板垣退助のニュース

日本人で初めてルイ・ヴィトンのトランクを愛用した板垣退助

メディアゴン / 2015年12月12日10時00分

柴川淳一[郷土史家]* * *板垣退助は、もともと、乾退助と言った。板垣になるのは官軍先鋒隊として甲府に進攻したときである。少年期、南組という不良グループを組織した乾少年は高知城下で暴れ謹慎処分となった。この時、古流柔術「備中伝竹内流柔術」免許皆伝であった。大人でもかなわなかったと言う。二十歳のとき、江戸詰めで同僚に不正義な人がいて危めている。そのため蟄居 [全文を読む]

日本近代史の謎。西郷隆盛は本当に「征韓論者」だったのか?

まぐまぐニュース! / 2017年03月03日04時30分

政府部内でも西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎…らの参議がいわゆる征韓論を唱え、1873(明治6)年8月には、西郷隆盛を使節として朝鮮に派遣して交渉にあたらせ、国交要求が入れられなければ、兵力を送り、武力に訴えて朝鮮の開国を実現させる方針を内定した。 (『詳説 日本史研究』) まるでアメリカが黒船による脅しをかけて日本に開国を迫ったのと同様のことを、日本が朝鮮 [全文を読む]

西郷隆盛はぽっちゃり好き!? 幕末志士たちの性癖、あだ名、趣味…

ダ・ヴィンチニュース / 2013年05月23日11時30分

さらに、あの有名な板垣退助は、実は「退助」があだ名。本名は「乾正形」なのだが、戊辰戦争の時に「板垣正形」、明治に入ってからは「板垣退助」に統一したらしい。また、「美顔のうえ、気品あふれる男」と言われた三条実美のあだ名は「白豆」だし、医者として活躍した大村益次郎は「火吹きダルマ」、土佐藩士の武市半平太は「アゴ」、高杉晋作も「あずき餅」や「鼻輪のない暴れ牛」と [全文を読む]

『あさが来た』には描かれなかった山林王・土倉庄三郎の貢献

NEWSポストセブン / 2017年01月14日07時00分

『全財産を3つに分けて、国と教育と家業に使う』と語り、実践したんです」(田中さん) 自由民権運動に賛同した庄三郎は、運動を主導した板垣退助と後藤象二郎にヨーロッパ渡航費を工面している。「自由民権運動の台所は大和にあり」と言われるほど大阪の日本立憲政党に多額の援助を繰り返した。 教育にも金を惜しまなかった。同志社大学の創設者・新島襄の後ろ楯となり、5000円 [全文を読む]

知りたくなかった歴史の雑学 ナポレオンは1日8時間睡眠他

NEWSポストセブン / 2016年08月10日07時00分

板垣退助の「板垣死すとも自由は死せず」は「側近が言った言葉」 「『板垣死すとも~』は当時、板垣が遺したとされる言葉を側近が新聞に伝えたもの。後に側近の内藤魯一が『あれは俺の言葉だが、板垣が言ったことにしたほうが輝くと思ったのでそうした』と暴露している」(多摩大学客員教授の河合敦氏) ●加藤清正はイボ痔持ちでトイレから部下に指示を出していた 『真田丸』で [全文を読む]

台湾人が提示する、中国が台湾を「日本の一部」と見なしていた証拠

まぐまぐニュース! / 2016年06月15日19時30分

木戸孝允、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通、井上馨、渋沢栄一などの外遊帰国組は非戦論を説き、大隈重信、板垣退助、桐野利秋、副島種臣らは主戦論を説いて、征台論で朝野が騒然となった。 この件について明治天皇は副島種臣に全権を委ね、柳原前光を副使に任命すると決定を下し、清国政府との交渉にあたらせた。次ページ>>中国が台湾を「化外の地」と見ていた決定的証拠 台湾での [全文を読む]

【気になる】県知事の知事室24時間ライブ配信がナゼか盛り上がってる

まぐまぐニュース! / 2016年03月10日09時00分

板垣退助や坂本龍馬、吉田茂など、多くの歴史に残る偉人を輩出している高知県。 そんな高知県がWebサイト上で面白い試みをしているという。 なんと、知事室を24時間LIVE中継しているというのだ!! 現在知事を務めるのは、尾崎正直県知事だ。2007年に当時最年少の若さで初当選すると、現在まで3期に渡り県知事を務めている。 3月10日12:30現在は、知事は不在 [全文を読む]

ホリケンが激レアな景色を求めて高知で大暴れ!

Smartザテレビジョン / 2016年01月06日12時00分

明治時代 板垣退助も訪れたという由緒ある地に向かった彼らを待ち受けていたのは、本家「ナニコレ珍百景」にも登場した投稿者・パンダおばさんだった。 その女性は名前の通り、パンダの着ぐるみを着ており、高知県内では普段からパンダの格好で商店街を自転車で走り回り、買い物もしてしまう謎の人物。ただ、意外にもすぐに「顔出しOK」という展開になり、ついに彼女の正体が明ら [全文を読む]

<坂本龍馬と坂本竜馬?>「物語の邪魔になるときは史実を切る」ことは司馬遼太郎の時代小説の作法

メディアゴン / 2015年07月22日06時50分

例えば、「竜馬が行く」でに登場する竜馬と板垣退助と会話するあり得ないシーンも面白いと言う。「歴史上」あり得なくても、そう言う「ドラマ」があってもそれはそれで楽しいということなのだ。代小説の作法とは、「物語の邪魔になる時は史実を切る」ということなのかもしれない。 [全文を読む]

日本の歴史が創り上げた夜景『日本三大夜城』を発表!

DreamNews / 2014年11月11日10時00分

大阪城はこちら http://www.osakacastle.net ○高知城(高知県高知市) 坂本龍馬や板垣退助をはじめ、著名人を数多く輩出する高知県。その歴史を語る上で欠かせないのが、天守閣・追手門以下15棟の建造物が国の重要文化財に指定されている高知城である。国内に残る木造の12古天守のひとつで、天守閣は高さ18.5mの3層6階、初代土佐藩主山内一 [全文を読む]

フォーカス