細川幽斎のニュース

明智光秀 「本能寺」はカツラの恨みで決意したという説

NEWSポストセブン / 2017年04月03日16時00分

光秀は和歌、連歌を嗜み、京で連歌師・里村紹巴や、当世一流の文化人・細川幽斎らと対等に付き合うほどの教養人だった。実際に、光秀の詠んだ連歌がたくさん残っている。67歳と高齢ならば、並の武将より一段高い教養を身に付けていたとしても不思議ではない。 また、ポルトガルの宣教師フロイスの『日本史』によると、信長は中国地方の毛利氏を 討伐して天下を統一した後は、スペ [全文を読む]

【京都案内】夜も、また良し。古都一番の紅葉を思い出に加える旅

まぐまぐニュース! / 2016年11月04日21時00分

しかし戦国時代に衰退してしまい、後に細川幽斎により細川家の菩提寺として1602年に再興されました。 本堂は柿皮茸屋根の建物で、内部には長谷川等伯筆の重要文化財の襖絵が飾られています(通常非公開)。 中には二つの庭園があり、一つは本堂の前庭の枯山水庭園で、白砂の庭を苔で縁取られ、ひし形の畳石が並んでいます。もう一つは書院南庭の池泉回遊式庭園で、池のまわりに杉 [全文を読む]

【リーガロイヤルホテル(大阪)】「香道お初会」~後水尾天皇の勅名香を聞く~

PR TIMES / 2016年10月26日16時58分

(※古今伝授:古今集の奥義で東常縁―飯尾宗祇―三條西実隆―細川幽斎と伝授) 香席はすべて椅子席で、服装も和服、洋服いずれでもご参加できます。また難しい作法も必要なく、初めての方もお気軽に聞香を楽しめます。リーガロイヤルホテルで新春に雅の世界をご堪能いただけます。 香道お初会の詳細は次の通りです。 【講座名称】「香道お初会」~後水尾天皇の勅名香を聞く~ 【出 [全文を読む]

【真田丸】関ヶ原の勝敗を分けた「関ヶ原の外」の戦いとは

しらべぇ / 2016年08月28日05時30分

この城に立て籠もるのは、東軍についた細川幽斎。彼はわずか500の手勢で、1万5,000もの西軍と戦ったのだ。この丹後田辺城の戦いは、天皇を巻き込んだ大騒動に発展。なぜなら幽斎は歌人としても知られていて、その才が失われることを朝廷が恐れたからだ。そのため、西軍には天皇からの圧力がかかっていたとも言われている。「絶対に幽斎を討ち取るな」ということだ。この攻城戦 [全文を読む]

童子切安綱など、いわくありげな伝説に彩られた名刀を紹介

NEWSポストセブン / 2016年04月17日16時00分

足利義輝に仕え、歌人として名を馳せた細川幽斎の子・細川忠興は、自身が隠居していた際、当主・忠利を取りまく近臣たちの補佐ぶりが悪いと、この刀で次々と手討ちにしたという。その人数が36人だったことから、平安時代の和歌の名人36人の総称「三十六歌仙」にちなみ、「歌仙」という呼び名がつけられた。 ※SAPIO2016年5月号 [全文を読む]

紅葉は旅の入り口にすぎない。「そうだ京都、行こう」歴代ロケ地めぐり

まぐまぐニュース! / 2015年11月27日07時30分

応仁の乱で焼失後、1602年に細川幽斎によって再建。白砂と苔の美しい枯山水の東庭は江戸時代初期に活躍した小堀遠州の作と伝わります。また、南北朝時代の古庭の味わいをもつ池泉回遊式の南庭も当時の面影を伝えています。 ・天授庵 京都の紅葉名所ベスト10!2015年ライトアップ&見頃と見どころ image by:京都フリー写真素材 源光庵(2014年盛秋) 11月 [全文を読む]

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