特集2018年1月20日更新

「時代の寵児」小室哲哉 不倫疑惑から引退へ

18日発売の『週刊文春』で看護師の女性との不倫疑惑が報じられた音楽プロデューサー・小室哲哉が19日に記者会見を開き、不倫疑惑については否定しつつも、騒動のけじめとして引退することを発表しました。この騒動やこれまでの活動を振り返ります。

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記者会見での小室 ©文藝春秋

「小室哲哉さんの話はほとんど嘘」妻・KEIKO親族の怒り――2018上半期BEST5

文春オンライン / 2018年8月16日 11時0分

2018年上半期、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。動画スクープ部門の第4位は、こちら!(初公開日:2018年7月4日)。 [全文を読む]

目次

1月17日に「文春」が不倫疑惑を報道

12月中旬にある女性宅に泊まり、1月上旬には都内の高級ホテルで密会。ふたりは夕方、腕を組み部屋を後にした。そして1月13日、KEIKOを大分の実家に帰したその日、同じ女性を自宅に入れ、一夜を共にしたのだ。
この女性、A子さんはシングルマザーで、柴咲コウ似の美女。小室とA子さんの出会いは数年前、彼女が看護師として勤めていたクリニックで、ビタミンB1を主成分とする“ニンニク注射”を受けたときに遡る。やがて小室のスタジオ、そして自宅に彼女を呼んで個別に接種を受けるようになり急接近。患者と看護師だったはずの関係が、いつしか男女の仲へと発展した。

不倫疑惑の相手とされる女性は芸能界で頼られている看護師

この女性は芸能界に顔が広く有名人の顧客も多い。芸能関係者によると「顧客の要望に応じ、仕事現場や宿泊先に出張してニンニク注射をしてくれるので“出張注射”は小室さんだけが特別ではない。多忙な人には頼りになるんです」という。
柴咲コウ似のルックスも評判で、本紙が入手した女性の写真でも目鼻立ちのはっきりした美人。「性格も明るく真面目で品があるのに、大人の女性らしい色っぽさもある」と明かした。

1月18日に「週刊文春デジタル」が小室への取材映像を公開

小室は文春記者からの「(Aさんと)男女関係は?」などの質問に「男女の関係っていろんな言い方がありますけれど、ボクは病人と看護師さんとの関係です」と否定した。
さらに、ホテル、自宅などのお泊まりの事実を聞かれると「誤解されてもしょうがないなということは、11月12月多々ありましたけど、ただし延長線上なので。個人的にはKEIKOさんがいる時でも2度3度来てもらってたんですけど。まずKEIKOに確認したんですけど、覚えているかな?覚えていないかなぐらいの感じです」と答えていた。

19日の会見で疑惑を否定しつつも「引退」表明

会見会場に約150人の報道陣

急きょ開かれた会見には、約150人、ムービー13台、スチル74台といった多くの報道陣が集結。会見は、1時間40分弱にも及んだ。

会見では2010年の出来事から今回の騒動までの経緯を説明

2010年の裁判所風景を彷彿とさせた文春取材班

「2010年には裁判所にいました。執行猶予付きとはいえ有罪判決になり、『頑張るんだよ』という叱咤激励を裁判官はされていて、その判決を聞いたときの気分に…。文春さんの取材を受けたとき、同じような気持ちを抱きました」と告白。「罪もあれば償い、罰も受けなければいけないという感覚は、2010年のときにひしひしと感じた。そのときと同じ感覚をもってしまった現在であります」と語った。

妻・KEIKOの病状について

KEIKOが2011年10月にくも膜下出血で倒れた当時を「予期せぬことだった」と振り返り、「幸いに大きな身体的な後遺症はありませんでしたが、脳の障害で少し欲がなくなってしまった」と告白。
「いまは小学4年生くらいの漢字ドリルが楽しかったり…。すべてがそのレベルではないですが、そういったレベルのことのもあります」と現状を伝えた。
「女性というより女の子になった」とも言い、「大人の女性に対してのコミュニケーション、会話のやりとりは日に日にできなくなっていった」と告白。「かわいそうだなと思う。そこを諦めてはいけないのは重々承知の上だったんですが、僕も疲れ始めてしまったところは3年くらい前からあったと思います」と打ち明けた。

KEIKOとの離婚や今後については「報告が何よりも先決」として、婚姻関係は続けていくと語っています。

離婚は考えているか?との質問には「今のKEIKOのほうが愛は深くなっています。そういった大人の言葉(離婚)は浮かんでこない。(今後も婚姻関係を続けていくのか?)はい。旦那さんという言葉を使ってくれることもあります」ときっぱりと離婚については否定。今後については「報告が何よりも先決だと(思って)。本当に頭のなかが混乱していて、考えなければいけない」と話した。

小室自身の身体の変調…C型肝炎や突発性難聴も発症

昨年の夏前6月頃に小室はC型肝炎が発覚、さらに左耳の突発性難聴も発症し、1人で闘病していたという。その際に、医療の面でサポートしてもらっていたのが報道のあった看護師のA子さんであり、そこから昨年末にかけ、クリニックや時間外でも、医療行為を行うために、A子さんが往診に来てくれる日が増えていったと経緯を述べた。
「普通の男性としての能力はない」と明かし、男女関係と肉体関係については完全否定した。

報道にあった「ニンニク注射」は医療行為において初期にあたると語り、現在も医療行為は続いていると説明しています。

「体調不良ということと、本当の一番大きなメインの病院の診断書に基づいた医療行為だと思っています。(ニンニク注射は)初期。今は違う。今はC型肝炎からストレスになって、突発性難聴や耳鳴り、全体がだるかったり、思考が鈍ったりとか、そういうことに対しての体力の補給がメインだと思う。僕が知っている限り点滴が一番で、針は1日中、刺さりっぱなしです。2泊ぐらい」

不倫騒動の女性に対しては「男女の関係ではない」

報道のお相手には、入院した際に知り合い、その後は自宅への往診や、出先での急な診察も依頼するようになったという。
お相手を「仲の良い信頼できる看護師さん」とし「男女の関係ではない、全くありません」ときっぱり語った小室。しかし「誤解を生じさせて、往々にして男女の関係を想像させる環境もあった。これを最近、皆さんで使ってらっしゃる言葉で使わせていただきますが『不徳の致すところ』という言葉以外にはありません。そこは重々承知しています、申し訳ありません」と陳謝した。
相手女性に対しては「非常に甘えていたし、好意もあった。助けていただいた。申し訳ない気持ちでいっぱいです」と語りながら、現在も事務的な連絡は取っているとし、「『この会見を見守っている』と。引退については『もったいない』と言っていました」と明かした。

「引退」決意までの経緯

引退の2文字が浮かんだ時期は「左耳の耳鳴りがどうしても今も消えない。音楽が作れないわけではないが、介護との両立の限界を感じたのは(昨年の)8月ぐらい。それぐらいに、ああ来年は一般的な定年かなと思った」と話した。
ただ、その重大な発表を決意したきっかけはやはり今回「週刊文春」の報道だといい、「自分の気持ちをもっていたのと、みなさまにご迷惑、お心配をおかけしたという償いで発表しました。(思い描いていた引退発表とは)全く違いますね」と苦笑。取材を受けてからわずか5日での大きな判断となった。

「僕の才能が必要なのか、もはやここまでなのかな」と自問自答

「(自分の音楽が)優れたものなのか、優れてないものなのか。目まぐるしいエンタテイメント業界で役目が何があるのか、引退みたいなことが頭をもたげてきて、引退セレモニーみたいな夢を見た日々もここ1カ月、2カ月、3カ月もありました。自分の甘さから、こういった状況で、罪を償うとともに、自分の身体的な限界、僕の才能が必要なのか、もはやここまでなのかなと。自問自答を続けてきて、報道されたというか、報道していただいたという言い方が、僕から音楽の道を退くことが私の罪であると思いました」と引退した思いを明かした。

昨年末には周囲に引退意思を告げていた

「もう…限界だ」。小室は不倫疑惑報道以前の昨年末、周囲に「引退」の意思を告げていた。
理由は「才能の枯渇」。全盛期の自分を超えたいという一心で創作活動を続け、今年引退する安室にも16年ぶりに楽曲提供をしたが「いい曲なのに、満足していなかった。自分の限界が分かったと話していた」という。
もう一つの理由が「心身の限界」。

「悔いなしなんて言えない」無念さにじむ涙ながらの会見

先に引退を表明した安室奈美恵のように“美学を貫く引退”に惹かれながらも、実際は謝罪を含めた引退になり「悔いがないなんて一言も出てこない」と涙ぐむ場面も。

「今は皆さんの前でお話しするのが精いっぱい。でもこれが一人になった瞬間に、涙があふれ出るのか、なんてことをしてしまったのか、なんてことを言ってしまったのかと悔いが出る可能性は十分にあります。悔いがないなんて一言も出てこないです」と悔やむ小室。「それはこの日にち、環境だからであって、例えば誕生日とかにライブをやって、楽しく勇退という形になるならば、悔いなしと言えたのかもしれない」と語り、涙ぐむ。

現在、小室が関わっているプロジェクトは?

「責任は果たしたい。不快に思う方のお目にかからないよう、全うしていきたいと思います」としつつ「自発的な音楽活動は本日をもって終了させて頂きます。35年近く、本当にありがとうございました。心から感謝します」と明言した。

ユニット「PANDORA」

現在放送中の『仮面ライダービルド』(テレビ朝日系)で、小室は浅倉大介(50)との音楽ユニット「PANDORA」で主題歌の『Be The One』を担当している。劇中の設定とリンクした、何があっても未来を生きようとするポジティブな歌詞に、子供たちや親、仮面ライダーファンからも非常に評価が高い楽曲だ。

24日の音楽イベントや26日に行われるライブにはPANDORAとして出演する模様です。

「ラストアイドル」のプロデュース

テレビ朝日系で放送中の『ラストアイドル』(毎週土曜 0:05~0:35※一部地域を除く)については、「あす20日の放送分にも出演予定ですが、変更はありません。プロデュースも続行」(番組関係者)とのこと。

オフィシャルサイト・Instagramで引退文を掲載

オフィシャルサイトに「ファンの皆様、関係者の皆様」のタイトルで、約35年に渡る音楽活動を完遂させる旨のコメントを掲載しました。

また、19時頃には自身のInstagramに会見でコメントした内容を投稿。直後から多くの「いいね!」やコメントが寄せられています。

小室哲哉が日本の音楽界に残した功績

日本の音楽史に残る音楽家

時代を席巻した「小室ファミリー」

1970年代半ばより裏方として音楽シーンで活動を開始。84年、自らのバンド、TM NETWORKでデビュー以後、プロデューサー、コンポーザーとしても頭角を現し、数多くのミリオンセラーを世に送り出してきた。これが俗に言う“小室ファミリー”で、有名どころは安室奈美恵、華原朋美、観月ありさ、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos等だが、一説には小室氏が手掛けたアーティストは100組を超えると言われている。

音楽業界では当時珍しい「メディアミックス」

TM NETWORK『CAROL ~A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991~』

メディアミックスなどという言葉すらおぼつかなかった80年代後期に、アルバム、コンサートツアー、小説、ラジオドラマ、アニメ等々、多媒体でそのストーリーを展開した『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』はTM NETWORKの代表作であるとともに、日本音楽シーンに残る傑作コンセプトアルバムである。

J-POPにおける「ダンスミュージック」を確立

TRF(Tetsuya komuro Rave Factory)

キックとスネアを強調したビート、そこに乗るメロディーも比較的短い小節で繰り返されることから生まれる気持ち良さ、陶酔感こそがダンスミュージックの醍醐味のひとつ
その偉業の要因は…と言えば、それはとりもなおさず、小室哲哉の作るメロディーの大衆性にあると断言していい。ダンスミュージックならではのループ感、ビート感をベースに、日本の音楽で最も支持を受けているポップスならではの抑揚あるメロディーをミックスさせたのである。
当時、非主流だったダンスミュージックとポップスを融合した功績も大。機械音による単調なリズムの反復は旧来の流行歌と「水と油」との先入観が業界でも支配的だった中、卓越した才能で成し遂げた。これが若者のクラブ文化と相まって、機械的な音が一気にヒットチャートを席巻する契機になった。以降、ラップやDJスタイルなど多彩な要素が受け入れられるようになる。

H Jungle with t『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント』

“音楽のジャンル「Jungle(ジャングル)」で世界初の100万枚を売り上げたプロデューサー”として、イギリスのサブカルチャー雑誌に特集されました。

このほかにも、2014年の久々の復活が話題になったり、いまだにユニット結成時のこぼれ話が語られたりするなど、根強い人気と高い評価がある楽曲です。

「流れる景色を必ず毎晩みている 家に帰ったらひたすら眠るだけだから
ほんのひとときでも自分がどれだけやったか 窓に映っている 素顔を誉めろ」
は、当時10代で今30代の社畜にはボディーブローのように効いてくる歌詞だろう。
「リーマンやってると沁みる」「明日1日仕事あるけど頑張ろうと思う」から当時小室が何年経っても共感できる歌詞を作ったと発言したことを思い出し「小室哲哉って天才だと思う」という意見も。

メガヒット連発 プロデュース作品の売上総数は1億7000枚以上

昨年9月、フジテレビ系のバラエティ『バイキング』にて小室特集が放送され、「90年代に大ヒットTKサウンド!小室哲哉の作品ランキング」と題して売上ランキングTOP5が紹介されています。

■小室哲哉が作曲した作品売上ランキング TOP5

5位 『CRAZY GONNA CRAZY/trf』(1995年・158.7万枚)
4位 『恋しさと せつなさと 心強さと/篠原涼子 with t.komuro』(1994年・202.1万枚)
3位 『WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント/H Jungle with t』(1995年・213.5万枚)
2位 『DEPATURES/globe』(1996年・228.8万枚)
1位 『CAN YOU CELEBRATE?/安室奈美恵』(1997年・229.6万枚)

「戦後音楽界で最も成功した男」

全盛期の小室は「戦後の日本音楽界で最も成功した男」だった。
96年4月にはオリコン週間チャート上位5位を独占。95~98年にかけて「日本レコード大賞」を制覇するなど、音楽関係者は「TKプロデュースにあらざれば歌手にあらず、という雰囲気でした」と話す。
96、97年分「高額納税者番付」では、名だたる資産家や経営者の中、2年連続で全国4位。納税額は96年が約10億円。97年には、対象期間に小室ファミリーが発表したシングル、アルバム二十数作のCD売り上げが4000万枚を超え、納税額は約11億7000万円に上った。

アーティスト・関係者らの反応

小室の突然の引退発表を受けて、「小室ファミリー」や関係者、アーティストなどからも驚きの声や感謝の言葉、小室の功績を称える声などが上がっています。

TRF

「いつかまた一緒に奏でられる日がくれば…」

25年前、私達は“TK RAVE FACTORY”として 小室さんのプロデュースのもとデビューさせて頂きました。
小室さんがいなければ、今の私達はいません。
とても寂しい想いがございますが、 私達は小室さんから戴いた沢山の素晴らしい楽曲を、 これからも大切にしていくことに変わりはありません。
いつかまた一緒に奏でられる日がくれば…と願っています。

TRFメンバー一同

鈴木亜美

「涙が止まりません」

小室の記者会見を受け「引退を決意されたことと、小室さんのお話に涙が止まりません」と語った鈴木。小室を「父のような存在」とし、数年前の現場では体調が悪そうにも関わらず、周りを気遣いながら音楽制作に取り組む小室の姿を見て心配だったという。
「小室さんのことを理解しているスタッフさんや、小室さんが大好きなみんなは小室さんを信じ、これからも尊重していきます。小室さんがご自身で決意したことなら、心からお疲れ様と、ありがとうをお伝えします」と引退をねぎらった。

AAA

「本当に寂しい気持ちです」

小室から楽曲提供を受けていたAAAは、「小室さんの引退の決意を聞き、メンバー一同、本当に寂しい気持ちです」と心境を吐露。「AAAにとって、小室さんに作っていただいた楽曲があったからこそ、立てたステージがあり、出会えた人たちがたくさんいます。そして、今までも、これからも、多くのファンのみなさんに愛され、AAAの活動を支えてくれるとても大事な作品たちです。心から感謝しています」と感謝し、「青春時代も共に過ごした、小室さんのすべての音楽をこれからも大切にしていきたいです」とつづっている。

マーク・パンサー

YOSHIKI(X JAPAN)

YOSHIKIと小室は、今では「伝説のユニット」と称される音楽ユニット「V2」を結成したり、globeへYOSHIKIが参加するなど、親交が深いことで知られています。

小室みつ子

TM NETWORKの楽曲に数多くの歌詞を提供した人物。「小室」の苗字が一緒なのは単なる偶然で、血縁・婚姻関係はないというのはファンの間では有名な話です。

葛城哲哉

サポートギタリストとして長年TM NETWORKの活動を支えてきた人物。

岸田繁(くるり)

☆Taku Takahashi(m-flo)

マーティ・フリードマン

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