坂上二郎のニュース

萩本欽一が「一緒にやりたくなかった」相方・坂上二郎とその本当の理由 【ぼくたちの好きな土8戦争(6)】

AOLニュース / 2016年01月04日18時00分

ここで言う「あのコメディアン」とは坂上二郎のことである。言うまでもなくコント55号としてともに「土8」で戦った相方である。2人が出会ったのは浅草のフランス座だった。1959年、高校を卒業した萩本は、東洋劇場にコメディアン見習いとして入社した。東八郎などに指導を受け、力をつけた萩本は、3年目、当時「安藤ロール」と名乗っていたフランス座のリーダー格・坂上二郎[全文を読む]

萩本欽一「坂上二郎さんから運命の日の電話」(1)

アサ芸プラス / 2013年09月05日10時00分

僕と坂上二郎さん(2011年死去・享年77)とのコンビ「コント55号」。 二郎さんとの出会いは、結成4年前の62年(昭和37年)でした。 僕は高校を出ると、浅草の「東洋劇場」で、東八郎さんの弟子として芸人修業を始めました。 結局、「東洋劇場」には2年3カ月いて、その後、「地方での仕事はいい腕試しになるぞ」と先輩芸人から勧められ、1年間のドサ回りに出ます。 [全文を読む]

『いつ恋』音はなぜドラマ名を口に? 脚本家・坂元裕二が描く「リアリズム」と「ドラマの嘘」

リアルサウンド / 2016年02月22日07時10分

そして、会津に帰省した練に「芸能人の坂上二郎が亡くなった」という世間話が聞こえてくる。坂上二郎が亡くなったのは2011年3月10日。震災が起こる一日前だ。 震災が近づいていることをサスペンス的な盛り上がりとして演出していくが、練たちが震災に直面する瞬間を本作は見せない。そして、時間は一気に2016年1月に飛んでしまう。「ずっと。ずっとね、思ってたんです」「 [全文を読む]

テリー伊藤対談「萩本欽一」専用の英語参考書で楽しく勉強できたよ

アサ芸プラス / 2015年06月10日17時57分

66年に坂上二郎とお笑いコンビ「コント55号」を結成、お茶の間の人気者に。71年には「スター誕生!」の司会を担当し、80年代には「欽ちゃん 良い子悪い子普通の子」「欽ちゃんのどこまでやるの!?」ほか人気番組を次々と手がけ、「視聴率100%男」の異名を取るまでに。以後も「欽ちゃん劇団」の主宰、「茨城ゴールデンゴールズ」の監督を務めるなど、さまざまな形で活動。 [全文を読む]

<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑫『なんでそうなるの?』のコント55号

メディアゴン / 2014年10月26日23時18分

高橋秀樹[放送作家]* * *大将(萩本欽一)と、坂上二郎さんは、昭和41年(1966年)に「コント55号」を結成する。浅草松竹園芸場で名を売り、たちまち日劇の西田佐知子ショーに出演する。浅草から、日劇へのコースは誰もが夢見るスターへの階段だ。日劇で爆笑をとった「コント55号」をテレビが放っておくはずもなく、フジテレビの『お昼のゴールデンショー』(1968 [全文を読む]

萩本欽一「坂上二郎さんから運命の日の電話」(2)

アサ芸プラス / 2013年09月06日10時00分

熱海から帰ったその日に連絡 僕はその後「浅草新喜劇」という劇団を作り、その舞台をTBSテレビの向井さんというディレクターがたまたま観ていてくれて、テレビ出演の道が開けます。 僕はテレビの生CM出演のチャンスに、NG19回という大失敗をし、一時期は自殺さえ考えました。 そんな僕に、 「バカなことを考えるな!オレは今、熱海の『つるやホテル』でフロアショーの司会 [全文を読む]

「視聴率100%男」萩本欽一が番組づくりの根底にすえたものとは【昭和のテレビ王たちの証言2】

サライ.jp / 2017年05月12日17時00分

「死んじゃおうかなぁ、って考えたこともあった」(本書より)という下積み時代を経て、坂上二郎氏とコンビ・コント55号を結成したのが25歳のとき。欽ちゃんは瞬く間にスターダムにのし上がりました。 コメディアンが司会をするなどという前例がなかった時代に「スター誕生!」(昭和46年~・日本テレビ)や「オールスター家族対抗歌合戦」(昭和47年~・フジテレビ)、「日本 [全文を読む]

萩本欽一インタビュー「ボクは30代は『頭』、40代は『目』で頑張った」

プレジデントオンライン / 2017年05月07日11時15分

坂上二郎とコンビを組んだ「コント55号」でブレイク。『欽ドン!良い子悪い子普通の子』『欽ちゃんのどこまでやるの!』など多数のテレビ番組で高視聴率を獲得し、「視聴率100%男」との異名を取る。2015年、駒澤大学の社会人特別入試枠で合格し、仏教学部に在籍。 ---------- (萩本欽一 構成=岡村繁雄 撮影=高橋健太郎) [全文を読む]

【テレビの開拓者たち(11) 玉井貴代志】ベテラン放送作家が教える「テレビマンに必要な資質」

Smartザテレビジョン / 2017年05月04日06時00分

その後に始まった『カックラキン大放送!!』は、坂上二郎さん、野口五郎さん、研ナオコさんが最初のレギュラーで、そこに途中から、ナオコさんのお兄ちゃんという設定で堺さんに入ってもらって。その後、堺さんと顔が似てない双子という役で(笑)、井上順さんも入ってきて、さらに郷ひろみさん、西城秀樹さんも加わって、“大家族”にしちゃったの。『カックラキン』は、ドリフがやる [全文を読む]

【テレビの開拓者たち(1) 萩本欽一】欽ちゃん、テレビを語る!

Smartザテレビジョン / 2017年03月29日06時00分

1966年に坂上二郎と結成したコント55号では、舞台を駆け回る激しい笑いで国民的スターに。「コント55号の世界は笑う」('68 ~'70年フジ系)、「ぴったしカンカン」(’75 ~’84年TBS系)など、多くのレギュラー番組に出演する一方、1971年ごろからはソロ活動も増やす。司会のみならず、自ら企画・構成・演出にも携わり、レギュラー番組は軒並み高視聴率を [全文を読む]

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