特集2017年5月8日更新

文在寅氏が当選=韓国大統領選挙

5月9日に投票日を迎えた韓国大統領選挙。最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)候補(64)の当選が確実に。

朴槿恵前大統領の罷免に伴う「前倒し」選挙

46年ぶりの“春”実施

今回の韓国大統領選挙は、前任の朴槿恵大統領が弾劾訴追により任期満了を待たずに罷免されたことを受けて実施される選挙です。
1987年の憲法改正で直接選挙制となって以降、毎回12月に実施されていた大統領選挙が春のこの時期に開催されるのは、朴前大統領の父、朴正煕氏が当選した1971年の選挙以来、46年ぶりとなります。

任期は5年 国民による直接選挙制

韓国の大統領の任期は5年で、再選が認められていません。選挙も5年おき行われ、選挙権を持つ19歳以上の国民による直接選挙で勝敗が決まります。
なお、7日に行われたばかりのフランス大統領選挙のような「決選投票」はなく、1回の投票で得票数が最も多い候補が当選となります。

投票日は5月9日 当選確定と同時に大統領就任

投票は9日の午前6時から午後8時まで行われ、即日開票されます。
通常、当選確定から2カ月ほどの準備期間を経て大統領に就任しますが、今回の選挙では大統領が不在であるため、当選が確定した時点ですぐに任期が始まります。

韓国が抱える多くの問題を争点に15人が立候補

今回の大統領選挙の争点は、「過去最悪」とされる若年層の失業率と雇用問題、所得格差と家計負債額の増加、一層加熱している受験戦争、日本と同じように加速する超高齢化といった韓国国内の社会問題のほか、核・ミサイル開発を進める北朝鮮、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備と費用負担をめぐるアメリカとの関係、THAAD配備に対して圧力をかける中国、そして悪化しつつある日本との関係といった外交問題です。
こういった非常に多く社会問題、外交問題をテーマにした今回の選挙には15人が立候補しています。

高い関心…投票率80%超の勢い

期日前投票だけで有権者の4人に1人が投票を済ませ、在外投票の投票率も過去最高となるなど、今回の選挙に対する韓国国民の関心は高いようです。最終的な投票率は80%を超える見込みといいます。

今回は大統領選として初めて事前投票(4、5日)が行われた。中央選挙管理委員会によると、事前投票の暫定投票率は26・06%で投票者数は約1107万人。有権者(約4247万人)のおよそ4分の1がすでに投票を終えた。
韓国憲政史上初の大統領の弾劾、罷免による選挙とあって国民の関心は高く、選管では最終的な投票率が前回2012年の75・8%を上回り、80%を超えると予測している。

有力候補者の横顔と外交姿勢

韓国大統領選のあらましに触れたところで、事前の世論調査で上位となっている有力3候補の簡単なプロフィールを紹介するとともに、気になる日本に対する外交姿勢や発言を見ていきましょう。また、現在緊張が高まっている北朝鮮に対する姿勢もまとめておきます。

文在寅(ムン・ジェイン)氏

貧しい家庭出身の庶民派 盧武鉉元大統領の最側近

年齢64歳(1953年1月24日)
所属政党共に民主党
主な肩書共に民主党 前代表

慰安婦問題(日韓合意)に対する姿勢…「合意を無効にし、再交渉を推進」

「原因は、拙速で屈辱的な慰安婦合意にある」と主張した。その上で、「わが党は、合意を無効にし、再交渉を推進する」と強調した。

昨年、竹島に上陸するなど「反日」と称され、日本に対して厳しい発言が目立つ文氏ですが、「歴史問題」と経済などの「現実問題」は切り離して交渉する「ツートラック戦略」を早くから主張し、日本からの経済的な協力は得たい考えのようです。

北朝鮮に対する姿勢…「当選すれば、まず北に行く」

選挙戦に入って北朝鮮との「内通」疑惑が浮上するなど以前から「親北派」といわれていて、北朝鮮に融和的な立場をとっています。

文氏は南北交流を進めた故盧武鉉政権で秘書室長まで務めた盧氏の最側近。1月に行った韓国メディアとのインタビューで「大統領に当選すれば、まず北に行く」と言ってのけ、北朝鮮南西部・開城工業団地の南北共同事業再開に積極的だ。

ただ、選挙期間中に北朝鮮がミサイル実験など挑発を繰り返したことで緊張が高まり、「北朝鮮に甘い」文氏と比較して強硬姿勢を見せるライバルの躍進を許し…

安氏の攻勢に焦りを見せる文氏の口からは、「金正恩が最も恐れる大統領になる」という発言も飛び出してきた。「北朝鮮寄り」という自分のイメージを払拭したい思惑からだ。

安哲秀(アン・チョルス)氏

名門ソウル大医学部卒のエリート 「韓国のビル・ゲイツ」

年齢55歳(1962年2月26日生)
所属政党国民の党
主な肩書国民の党 元常任共同代表

慰安婦問題(日韓合意)に対する姿勢…「修正が必要」

安氏は大学時代に日本への留学経験があり、「日本の数学者・広中平祐氏を尊敬している」と語っているそうですが…

慰安婦問題の日韓合意についても「当事者(慰安婦)の合意を前提に修正が必要」と明言しており、慰安婦像を巡る日本の対応を批判した。

ただ、安氏は「1998年の金大中元大統領と小渕恵三元首相による韓日共同宣言の時のような、良好な関係を目指すべきだ」とも述べていて、日本との良好な関係も重視する姿勢のようです。

北朝鮮に対する姿勢…明確な立場示さず

安保を最優先課題に掲げ、米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備への賛成も鮮明にしている。

このようにTHAAD配備には賛成という安氏ですが、もともとは強く反対していました。加えて、所属政党「国民の党」は金大中元大統領が推進した対北包容政策「太陽政策」を支持する立場で、テレビ討論では「太陽政策を継承するのか」の質問に言葉を濁して「今は北に制裁を行うべき局面」と述べるにとどめるなど、対北問題で明確な立場を示していません。

洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏

“暴言の常習犯”でも保守層から厚い支持 「韓国のトランプ」

年齢62歳(1954年12月5日生)
所属政党自由韓国党
主な肩書前慶尚南道知事、ハンナラ党(現・自由韓国党)元代表

慰安婦問題(日韓合意)に対する姿勢…「合意は外交ではなく闇取引」

正式出馬表明前、慶尚南道知事時代の式典やテレビ討論会で「慰安婦合意は外交ではなく闇取引」と発言し、大統領になれば合意を破棄する意向を示しています。

保守系の旧与党「自由韓国党」の洪準杓(ホン・ジョンピョ)候補は釜山の慰安婦像を訪れ、「慰安婦問題はナチスのユダヤ人虐殺と比肩される反人倫的犯罪だ。そんな犯罪は合意対象にはならない」と発言した。
知事は道主催の式典でやはり日韓合意に言及、「人間の尊厳の問題である慰安婦被害を物質的補償の対象にしてしまった現在の外交政策は、外交ではなく闇取引だ」と批判

北朝鮮に対する姿勢…「核には核で対応しなければ」

THAADの韓国配備について「必ず配備しなければならない」とし、米軍の核戦力についても「米国の戦術核を再配置し、核均衡時代をひらく」と発言するなど、北朝鮮の核・ミサイル開発に断固対抗する方針を表明しています。

誰が当選しても「日韓合意」は再交渉か

このように有力3候補はいずれも日韓合意の「再交渉」や「破棄」を主張しています。背景には「日韓合意の破棄」を支持する世論があり、日本批判は“した者勝ち”の状況になっているといいます。

世論の約6割が日韓合意の破棄を、8割近くが慰安婦像の撤去反対を支持する現状で、合意履行を訴えれば選挙戦からは確実に脱落する。外交上の約束であろうが、日本に従っていては支持は集められない。このため、次期政権での日韓合意の履行は、選挙の争点にすらなっていない。

選挙戦のためとはいえ、「再交渉」「破棄」を公約に掲げている以上、現状では有力候補の誰が当選しても日韓合意の見直し要求は避けられそうにない情勢です。

朝鮮半島情勢も誰が当選しても同じ?

慰安婦問題だけでなく、朝鮮半島情勢についても文氏、安氏のどちらが当選しても情勢の混迷が深まる、と指摘するジャーナリストも。

文氏が次期政権を担うことになれば、制裁と圧力を重視する日本や米国との間で、足並みの乱れが表面化するのは必至。反対に、安氏が当選すれば、正恩氏が「キレ」て、暴走に拍車をかける恐れが増大する。
選挙の結果がどちらに転んでも、朝鮮半島情勢が混迷の度合いを深めることだけは間違いない。

世論調査による事前の情勢

直前の世論調査では文氏「1強」

3日に公表された複数の世論調査では、文在寅氏が安哲秀氏や洪準杓氏を引き離してトップを独走している状態です。
なお、3日以降に行った世論調査の結果公表は公職選挙法で禁止されていて、この結果が投票前最後の公表値となります。

韓国ギャラップが1~2日に調べたところ、文氏は前週から2ポイント下がったものの、支持率38%で1位。安氏は前週比4ポイント減の20%だった。一方、保守系「自由韓国党」(旧与党セヌリ党)の洪準杓候補(62)は4ポイント増の16%と、安氏に迫っている。
中央日報の調査(4月30日~5月1日)では、支持率が文氏39・3%、安氏21・8%。文氏の支持率は前週比0・5ポイント減だったが、安氏は7・6ポイントの大幅減だった。文化日報の調査(1日)でも文氏38・6%、安氏22・6%だった。

一時は「安氏が逆転してトップ」の調査結果もあったが…

選挙戦突入直前の4月初旬から安氏の快進撃が始まり、当初は支持率10%に満たなかった支持率が急上昇。一部の世論調査では単独トップに躍り出る結果も報じられていました。

聯合ニュースによると、世論調査会社のコリアリサーチが2017年4月9日、安氏(36.8%)が首位に立ち、文氏(32.7%)が2位につけたと発表したという。

しかし、選挙期間中にも緊迫を増した北朝鮮情勢を背景に、安氏を支持していた保守層が北朝鮮に厳しい態度をとる洪氏の支持に流れたとされています。

“ミラクル”起こるか?

「奇跡の逆転劇」が起こる韓国大統領選

韓国大統領選は毎回のようにドラマチックな展開が生まれるといわれていて、特に2002年の逆転劇は有名です。

2002年の大統領選挙では、保守派の李会昌候補の当選が確実視されていた。
当時、支持率が10%台だった盧武鉉元大統領は選挙をひと月後に控えたタイミングで単一候補となり、支持率を一気に40%台に乗せて争った。しかし、投票日の前日、盧元大統領を支持していた鄭夢準氏が突然不支持を表明。誰もが盧元大統領の敗北を疑わなかったが、蓋を開けるとわずか2ポイント差で勝利した。

かつてないほど激しく動いている浮動層

世論調査の数値が大きく変動したことからわかるように、今回の選挙戦は前例がないほど「揺れている」といわれています。その原因は、「状況により支持者を変える」浮動層が若者を中心に多いからだといいます。

安候補の支持率が落ちたのと反対に、保守派の自由韓国党から出馬した洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補の支持率が上昇している。これは安候補への支持が洪候補に流れたためで、同時に『状況により支持者を変えることもある』という浮動層が以前の選挙よりも多い。
これは、決め手となる候補者がいないことの表われで、この層が最終的に誰に投票するかは今のところ見当もつかない。

「あてにならない」韓国の世論調査

…と、ここまで世論調査の数値をもとに話を進めてきましたが、そもそも韓国の世論調査は信用度が低く「あてにならない」と指摘する声もあります。

「回答率が20%台と低いうえ、韓国では世論調査に回答する人が嘘の答えをして、メディアを“操作”することもある。序盤から支持率が高いと、陣営に緩みが生まれますからね。そもそも韓国では“公正な選挙”など誰も信じていません」

「世論調査どおり」は1987年以降、6回中1回のみ

盧泰愚氏が当選した1987年の大統領選以降、6回の選挙を見ると、世論調査どおり順当に選ばれたのは2007年の李明博氏の時だけ。残り5回は逆転で大統領が決まっている。

昨年のアメリカ大統領選挙では世論調査の結果をもとに「ヒラリー氏、勝利確実」という報道が大勢でしたが、蓋を開けてみると勝利したのはトランプ氏でした。この事態を目の当たりにして「世論調査も信用できないな」と感じた方も多いはず。そして、信用度が低いという韓国の世論調査。
投票直前の8日になって「洪候補が逆転勝利する可能性が出てきた」とする記事が出てきているように、事前の予想をくつがえす「番狂わせ」も十分あり得るかもしれません。


世論調査の結果が短期間に大きく変動していて、世論調査の発表が禁じられている1週間で支持率が急変していても不思議ではありませんし、そもそも世論調査があてにならないとすれば、なおさらどのような結果が出るのか予想もつきません。
「誰が当選しても日韓合意の見直しを迫ってくるんでしょ?」と、日本では盛り上がりに欠けている感もある韓国大統領選挙ですが、結果はいかに?

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