岡田茂のニュース

山口組組長に一歩も引かず感心された東映「中興の祖」岡田茂

NEWSポストセブン / 2013年12月29日16時00分

もうひとりは、マキノの薫陶を受けた岡田茂。高卒すら珍しく、小卒・中卒が多かった戦後間もない時期に東大卒で撮影所に入り、後に東映本社の社長・会長となって「中興の祖」と呼ばれた。 岡田は若い頃から度胸が据わり、武勇伝をいくつも残した。たとえば、松竹から引き抜いた美空ひばりの名前の序列を巡り、その後ろ盾である山口組3代目組長・田岡一雄に凄まれても一歩も引かず、 [全文を読む]

三越伊勢丹HD社長退任で思い出される“あの事件”

NEWSポストセブン / 2017年03月14日16時00分

1982年に起きた三越事件(※注)で、“三越の天皇”と呼ばれた岡田茂・社長が取締役会で電撃解任された一件である。 【※注:三越の岡田茂社長による愛人・竹久みちへの利益供与などをめぐる特別背任事件。事件発覚後、岡田社長の解任決議案が発議され、取締役会で16対0で可決。社長を解任された】 この時に岡田社長が発した「なぜだ!」という言葉は同年の流行語にもなった。 [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(2)初週刊誌表紙に“喜んで買っちゃったさ”

アサ芸プラス / 2014年12月26日09時56分

文太同様、まずタイトルに感心し、本文を読むと中味もおもしろかったので、 〈これはいけるで!〉 とそのまま東映本社の企画会議に出るや、岡田茂社長(当時)に同誌を見せ、映画化したい旨を話したという。 広島出身の岡田は、同ドキュメントの舞台となった土地や抗争に馴染みがあり、知っている登場人物もいたりして、すぐに乗り気になった。 「よし、これ、やろう」 とその場で [全文を読む]

忘れがたき「昭和のいい女」を一斉追跡!<直撃2・フラワー・メグ(23時ショー)>

アサ芸プラス / 2017年05月06日17時57分

文化人や政財界人の来客も多く、三越・岡田茂元社長や小社の創業者・徳間康快は、特に目をかけてくれたという。 実はハーフではないが独特のエキゾチックな美貌、そしてスレンダーグラマーな肢体は、映画の世界においても鮮烈な光を放った。「新藤兼人監督の『鉄輪』(72年、ATG)は、何の指導もお叱りもなく、ほとんど撮り直しもなくやらせていただきました。中年男の若い愛人と [全文を読む]

渡瀬恒彦「兄貴程度の芝居しかできなかったら消えていた」

NEWSポストセブン / 2017年03月24日16時00分

だが、東映の故・岡田茂社長から熱烈な勧誘を受け、役者の世界へと飛び込んだ。 かつて渡瀬は当時の心境をこう語っていた。〈サラリーマンをやっているときに、俳優である兄の給与を見て愕然としたからですよ。だって、当時、大卒の初任給が2万3000円ぐらいのときに、兄は1日に2万も3万ももらってたんですから(笑)。うらやましくてね〉(『BIG tomorrow』200 [全文を読む]

闇に消えた「放送禁止映像」を大追跡!(3)<せんだみつお・こちら葛飾区亀有公園前派出所>シリーズ化予定だった実写第1号が頓挫したのは?

アサ芸プラス / 2016年11月19日17時57分

せんだ 岡田茂社長(当時)に「せんだ君、これ、寅さんに負けない両さんで頼むよ」と言われました。ということは「男はつらいよ」と同じく、シリーズ化の期待がかけられていたんですよ。──ところが、この東映版はたった1作のみ。しかもソフト化もされないという黒歴史扱いです。せんだ うーん‥‥、今、思い返せば、僕は77年というと時代の寵児だったんですよ。それで原作の秋本 [全文を読む]

病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第2回・梅宮辰夫」(1)女を泣かす梅宮で売り出せ

アサ芸プラス / 2016年10月26日05時57分

それならばと岡田茂社長が、日常の梅宮と同じ「女たらし」の役で主演企画を立てた。 梅宮の主演作は、鶴田浩二や高倉健の任侠作品の併映になることが多かったが、二本立ての看板にはこんな惹句(じゃっく)が使われた。〈男を泣かせる鶴田、女を泣かす梅宮〉 こうした扱いにも、むしろ梅宮は生き生きと取り組んでいたという。さらに、内藤が撮るようになってからレギュラー入りした山 [全文を読む]

病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第1回・松方弘樹」(2)弘樹のイメチェンを図れ!

アサ芸プラス / 2016年10月18日05時57分

本来が映画志向である松方はためらったものの、最終的には東映・岡田茂社長の意に沿う形で了承。付き人の勝野は、共演の江守徹や地井武男と飲み歩く楽しそうな松方の姿を見る。 ただし、全話の終了後に松方は鋭く批判した。「NHKはモノを作るところじゃない!」 大河の主演という栄誉を、みずから捨てにかかるようだった。さらに、夫婦役で共演した仁科亜希子との不倫から再婚。 [全文を読む]

命と命がカチ合った、ヤクザと警察まで巻き込んだ事件が発生! 「東映京都撮影所」で本当にあった映画を超えた出来事とは?

ダ・ヴィンチニュース / 2016年08月02日17時30分

東映といえば「東映ヤクザ映画」とも称される任侠映画が有名で、これは病により若くして亡くなった光雄の跡を継ぎ、のちに社長にもなる岡田茂がプロデュースしたものである。戦前よりロケ現場でのいざこざを収めるために元警察官やヤクザを雇うことは珍しくなく、エキストラの手配をヤクザが仕切っていることもあったそうだ。そんなヤクザと対峙しても怯まない岡田は、神戸・山口組の [全文を読む]

渡瀬恒彦の芸能界最強伝説 スタントマン使わず複雑骨折も

NEWSポストセブン / 2016年05月26日07時00分

芸能界に興味はなかったが、東映の故・岡田茂社長(当時)から熱烈なラブコールを受け、「脱サラ」して俳優になった。 「3才年上の実兄・渡哲也(74才)の給与明細を見てあまりの高給に驚き、“それならば”と、芸能界入りしたといいます」(ベテラン芸能記者) 素人同然で挑んだ世界ながら、持ち前の生真面目さで芝居に取り組んだ。最初こそ苦労したが、端正な顔つきと張りのある [全文を読む]

セブン&アイ、内紛第2幕の火種…うごめく「鈴木敏文親衛隊」 ローソンは没落鮮明

Business Journal / 2016年05月13日06時00分

「なぜだ?」 取締役会で解任された三越の“天皇”、岡田茂社長はこう叫んだ。34年前の1982年9月22日のことだ。岡田氏は愛人で躓き、今回、セブン&アイ・ホールディングス(HD)“天皇”の鈴木敏文氏は、息子への世襲強行と批判され辞任した。鉄の結束を誇る集団に強烈な遠心力が働くと、あっという間にバラバラになる。 井阪氏は、名誉顧問になるとみられている鈴木氏、 [全文を読む]

血の気が多かった高倉健 鶴田浩二との取っ組み合いで勝利

NEWSポストセブン / 2016年01月20日07時00分

『高倉健 孤高の生涯』を著した嶋崎信房氏が当時撮影所長だった岡田茂氏(後に東映名誉会長)から聞いた逸話だ。 ※SAPIO2016年2月号 [全文を読む]

~ヒンジから化粧品製造へ~ 青森の工場が生き残りをかけて、りんご心皮を利用した石けん「あっ!ぷるるんぼーる」を開発

@Press / 2016年01月14日10時30分

パソコンや医療機器などのヒンジ(高性能ちょうつがい)を製造する株式会社やまと商社(本社:東京都多摩市、代表取締役:岡田 茂)は、「りんご丸ごと活用」をコンセプトに、りんご心皮を利用した石けん「あっ!ぷるるんぼーる」を開発いたしました。 本商品はヒンジの開発、製造を青森工場から中国工場に移管したことを受け、青森工場の従業員が生き残りをかけて開発に取り組み始め [全文を読む]

元世界6位富豪日本人「お金はあり過ぎても良いことはない」

NEWSポストセブン / 2015年09月24日11時00分

企業人では、三越百貨店の岡田茂・社長、セゾングループの堤清二・代表、三井信託銀行(現・中央三井信託銀行)の中島健・社長らと深く交際した。 だが、バブル崩壊で状況は一変。不動産価格が下落し、所有不動産を担保に銀行から融資を受けていたため、担保割れが続出。銀行は同社資産を不良債権と見なして次々にRCC(整理回収機構)に売り払った。 2007年、渡辺は会社更生法 [全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(19)日本のパニック映画を作れ

アサ芸プラス / 2015年01月26日09時55分

鶴田浩二や高倉健の時代やない、実録で行け!」 東映の岡田茂社長(当時)がこう息巻いたように、映画界の流れは激変していた。「仁義なき戦い」(73年)に始まった実録路線もこの頃には下火となり、新たな鉱脈を探すことが急務であった。 そして生まれたのが、日本では初となる「パニック映画」の着手だった。すでにアメリカでは高層ビルの火災を描いた「タワーリング・インフェル [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(10)“トラック野郎”初日のある出来事

アサ芸プラス / 2015年01月19日09時55分

すでに午前中の観客の入りで、大ヒットは確実となり、岡田茂東映社長は鈴木則文監督の顔を見るなり、 「おい、次は正月作品や。題名は爆走一番星。どや、ええタイトルやろ」 と言ってのけたという。初物作品が封切り初日の午前中の段階で、シリーズ化が確約された(しかも2作目は正月映画に決定)というのだから、到底あり得ないような話だろう。 この「トラック野郎」、そもそも [全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(14)東映スターからの転換期

アサ芸プラス / 2015年01月13日09時56分

確かに、高倉とともに敵陣へ斬り込んでゆく「侠客伝」の中村錦之助が、傘を持った「残侠伝」の池部良に変わっただけという見方もされたが──、 「もともと『日本侠客伝』だって、京都撮影所長に戻った岡田茂さんが『忠臣蔵』を下敷きにして作ろうと言い出したもの。どっちにしたって俺のアイデアや、と一蹴したんです」 笠原の後の代表作ではないが、東西の撮影所で“仁義なき戦い [全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(11)「野生の証明」撮影時のある出来事

アサ芸プラス / 2015年01月02日09時56分

東映・岡田茂社長の指示によるものだが、それはこんな理由だった。 「お前はまだ若い。こっちは上がつかえているが、大映に行ったらすぐ主役だ」 69年のことだった。学生運動が華やかな“政治の季節”の渦中にあり、高倉の映画が絶大な支持を得ていた時だ。 こうしたヒット作に「企画」として名を連ねたのが東映の吉田達であり、高倉とは数えきれないほどの撮影に立ち会った。 「 [全文を読む]

高倉健・菅原文太が共演した【封印された】任侠映画の決定版とは?

tocana / 2014年12月28日08時00分

■東映悲願!? 伝説級映画の日本版を!! マフィア映画の金字塔『ゴッドファーザー』の日本版を東映でやりたいと思った岡田茂社長(当時)は、山口組の田岡一雄組長(当時)の半生記を描いた実録作品『山口組三代目』を製作する。これが公開されるや、同年1月に封切られ既にシリーズ化されていた菅原文太主演の『仁義なき戦い』を上回る観客動員数を記録し、その勢いで続編『三代 [全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(7)“刑事役”と“舟唄”を結ぶ線

アサ芸プラス / 2014年12月25日09時55分

警察に厳しい追及をされた東映・岡田茂社長は、そのうっぷんを晴らすため菅原文太主演で「県警対組織暴力」(75年、東映)をこしらえている。 すでにアサヒ芸能でも三代目山口組・田岡一雄組長への高倉の敬慕は伝えているが、前出の田中壽一は81年7月23日の訃報直後、高倉と同行している。 「田岡邸の200メートル手前で車を停めて、私を残して弔問に訪れました。もう夜中だ [全文を読む]

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