特集2017年11月3日更新

強まる反発…米国スポーツ界と人種差別問題

大リーグ・ワールドシリーズの試合中に起きたダルビッシュへの人種差別行為が大きな話題となりました。この経緯をまとめるとともに、「米国スポーツ界と人種差別問題」というキーワードつながりで、もうひとつの大きな騒動もご紹介します。

目次

ダルビッシュへの人種差別行為が話題に

日本でもプレーしたグリエルが“つり目”ジェスチャー

10月27日に行われた大リーグ・ワールドシリーズの第3戦で、この試合で先発したドジャースのダルビッシュ有に対し、アストロズのユリエスキ・グリエルが行った行為が、アメリカのみならず日本でも波紋を広げることになりました。

問題の場面は2回、アストロズのグリエルが左越え先制ソロを放ち、ベンチに戻った後だった。同僚に祝福されると、両手の指で目を細くするアジア人を差別するしぐさを見せた。

差別的発言をした疑いも

グリエルはつり目ジェスチャーをしながらスペイン語で「小さい中国人」を意味するアジア人への蔑称“chinito”を口にしていたといいます。

問題となったのは、この試合の2回にグリエルがみせたジェスチャーと発言。ダルビッシュから先制ソロを放った後、ベンチで両手で目尻を引っ張り目を細めるポーズをし、さらにスペイン語でアジア人を侮辱する蔑称「Chinito」(チニート)を口にしたとされる。

2014年に横浜DeNAでプレーしていたグリエル

キューバ出身の強打者は14年5月にDeNAに入団、62試合で打率・305、11本塁打を記録したが、翌15年は右太腿裏痛を理由に来日せず、4月に契約を解除された。

ダルビッシュは試合終了後すぐに声明を発表

グリエルによる人種差別行為の波紋が瞬く間に広がる中、ダルビッシュは試合終了後から約1時間半後に心境をつづった英文をTwitterに投稿しました。

「パーフェクトな人間はいない。あなたも僕もそうだ。彼が今日やったことは正しいことではない。けれども、僕は彼を非難するよりも、学ぶように努力するべきだと信じている。ここから何かを得ることができればそれは人類にとって大きな一歩になる。僕たちは素晴らしい世界に暮らしている。ポジティブであり続け、怒りに集中するのではなく前進したい。僕はみんなの大きな愛を頼りにしている」

試合後のインタビューでも同様のコメントを残しています。

ダルビッシュは報道陣の前で「チームメートと冗談で(差別的な発言も)することはある。彼(グリエル)も日本でプレーしていましたし、自分は彼のことをずっとリスペクトしているので、あまり気にしていないです」と取りなし、ワールドシリーズの大舞台で差別問題がクローズアップされたことについてメッセージを求められると、「この世界に生まれた人でパーフェクトな人は1人もいません。彼もそうだし、僕もそう。いま聞いているあなたもそうでしょう。今回のことでグリエルもそうですけど、全世界の人がひとつ学んで、人間としてまた一歩前に進めたら、結果的にいいことになるんじゃないかと思います」と語った。

ダルビッシュの発言に称賛の声

グリエルの行為を非難するのではなく前向きな発言をしたダルビッシュに対して、大リーグのロブ・マンフレッド・コミッショナーは「困難な状況で模範的な対応をした」と話し、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督も次のように述べています。

ロバーツ監督は、グリエルの「区別する」ジェスチャーに対して怒るのではなく、そこから学び、落ち着くことを求めたダルビッシュを称賛した。
「ユウがカメラやソーシャルメディアを通じてみせた反応について、私は全面的に支持するし、このことから学ぶという彼の考えに賛同する。もちろん、受け入れがたいことだ」

グリエルも謝罪のコメントを出す

「僕がやった行為を誰も悪いことだと思わないと思っていた。僕は日本の誰の感情も損ないたくないと思っていた。僕は日本でもプレーして日本をとても尊敬している」
グリエルはダルビッシュに話をして謝罪をしたいと発言したことを伝えている。「もちろん、僕は彼と話をしたい。彼は日本から来た選手のなかでベストの選手の一人。彼がそのように感じているのなら、謝りたい」

グリエルに「来季開幕から5試合の出場停止」の処分

ワールドシリーズ第3戦でアジア人を差別するようなしぐさをしたことが問題となったアストロズのユリエスキ・グリエル内野手(33)に対し、大リーグ機構のロブ・マンフレッド・コミッショナーは来季開幕から5試合出場停止などの処分を科すと発表した。
発表された処分は、以下の通り。
・ 来季開幕から5試合の出場停止
・ その間は無給。その分のお金をチャリティに寄付する(約3,661万円)
・ オフに感受性訓練を義務付ける

グリエルが改めて声明「傷つけられた全ての人に謝罪する」

球団を通じて「私の行為で傷つけられた全ての人に心から謝罪する。深く後悔している」との声明を出した。

ワールドシリーズでの出場停止回避に賛否

ワールドシリーズ中の出場停止処分にならなかったワケとは

差別発言に対するこれまでの大リーグの処分では2~3試合の出場停止が多かったことから5試合は比較的重い処分だといいます。ただ、ワールドシリーズでの即時の出場停止処分とならなかったことに、メディアやファンからは賛否が巻き起こっています。
まず、ワールドシリーズ期間中の出場停止処分にならなかった点について、米国在住スポーツライターの丹羽政善氏は次のように推測。

マンフレッドコミッショナーとしては、ワールドシリーズ期間中の出場停止を考えたが、それに対してグリエル側がアピールをして、正式決定の引き伸ばしを匂わせたのではないか。
それではしかし、決着が長引き、ワールドシリーズに影を落としかねない。大リーグ機構としてはそれだけは避けたい。よって、ワールドシリーズでの出場停止を見合わせる代わりに、通常よりも長い出場停止処分を受け入れさせた。

ニューヨーク・タイムズ紙も同様の分析をしています。

「レギュラーシーズンで、同様の処分があった場合は、選手は異議申し立ての全てのプロセスが終了するまで出場が認められる。ポストシーズンは、異なるタイムテーブルで行われている。選手会が異議申し立てをした場合には、ワールドシリーズは混乱にも対応しなければいけない。マンフレッドは、記者会見ではこれについてははっきりと話していないが、この種の混乱を避けたかったのかもしれない」

「これは野球だけの問題ではない」判断を批判する意見も

こういった推測を背景に、アメリカのメディアは処分をおおむね「妥当」と評価しているものの、一部メディアやファンから批判の声も上がっています。

米スポーツウェブサイトのザ・リンガーは「これは野球だけの問題ではない。世界中の注目が注がれているなかで、あなた(コミッショナー)が、どのような行為を容認するかを示すものだ。人種差別は許さないとしながらも、それはワールドシリーズほどには重要でないということか」と、ワールドシリーズ中の出場停止処分をグリエルに科さなかったコミッショナーの判断を批判した。
ツイッターでは「コミッショナーの判断に100%同意する」という投稿もあったが、「例えワールドシリーズ中であっても、すぐに出場停止処分にするべきだ」という投稿も多く見られた。「出場停止が5試合では少なすぎる」という声もあった。

グリエルにドジャースファンからブーイング

騒動のあった直後の第4戦、出場したグリエルにドジャースファンからブーイング。この試合だけでなくその後の試合でも続きました。

グリエルはこの日の第4戦も「5番・一塁」でスタメン出場。0-0の2回裏、無死一塁の場面で第1打席に入り、本拠地ファンからは歓声を受けたが、敵地に駆けつけたドジャースファンからはブーイングを浴びた。
グリエルは同シリーズ第4戦以降も先発出場を続け、この日も「5番・一塁」でスタメン入り。0-0の2回表に先頭打者として最初の打席に入ると、ドジャースファンから強烈なブーイングを浴びせられた。本来なら投手が1球投げたあとは静まるものだが、グリエルに対しては打席が終えるまで鳴りっぱなし。

「ダルのために勝利を」ドジャースは試合前円陣で結束

一方、同じ第4戦でドジャースは「ダルビッシュに勝利を」と団結し、アストロズに逆転勝ちを収めました。

試合前のベンチでメジャーでは珍しい円陣を組み、第3戦でアストロズのユリエスキ・グリエル内野手(33)から差別的行為をされたダルビッシュ有投手(31)のために戦うことで一致団結。苦しい試合を制した。
チームは試合前に円陣を組み、結束を高めた。ダルは自身のインスタグラムで、この時の様子を英語で投稿。「君のためにこの一戦を勝とう」と言われたことを明かし「素晴らしいチームメートに恵まれてとても幸せだ」と感謝をつづった。

ダルに“謝罪”もやはり大ブーイング

グリエルは第7戦で先発のダルビッシュと対戦。ヘルメットを取り謝罪のゼスチャーをしましたが、ファンからはやはりブーイングを浴びせられました。

ダルビッシュは初回に差別的言動で人種差別騒動となったグリエルと対決した。グリエルは打席前にヘルメットを取って、ダルビッシュに“謝罪”したが、場内は前日に続き大ブーイング。フルカウントから5球連続でファウルで粘られたが、13球目で右飛に打ち取った。

人種差別問題を背景にしたNFL選手とトランプ大統領の対立

グリエルの人種差別行為は、ダルビッシュの態度や大リーグ機構の素早い判断によって、短期間で一応の決着がついた形となりました。
しかし、このところスポーツ界と人種差別にまつわる騒動やニュースが連日のように伝えられ、中でもアメリカのプロスポーツ界(特にNFL)とドナルド・トランプ米大統領の人種差別を背景にした対立は大きな騒動となり、現在も続いています。この経緯も振り返ってみましょう。

対立のきっかけはNFLのコリン・キャパニックの行動

現在も続く対立が始まったきっかけは、昨年8月までさかのぼります。

騒動の発端は、全米アメリカンフットボールリーグNFLの選手、コリン・キャパニック選手(28)の行動。8月26日に行われたプレシーズンでの試合で、国歌演奏時に起立せず、ベンチに座ったままだった。キャパニックはこの行動について、“黒人など人種的少数派を抑圧している国の国歌や国旗に敬意を払うことはできない”という抗議を示したものだと説明。その後も女子サッカー選手が同様の行動を起こすなど、大きく波紋を呼んでいた。

さらにさかのぼるとするならば、近年アメリカで目立つ、白人警官による黒人の射殺事件に辿り着きます。

キャパニックはアフリカ系アメリカ人が白人警官に射殺される事件が立て続けに起こった背景に人種差別があると判断し、それに抗議するために国歌斉唱の際に片ひざをつきました。

当初は批判されるも次第に支持広がる

騒動当初、キャパニック選手に対しては「チームに対して失礼」、「国の競技をなんだと思っているんだ」との批判が上がった。しかし、ツイッター上での退役軍人たちによる擁護のつぶやきの続出、加えてオバマ大統領の「彼は憲法で保障されている表現する権利を行使している」という発言を皮切りに、彼を支持する意見が増えていた。

そして、キャパニックの“膝つき抗議”は次第にNFLのほかのチームの選手へ波及していくことになりました。しかし…

「クビにしろ!」トランプ氏が“膝つき抗議”を痛烈に批判

今年9月、トランプ大統領が“膝つき抗議”を痛烈に批判したことから、騒ぎが大きくなりました。

発端は9月22日、トランプがアラバマ州の演説で、国歌斉唱時に起立しない選手は国家に対する敬意がないとしてやり玉にあげたことだ。トランプはこうツイートした。「NFLの選手が星条旗やアメリカに対する無礼な態度を改めるまで、NFLのファンが試合をボイコットしたらどうか。クビか、出場停止だ!」「NFLの観客動員数や視聴率は下り坂だ。試合が退屈なのは事実だが、そもそもの理由は、多くのファンがアメリカを愛しているからだ。NFLはアメリカの味方であるべきだ」

放送禁止の“最上級の侮辱語”で煽る

トランプ大統領は言うに事欠き、NFL選手に対し「Son of a bitch!」と呼んだのです。
これはご存じのように、最上級の侮辱語でありまして、直訳すれば「売春婦の息子め!」となるので日本語ではイマイチ強烈感がないのですが、アメリカ人に向かってこの言葉を発すれば、発砲されても正当防衛になるくらいの侮辱語です。当然テレビでも規制されていますし、いわゆる「ピー音」を被せる言葉の1つです。それを、一国の大統領が、しかも公衆の面前で使い、そのターゲットがNFL選手なわけですから、これはもう、タダで収まるはずもありません。

トランプ氏の発言に対して多くのチームが団結して抗議行動

NFL(全米プロフットボールリーグ)の9月24日の試合前、選手ばかりかコーチやオーナー、歌手までが国歌斉唱時に起立せず、ドナルド・トランプ米大統領に反旗を翻した。
イギリスでの公式戦(メジャーの公式戦を日本でやるような引っ越し興行)では、ジャガーズとレイブンズの多くの選手が膝をついて抗議を行いましたし、ナッシュビルで行われたシーホークスとタイタンズの試合では、両チームが国歌演奏の際にロッカールームに留まってフィールドに出ることを拒否。今年2月のスーパーボウル覇者であるニューイングランド・ペイトリオッツでも、ホームゲームで多くの選手が膝をつく抗議をしています。

「腕を組んでつながる」という抗議スタイルも

一部のチームでは黒人選手を中心に抗議の主体になる選手は「国歌の際に膝をつく」一方で、「膝をついている選手に連帯して、彼らを擁護する」という意味合いでは、腕を組んでつながるという抗議も行われています。
大きな衝撃を与えたのは、現在では球界最高の選手という評価のあるペイトリオッツのQBトム・ブレイディが、この「腕組み」に加わっていたということです。

大リーグの選手やスポーツ選手以外にも波及

オークランド・アスレチックスのブルース・マクスウェル

マクスウェルは大リーグで初めて国歌演奏時に膝をついた選手。

スティービー・ワンダー(歌手)

リコ・ラベル(歌手)

チーム関係者だけではない。デトロイトで国歌斉唱をした歌手リコ・ラベルは、歌い終えると片膝をつき拳を突き上げた。

人気ドラマのキャスト陣

アメリカン・フットボールのプロリーグNFLで始まった国歌斉唱時に膝をつく抗議活動。プロ野球リーグMBLなど、アメリカのスポーツ界で拡大の様相をみせているが、これに人気ドラマ「グレイズ・アナトミー 恋の解剖学」のキャストも加わった模様。通算300話目となるエピソードの撮影を行っていたキャストとクリエイターのションダ・ライムズが、膝をつき抗議する写真をインスタグラムに投稿した。

今回取り上げた2つのケースは「米国スポーツ界と人種差別問題」という共通のテーマでくくりながらも、中身は全く異なる出来事です。ただ、グリエルの行為に対して大リーグ機構の処分が素早かったことも、トランプ氏の大統領就任をきっかけにアメリカ国内で差別的な言動に対しての反発が強まっていることと無関係ではなく、また、どちらのケースもアメリカに(世界各地でも)根深く残っている人種差別意識が根底にあります。
そして、アメリカのプロスポーツ界だけでなく、欧州を中心としたサッカー界でも人種差別行為が頻繁に話題となります。それらの言動は許されない愚かな行為ではありますが、ダルビッシュが言うように、多くの人が人種差別問題を考える、または学ぶきっかけになり、人類にとって大きな一歩になることを願うばかりです。