかし、それらのグループではほとんどの会社が株式を公開していません。例えば、三菱電機が東京株式取引所にようやく株式上場したのは1930年代に入ってからでした。いわば閉鎖的な企業体質が中心だったわけです。一方で、渋沢氏が関わった多くの企業は株式会社として広く民間から出資を募り、会社を大きくしていく開放的な企業経営を行いました。その流れが近代日本の経済界の礎となったのです。

■渋沢栄一がつくった会社は今、どうなっている?

渋沢栄一が関わった約500社のうち、6割前後の会社が現在も合併、国有化などを経ながらも何らかの形で存続しています。株式市場に上場されている会社でいえば、王子製紙(現・王子ホールディングス)、石川島造船所(現・IHI)、帝国ホテル、大阪紡績会社(現・東洋紡)、東京ガス、田園都市(現・東京急行電鉄)などがあります。

また、渋沢氏が1873(明治6)年に設立した日本最初の商業銀行である第一国立銀行は、1896(明治29)年に第一銀行に改称。その後、1971(昭和46)年に日本勧業銀行と合併し、第一勧業銀行となりました。さらに、2013(平成25)年に富士銀行、日本興業銀行と合併してみずほ銀行となり、現在はみずほフィナンシャルグループという持ち株会社になっています。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング