根本陸夫のニュース

【プロ野球】ドラフトが終わった今こそ読みたい! 『プロ野球のすべてを知っていた男 根本陸夫伝』

デイリーニュースオンライン / 2016年10月24日17時05分

その男の名は根本陸夫。往年の野球ファンにとっては懐かしい名も、若い野球ファンは耳にしたことがないかもしれない。だからこそ、読んで欲しい本がある。『プロ野球のすべてを知っていた男 根本陸夫伝』だ。 著者は高橋安幸。野球太郎的には『伝説のプロ野球選手に会いに行く』シリーズでお馴染みの著者だ。その高橋が取り上げたのが、近鉄、西武、ダイエーにおいて数々の伝説ドラフ [全文を読む]

カープ、ホークス、ライオンズの黄金時代をつくった、 凄腕ゼネラルマネージャーの実像に迫るノンフィクション 『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』が9月26日発売(集英社) 。

DreamNews / 2016年09月23日17時00分

これらの球団の弱小低迷期にチームに加わり、驚くべき手腕を発揮して強豪に生まれ変わらせた根本陸夫とは、いかなる人物だったのか。全国津々浦々に張り巡らされたスカウト網、政財界まで広がる無限の人脈。隠密行動の多かった根本の実像に迫る、骨太なスポーツ・ノンフィクション。根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男髙橋安幸・著9月26日発売 定価:本体1700円+税 [全文を読む]

故・根本陸夫氏 有望新人獲得のためなら親族に仕事の世話も

NEWSポストセブン / 2013年06月28日07時00分

今回は、“球界の寝業師”と呼ばれ、西武、ダイエー両軍の黄金時代の礎を築いた故・根本陸夫氏のエピソードを紹介する。 * * * 逆指名・ドラフト外などで選手が獲れた時代、新戦力発掘という分野で手腕を発揮したのが、西武・ダイエーで編成担当幹部を務めた根本陸夫である。 私が根本と初めて会ったのは1977年。ドラフトでクラウンライター(現・西武)が江川卓を指名し、 [全文を読む]

WBC小久保監督が守り続けてきた王貞治氏の「教え」とその人間力

まぐまぐニュース! / 2017年03月21日10時00分

亡くなられた根本陸夫監督の後を引き継いでダイエーの監督に就任されたのは、僕がプロ2年目の時でした。その出会いからトータルで15年、王監督の下でプレーさせてもらったんですけど、僕はその教えを忠実に守ることを心掛けてきました。 王監督からは例えば「楽をするな」って教わったんですよ。「練習の時に楽をするな。練習の時に苦しめ」と。 練習は普通センター返しが基本と [全文を読む]

週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」スポーツ界「波乱のウラ舞台」<野球篇/「あの重大事件」座談会>(1)衝撃的なダイエー・スパイ事件

アサ芸プラス / 2016年10月15日17時56分

当時の王貞治監督と根本陸夫球団専務が、コミッショナーに強い影響力を持つナベツネに働きかけて「灰色」にしてもらったという話もあるね。A この事件のウラには多くの球団がスパイ行為をしていたという実情がある。古くはノムさんが南海の兼任監督時代に始めたものだけど、近鉄はスコアボードの間から双眼鏡でのぞいていたし、阪神もスコアボードの点滅を使って球種を教え、試合中に [全文を読む]

高林孝行、杉浦正則 野球で五輪を沸かせた男達の「転身」

NEWSポストセブン / 2016年08月02日07時00分

本物を見極めるために、普段から国会図書館や博物館に通って、平安時代や江戸時代の著名人の筆跡を研究しています」 アトランタの準決勝、決勝で先発した杉浦正則(現48歳)は大会後、球界の寝業師と呼ばれたダイエー(現ソフトバンク)の根本陸夫から「君には今後の野球界を背負ってもらわないといけない」と口説かれてもプロ入りせず、当時プロは出場できなかった五輪での金メダル [全文を読む]

【プロ野球】福岡ソフトバンクと飯塚オートレースの奇妙な巡りあわせ

デイリーニュースオンライン / 2016年07月26日16時05分

ちなみに、ホークス躍進の立役者といえば、ダイエー時代に球団の土台を構築した「球界の寝業師」こと根本陸夫氏。根本氏も1999年に他界しており、その後の黄金時代を自分の目で見られなかった点も中村と共通している。 プロ野球とオートレース。競技は違えど、地元に密着して地域に活力を与えている点では同じだ。その礎を築いた偉大な2人のご冥福を、あらためて祈りたい。 文 [全文を読む]

【プロ野球】デストラーデにメヒア…西武の”途中加入”助っ人列伝

デイリーニュースオンライン / 2016年07月15日16時05分

■球界の寝業師、故・根本陸夫が連れてきた元祖カリブの怪人 オレステス・デストラーデ(1989年6月入団) 秋山幸二、清原和博とともにAKDユニットを組み、西武黄金期を支えたデストラーデ。 打率こそ毎年.260くらいだが、1年目から83試合で32本を放った長打力が魅力だった。入団翌年の1990年から3年連続で本塁打王を獲得した。今なおアレックス・カブレラと [全文を読む]

【プロ野球】清原・金本はランク外?球界の”ケンカ番長”は意外すぎるあの男だった!

デイリーニュースオンライン / 2016年01月05日07時30分

「逆らえない、といえば根本陸夫(元ダイエー監督)さんだね。笑顔のときも目の奥は笑ってないし、得も言えぬ怖さがあった」と、あるOBが言う。策士のイメージが強いが、番長というに相応しい存在だったそうだ。 意外だったのが元広島監督の古葉竹識氏だ。温厚なイメージで紳士の香り漂うが、「相手ベンチをヤジっていると、そばにやってきて『やめておけ』と。たった一言だけどビ [全文を読む]

プロ野球”黒いドラフト”封印された真相「根本陸夫氏が使ったドラフトの裏技とは?」

アサ芸プラス / 2015年10月22日17時56分

ドラフトにまつわる事件において忘れてはならないのが、「球界の寝業師」の異名を取った根本陸夫氏の奇想天外な手法である。西武・管理部長時代の86年ドラフトで、森山良二を単独1位指名した一件は、球界に衝撃を与えた。スポーツ紙デスクが当時を振り返る。「まったくリストに入っていない投手でした。ドラフト当日、スポニチだけが『西武 隠し玉』というタイトルで報じ、そこで初 [全文を読む]

プロ野球「ドラフト会議」50年 “あの大騒動”を一挙プレイバック!(3)根元氏が見せたトリックの数々

アサ芸プラス / 2014年10月30日09時57分

最も有名なのは、「球界の寝業師」の異名で豪腕を発揮し、畏怖の念を集めた根本陸夫氏(故人)である。 西武監督時代に球団管理部長も兼任した(その後、GM専任)根本氏は、80年のドラフト1位で阪急と競合の末に石毛宏典氏(58)を獲得。根本氏は石毛氏をいったん西武系のプリンスホテルに入社させ、囲い込むことで他球団を諦めさせる作戦を取った。もし、くじ引きで阪急が交渉 [全文を読む]

清原和博 薬物報道で球界&TV界から総スカンの苦境生活

アサ芸プラス / 2014年05月09日09時58分

特にオリックスは、もし薬物報道がなければ、近い将来の監督就任オファーがあったかもしれませんが‥‥」(スポーツ紙デスク) 今も球団フロントに「清原派」が残っているという西武では、かつてドラフトで「当たりくじ」を引き当てた故・根本陸夫氏(当時管理部長)が「将来は監督になってくれ」との約束手形を切っていたという。 そして晩年の清原氏を引き取ったオリックスに関して [全文を読む]

「世界の鈴木」スケート連副会長は伝説の西武ライオンズ広報

NEWSポストセブン / 2014年02月15日07時01分

監督だった根本陸夫に対して「西武には西武のやり方があります」と突っかかったし、阪神から来た田淵幸一には「電鉄としては西武の方が上」と西武流の流儀を説いた。広報よりマネージャーの臭いすらあったが、1986年に清原和博が入団した時、オーナー・堤義明に呼ばれ、「ウチの宝を命懸けで守れ」と言われたことで行動が一変した。 入団早々、清原は写真雑誌に、女性とラブホテル [全文を読む]

中日・谷繁監督 史上初のFA移籍から監督就任は画期的なこと

NEWSポストセブン / 2013年10月23日16時00分

とはいえ、西武からダイエーに移っていた“球界の寝業師”根本陸夫球団専務を慕っての移籍といわれ、引退後はダイエーで監督になるものと考えられていた。 事実、石毛は1996年の引退後、ドジャースにコーチ留学し、1998年にはダイエーの二軍監督に就任。このまま、一軍監督は既定路線かと思われていたが、わずか1年で二軍監督を解任される。翌年、根本専務が亡くなったことも [全文を読む]

幻に終わった「ロッテ福岡移転計画」 監督候補は稲尾和久氏

NEWSポストセブン / 2012年07月04日16時02分

【関連ニュース】3年で消えた“幻の球団”「高橋ユニオンズ」の軌跡描いた書プロ野球パ・リーグ6球団「最弱の時代」を振り返る中畑清監督が連日スポーツ紙1面を飾る理由の一つが明らかに弱かった西武、ダイエーを強豪にした根本陸夫氏の立て直し術落合監督夫人・信子さん ビールかけ参加して選手シラケる [全文を読む]

「あの人に頼めば大丈夫!」中日・落合元監督の名参謀の球界中に知れわたる"裏の顔"

日刊サイゾー / 2012年04月30日08時00分

森氏は"球界の寝業師"の異名をとった故・根本陸夫氏に、直々に口説かれて西武入り。根本氏とは親子を超えたような関係で、根本氏は自分の"後継者"に森氏を指名。根本氏が亡くなるまでに、その人脈をほぼ引き継いだといわれている。自軍の選手のみならず、表沙汰にはならなかった数々のトラブルを解決。中日時代には、某スター選手の警察沙汰を穏便に収めた。もともと熱血漢で、自著 [全文を読む]

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