三木のり平のニュース

寺田農 「役者もオモシロい」となった三木のり平との思い出

NEWSポストセブン / 2016年02月20日07時00分

俳優の寺田農の役者人生に大きな変化をもたらしたのは、俳優でコメディアンの故三木のり平との出会いだった。出会い、共演時の思い出、師匠としての三木について寺田が語った言葉を映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。 * * * 寺田農は1970年のNHK時代劇『男は度胸』で三木のり平と共演している。 「そ [全文を読む]

黒柳徹子の語る、昭和のテレビのとっておき秘話 #2

文春オンライン / 2017年07月02日07時00分

(出典:文藝春秋2016年1月号) アクシデントだらけの昭和のテレビ――セリフを憶えない三木のり平さん 当時のテレビはすべて生放送ですからアクシデントは毎日何かしら起こりました。「夢であいましょう」のようなバラエティーはまだしも、ドラマもそうですから、今では考えられないことです。 たとえば一九六一年四月に始まった「若い季節」。日曜夜八時台でしたから、現在 [全文を読む]

森繁久彌 名優であるだけでなく一流の芸談語りだった

NEWSポストセブン / 2016年06月17日16時00分

エッセイ集『あの日あの夜 森繁交友録』(中公文庫)で、「彼の芸風は、ブキッチョを上手にまとめて、素晴らしい人間像を創り出すことにある」「三木のり平と違った写実的な喜劇をやれる唯一のコメディアン」と評し、次のエピソードを披露している。「彼の出色した技は、映画、テレビでのめしの食い方である。フランスにはジャン・ギャバンが、食い上手で必ず一シーンは出てくるが、私 [全文を読む]

<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑯明石家さんまと三木のり平は優れたコメディアンである。

メディアゴン / 2014年11月07日18時52分

高橋秀樹[放送作家]* * *()大将(萩本欽一)は三木のり平さんのことを「のり平先生」と呼ぶ。師と仰いでいるのである。のり平さんと大将の最初の接点は、おそらく「日劇」であるが、正確なところは聞き漏らしている。今度確認しよう。大衆演劇史において、のり平さんは、 「スターは三船(敏郎)、役者は(三木)のり平」と称せられ、その演技力は抜群のものがあった。桃屋の [全文を読む]

初期のテレビは●●だからおもしろかった!永六輔が気付いたテレビの極意とは【昭和のテレビ王たちの証言1】

サライ.jp / 2017年05月03日19時00分

三木のり平、渥美清、坂本九、黒柳徹子らが出演し人気を博したこの番組で永さんは、後の「テレビの常識」をひとつ生み出しています。テレビ出演経験のなかったファッション・デザイナーの中嶋弘子さんを初代ホステス役に抜擢したのです。「テレビはまったくのアマチュア。最初、ご本人はやる気もなかったんですけど、かえってそういう人の方がテレビに向くぞということは読めていました [全文を読む]

俳優・山本學、森光子さんを見て「俺はなんて甘いんだ」

NEWSポストセブン / 2017年01月20日16時00分

演出の三木のり平さんからは『おい學ちゃん、違うよ。あの役はそんなにイイ奴じゃない。もっと気持ち悪い奴なんだ。お前、そんなに女に好かれたいのか』と言われましたが、僕にはできませんでした。森さんが『そういう風にやった人はいないから、それでいいのよ。押し切ってやってください』と人を通しておっしゃってくださったから、続けることができました。『放浪記』は通行人役の [全文を読む]

かつての部下が上司に。うまくやっていくには

プレジデントオンライン / 2017年01月08日11時15分

イメージとしては、森繁久彌さん主演の映画『社長漫遊記』に出てくる三木のり平さんのような。そうそう、のり平さんを見習って、いっそチョビひげ生やしたらいい(笑)。 それでいて飲みにいくときは出世してない後輩を連れて、ガード下で、ワリカンで、安酒をあおって、「いつか見てろよバカヤロー」とくだ巻いてりゃいいんですよ。もう絵に描いたような安サラリーマンになる。 この [全文を読む]

若き「島耕作」も学んだ裸踊りの宴会芸 著者は「半分実話」

NEWSポストセブン / 2016年12月09日11時00分

どの会社にも森繁久彌主演の映画『社長シリーズ』で三木のり平が演じたような宴会部長がいて、多彩な芸で盛り上げていました」(弘兼氏 以下「 」内同) 『課長島耕作』の中で“神回”と評される第81話にも、味わい深い宴会芸が登場する。 あるとき島は、宴席で取引相手から「裸踊り」を強要される。「冗談じゃない!! 何で俺がそこまで」と気色ばむ島の代わりに、上司の中沢部 [全文を読む]

PPAPの元ネタは荒井注!?「昭和の爆笑ギャグ」プレイバック

日刊大衆 / 2016年12月01日11時30分

両人とも定番ギャグを持たなかったが、森繁の映画『社長シリーズ』で、森繁社長と名コンビを成したのが、課長役の三木のり平。「パァーッといきましょう」がおなじみだった。 この頃、寄席で誕生した「お笑いモンスター」が、1958年(昭和33年)に真打昇進した初代林家三平だ。小噺の合間に「どーもスミマセン」「もう大変なんすから」とギャグを挟んで爆笑を取り、受けなかった [全文を読む]

左とん平 脇役は腹八分がちょうどいい

NEWSポストセブン / 2016年06月12日16時00分

部屋が僕と緒形拳と三木のり平さんと殿山泰司さんと小沢昭一さんが一緒だった。緒形とはその前から『おがっちゃん』『とんとん』と呼び合う間柄だったんだよ。 みんな凄く酒を飲むんだ。それで遅くまで丁々発止。いろんな芸談からスケベ話まで。それである時、緒形がのり平さんに何か言って、のり平さんがカチンときちゃったんだ。のり平さん、一度へそを曲げちゃったらどうにもならな [全文を読む]

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