主役はVAR?ワールドカップロシア大会の傾向は

2018年7月12日更新

長いようで短かったワールドカップも、早くも残り2試合となりました。6月14日の開幕戦から1カ月。ドイツ・スペインといった優勝候補。あるいはメッシ、ネイマール、クリスティアーノ・ロナウドといったスター選手も既に大会から去っています。今大会、話題となったVARを中心に、大会の傾向などを探ってみました。

今大会より登場「VAR」の影響は…

今大会より導入されたビデオ・アシスタント・レフェリー通称「VAR」。VARとは何?については、以前特集したので、そちらを参照ください。
ロシアW杯で新たに採用された「3つの新ルール」
より正確な判定をするため、少しでも誤審をなくすためにピッチの外からプレーを監視、審判の判断の補助をするこのシステムはこの大会において猛威をふるい、あっという間に多くのサッカーファンの注目を集めました。それだけではなく、サッカーの試合そのものにも様々な影響を与えたのです。VARがこのワールドカップにもたらした様々なものを見ていきましょう。

PKの数が激増

まずはこちらのデータをごらんください。
ロシアW杯の大会データ|PK数
ここ(準決勝終了時点)まで、全部で28回のPKが与えられています。下の記事にあるように、過去の最高記録だった18回を大幅に上回るものとなっています。これまで人間の目のみだったら見逃していたであろうペナルティ・エリア内でのファウルを、VARによりより正確に判定することができるようになった結果ではないかと考えられます。

従来の記録は1990年イタリア、1998年フランス、そして2002年日韓共催の3大会における18回だった。2010年南アフリカ大会が15回、前回ブラジル大会が13回と減少傾向にあっただけに、驚異的なペースで増えていることがわかる。これらの新記録は、ロシア大会で初めて導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)を抜きには語れない。VARとは試合中で主審や副審が見逃した事態を、リプレー映像を見ながら確認したうえで改めて判定を下すシステムだ。

VARのアドバイスによってPKの判定がなされた事例

下で紹介するのは、大会3日目のフランス対オーストラリアにおいて大会で初めてVARが“介入”したことにより、PKが与えられたシーンです。引用にある通りレフェリーは一度はこれをノーファウルとして流したのですがVARの連絡によりモニターで確認。結果、PKになるという、まさにVARがあったからこその判定となりました。

試合が動いたのは後半10分だった。中盤でフランスのポグバが前を向くとスルーパスを供給。そして、FWアントワーヌ・グリーズマンが抜け出したところをオーストラリアDFジョシュア・リスドンが倒した。ウルグアイ人のアンドレス・クーニャ主審はノーファウルの判定でゲームを流したが、VARからのアドバイスで試合を止めて映像確認を行った。そしてPK判定となり、これをグリーズマンが自ら決めた。

今大会のVARの活躍ぶりは、ゲキサカがここまでのVARの全事例を紹介するという良い仕事をしていますので、リンクを貼っておきます。興味のある方は是非一読を。

PKの「取り消し」も。あの世界的スターが…

PK判定の増加に一役買っていたVARですが、その名を最も高らしめる結果となったのはこの判定かもしれません。6月22日、グループリーグ第2戦のブラジル対コスタリカにおいて、ネイマールが一度は得たPKをVARによって取り消されたのです。

ブラジルが分厚く攻めてコスタリカがカウンターを狙う構図のゲームで、大きな事件が起こったのは同33分だった。ペナルティーエリア内に切り込んだネイマールは、相手DFから少しユニフォームを引っ張られた。そこで大きく手を広げて倒れた姿を見て、ビョルク・カイペルス主審はPKを宣告した。しかし、VARの進言で映像が確認されると、判定はノーファウルと覆った。今大会でPK判定が取り消されたのは、このプレーが初めてだった。

これにより、いかな世界的な名手であっても複数のカメラによる監視の目を欺くことはできないことを多くの人が理解しました。そしてもう一点、人々が気づいたことをテレビ中継の解説者が代弁していました。
「じゃあネイマールは審判を騙してたってことですね?」

ネイマールの「演技」に世界中からバッシング

もともとネイマールは相手選手から(並の選手よりはずっと多くの)取り囲まれ、マークを受け、削られ、押されてきました。もちろんそれは彼が世界的なストライカーであり、テクニシャンであり、敵として恐るべき選手であるからなのは間違いないのですが、ただそれをファウルとジャッジしてもらえないためか、大げさに痛がってみたり、なんでもなさそうな接触プレーですぐ転がったりする…という揶揄も以前から少なくありませんでした。下のリンクにあるように一部では「劇団ネイマール」なんてスラングもできたりもしていました。
その揶揄がこの大会ではバッシングとなり、馬鹿にする対象となってしまった傾向もあります。もしかしたら、上記のVARの判定もそれに拍車をかけたのかもしれません。

ただ、マンチェスター・ユナイテッドのモウリーニョ監督はネイマールだけに非難が集まっている状態に「彼だけではない」と擁護していますす。

「人々はネイマールに焦点を当てている。それが彼だけだったら私も満足だが、そうではない」と語った。
「全てのチームに多くのダイブがあり、演技があり、レフェリーに多くのプレッシャーをかけている。私にとってそれはネガティブなポイントであり、試合の質を失うことになる。これはコロンビア対イングランドのことではない。ほぼ全ての試合でレフェリーの仕事を難しくなるような行為が行なわれている。VAR(ビデオ・アシスタントレフェリー)があっても選手たちは問題を作り出しているんだ」

VARが効果で「フェアプレー」増加?

ネイマールですらVARを欺くことはできない。このことは多くのサッカー選手、特にディフェンダーは(今大会、PKが激増したことと合わせて)VARの威力を身にしみて感じたのではないかと思います。日本代表のDF・吉田麻也(昨年のブラジル戦でVARによるPK献上の経験あり)はこう語ります。

「ペナルティーエリア内で相手のシャツを引っ張る、引っ張らないというのを、一番気をつけなければいけない。ディフェンスとしては、非常にやりづらいと思います」

また、VARが威力を発揮するコーナーキックやフリーキックなどの攻防でも、今まで見逃されてきたファウルが発見されやすくなったことで、今後は汚いプレーがなりを潜め、よりクリーンなプレーが増えるのでは、という論調の記事もありました。

おそらくVARによる最も大きな影響はCK、FKの場面だ。攻撃側と守備側で腕をつかむ、ジャージを引っ張るといった行為はこれまで半ば黙認されてきたが、VARによって記録されている以上、下手なことはできなくなった。特に守備側は即PKになりかねないので、今までと同じ守り方(ファウル)はできなくなる。

実際に激減したレッドカード

下の記事はFIFA審判委員会チェアマンのコッリーナ氏(懐かしい!)による、レッドカードが激減しているとのレポート。これは6月29日時点の情報で、レッドカード3枚とのことですが、7月12日現在でもレッドカードは4枚しか出ていません。
ロシアW杯の大会データ|レッドカード数

説明会ではピエルルイジ・コッリーナ氏(FIFA審判委員会チェアマン)らが登壇。2002年の日韓大会では日本でも有名になった元主審だ。冒頭ではジャッジ全体の傾向について説明を行い、「選手と監督の振る舞いに感謝している」と述べている。今大会で提示されたレッドカードはわずか3枚で、例年より大幅に少ない数だった。

VARでも見逃された反則があった?

決勝トーナメント1回戦のコロンビア対イングランド戦。コロンビアMFバリオスがセットプレーの攻防の中、イングランド選手に「頭突き」をしたようなシーンがありました。本当に頭突きなら、レッドカードですが、判定はイエローカード。米スポーツ専門局「FOXスポーツブラジル」が公式インスタグラムに、明らかな頭突きととれるような4枚の連続写真を公開したことで議論を呼びました。VARでも完全な判定を下すことができない、ということで今後の課題となるかもしれません。

頭突きとみなされれば、一発退場でもおかしくないシーン。米スポーツ専門局「FOXスポーツブラジル」は公式インスタグラムに4枚の連続写真を公開。バリオスははっきりと頭を下げてヘンダーソンの首元付近にぶつけていることが見て取れ、ファンの間でも「レッドカード」「シミュレーション」と賛否が分かれていた。

強豪でも簡単に勝てなくなり、接戦も増える

決勝トーナメント1回戦8試合中、7試合が1点差以内

今大会は接戦は非常に多い大会でもありました。決勝トーナメント1回戦ではブラジル対メキシコが2-0となった以外はすべて1点差もしくは延長・PKにもつれ込んでいます。僅差の試合が多いだけでなく、終盤に決着が着く試合も少なくありませんでした。終盤の決着はVARの登場によりアディショナルタイムが長くなる傾向にあったことも影響あったと思われますが、他にも理由がありそうです。また、今大会ではもうひとつの傾向もありました。それは…

強豪の苦戦・早期敗退

ドイツが衝撃的なグループリーグ敗退したのをはじめ、優勝候補といわれたブラジル・アルゼンチンも一時は敗退のピンチに見舞われ、最終節でギリギリの通過を決めました。決勝トーナメントに入ってもアルゼンチン、スペインは1回戦で早々と姿を消しています。遡れば、そもそもイタリア・オランダといった強豪国は地域予選で敗退し、この大会に出場するできていません。その原因について、考察している記事をいくつか紹介します。

「疲労」と「練習時間の少なさ」

コロンビアなど欧米の列強国の主力選手の大半は、欧州5大リーグのトップクラブに所属している。国内のリーグ戦とカップ戦に加えて欧州CLやELを戦わなければならない。W杯の本大会を前にして選手たちは疲労のピークにあるのだ。
さらに「ナショナルチームには練習する時間が少ない」(セネガルのシセ監督)ことも、チーム戦術の浸透を妨げる大きな原因となっている。結果、大会前に優勝候補の一角と呼ばれながら、1次リーグから圧倒的な強さを見せつけたチームは少なく、いずれも僅差の接戦となったのである。

各国のレベルアップと戦術の強化

下の記事は戦術面から強豪国の苦戦の理由を考察しています。強豪国の勝ちパターンといいますか戦術として、前線の選手が積極的にボールを奪いにいく「ハイプレス」と、そこでボールを奪ったら相手の守備が整わないうちにすばやくカウンター、というのがトレンドでした。
しかし最近はその対策も各国に浸透してきて、守備側がパス回しやドリブルなど、前線にボールを送るための組み立て、つまり「ビルドアップ」の技術を磨くことでハイプレスに対抗できるようになり、かつボールを奪われてもすばやく戻って守備のブロックを乱さないようにすることでカウンターに対抗し失点を防ぐようになりました。強豪国とその他の国との差が技術と戦術のレベルアップにより縮まった、という正統派の論調です。

今大会の特徴の一つは、各国のビルドアップ能力が軒並み向上したことだ。ハイプレスに対しての耐性がついた。いよいよ追い込まれた時は前線に長いボールを蹴るという危機回避の判断も含めて、ハイプレスに引っ掛からなくなった。
チュニジアはイングランドに1-2で敗れたが、イングランドのハイプレスを巧みなパスワークで外せていた。ハイプレスの圧力に負けて自陣から出られなくなるようなチームは、ほとんどなくなっている。ハイプレスで奪ってショートカウンターという戦法が通用しにくくなった。そのため、「撤退守備」が基調になっている。

ドイツ・スペインの敗因は

前回優勝国・ドイツ敗退の衝撃

前回大会の覇者として連覇を狙ったにも関わらず、グループリーグ第1戦でメキシコに敗れ、3戦でも韓国にまさかの敗退を喫し同国史上初のグループリーグ敗退となったドイツ。敗因について、元同国代表監督のクリンスマン氏は同じ監督・同じ戦術・同じような選手で長く続けることの弊害を挙げました。

「監督が変われば別物のチームとなり、監督が変わらなければ大抵はシステムはより浸透していく。システムが変わらないとすれば、それは選手の能力が重要になるが、ジレンマも起こる。4年経てば選手も世界を震撼させた時と同様というわけにはいかないのだ。彼等の能力をあてにしてしまうことは、悲劇への序章となる」
今大会のドイツもGKノイアー、MFエジル、ミュラーら前回大会の主力を多く残しながらも、4年前とはまるで別のチームだった。選手自身のコンディションや、パフォーマンスの低下もある。相手からも研究される。結果を残したからこそ、世代交代も難しくなる。複数の要因が絡み合って、チームとしての機能が衰えていくのだろう。

また、西ドイツ代表としてワールドカップ優勝メンバーの一人でもあったリトバルスキー氏も同じように長く同じ体制でいることで緊張感が欠如したと考えています。

「チーム内で先発選手が控え選手にポジションを奪われるかもしれないという恐怖心が、あまりなかった。自分も代表で、先発ではない時期もありました。でも今のチームには競争が欠けていた。先発メンバーは過剰な安心感を手にしていた。ケディラはメキシコ戦で交代を命じられていたが、フィールド上で『なんでオレが』という素ぶりを見せていた。パフォーマンスが良くなければ代えなければいけない。選手もプレッシャーを感じなければいけない。W杯メンバーに選ばれたなら、チームに貢献する義務がある」

スペイン・ポゼッションサッカーの限界

大会前は無敗記録を樹立するなど優勝候補に挙げられていたスペイン。しかし直前に監督が変わるなどゴタゴタの末に、決勝トーナメント1回戦で開催国ロシアに敗れました。彼らの目指した、ボールをつなぎ支配するポゼッションサッカーは、ロシアに対しても80%近く支配し、1000本以上のパスをつなぎながら敗北。まるでポゼッションという「手段」が「目的」にすり替わってしまったかのうような結果に、スペインメディアは「地獄」と評しています

試合を支配したのはスペインだった。120分間で交わしたパスは1137本。データサイト『オプタ』によると、1000本を超える記録は1966年以降のW杯で初となった。また、1137本のうち成功したパスは1029本と、成功率も驚異の90%超え。25本のシュートがロシアのゴールに迫ったが、それらの数字が勝利につながることはなかった。
MFアンドレス・イニエスタらを中心としたパスサッカーは一時代を築いたが、相手の人海戦術に通用しなかったと指摘。「ポゼッションは地獄だった」とまで表現している。また、この日右サイドでスタメンだったMFマルコ・アセンシオについても「リスクを負わず、ムバッペのようなプレーではなかった」と厳しく指摘。また34歳となったイニエスタについても「ヒーローとしてのお別れの時が来た」と、栄誉を称えるとともに代表引退の可能性を示唆している。