大山康晴のニュース

棋聖戦第1局観戦宿泊プラン好評発売中 対局室の特別見学や羽生棋聖らと交流も

PR TIMES / 2017年04月28日10時59分

今期、羽生棋聖は10連覇および、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人と並ぶ棋聖最多の通算16期がかかります。挑戦者は初のタイトル戦出場となる斎藤慎太郎七段(24)です。 [画像2: https://prtimes.jp/i/22608/77/resize/d22608-77-503116-1.jpg ] 宿泊プランは対局前日の5月31日(水)にホテルニュー [全文を読む]

「名人戦に勝利できたのは"運"」引退が決定した生ける伝説棋士・加藤一二三が将棋人生を語る

ニコニコニュース / 2017年01月24日20時39分

しかし、十五世名人・大山康晴とのタイトル戦、十六世名人・中原誠との名人戦を振り返る中で、彼が口にした言葉はあまりにも意外なものだった。すべての写真付きでニュースを読む名人戦で勝てたのは運だった?加藤: 名人戦について話しますと、昭和48年に中原(誠)名人と戦って、七番勝負、ものの見事に4連敗。その後、中原名人とは1982年の名人戦で戦って、ついに念願の名人 [全文を読む]

将棋連盟、谷川会長が辞任会見で語ったこと わずか15分の会見で見えた「トップの器」

東洋経済オンライン / 2017年01月19日07時00分

羽生善治永世名人の師匠)は14年、さらにその前の大山康晴氏(故人)が13年と言った具合だ。ただ谷川会長はまだ54歳と若く、何もなければ10年以上の長期政権が4年前の就任時に嘱望されていた。 ■辞任の最大の理由は「心身ともに不調」 辞意の理由として、谷川会長は2つを挙げた。一つは「対応が後手に回ったこと」、もう一つは「心身ともに不調」だ。「辞任を決めるうえで [全文を読む]

【10年後も思い出に残る店】各界の著名人に愛されたお忍びレストラン「季の苑エルムガーデン」

TABIZINE / 2016年12月06日10時00分

田中角栄、大山康晴、長島茂雄などという各界の著名人たちに愛されてきたこのエルムガーデンのコンセプトは、「北海道の四季を楽しめる極上和リゾート」。素材もシェフも空間も「超一流」を目指し行き着いたこのレストランは、「ここぞ!」という大切な日の演出には完璧なレストランなんです。 まるで映画のワンシーン エルムガーデンの名物でもある日本庭園は、北海道のなかでも屈指 [全文を読む]

疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」

NEWSポストセブン / 2016年10月26日07時00分

「今回、三浦九段の疑惑で『離席』に白い目が向けられるようになりましたが、かつては、連盟の会長も務めていた大山康晴・15世名人(享年69)は、対局中に離席して会長としての事務処理作業をこなし、それでもなお対局に勝っていたという逸話もある。そうした棋士の人間味を表わすようなエピソードはもう生まれないかもしれません」 将棋界は、大きな分岐点に立っている。 ※週 [全文を読む]

28歳、佐藤天彦新名人が将棋界に吹き込んだ新しい風

NEWSポストセブン / 2016年07月30日07時00分

中田といえば大山康晴十五世名人の数少ない愛弟子。つまり佐藤は大山名人の孫弟子にあたる。名人の系列なのである。中田は小学生の佐藤に飛車落ちで指導をする。プロに飛車落ちはアマ四段でもまず勝てない手合いで、佐藤の資質に驚く。駒落ちというのは下手が攻めて勝つのがほとんどの定跡で、また子供は本質的に攻めるのが好きなので、大抵は下手の攻めを上手がどういなすかという戦 [全文を読む]

能力は中高年になっても成長し続ける/川口 雅裕

INSIGHT NOW! / 2015年12月25日10時30分

もちろん、40歳を超えてもなおタイトルを保持している羽生世代や、60歳になってもA級で戦っていた故大山康晴永世名人ら例外はありますが、おおむねこのような傾向にあると言ってよいでしょう。では将棋の棋士と同様、私達の頭脳は年とともに衰えていく一方なのでしょうか。これは当たっていません。将棋と、私たちの生活・仕事では、決定的に異なる点があるからです。将棋では「棋 [全文を読む]

大忙しの加藤一二三九段の一日と対局中に定食2つ完食の伝説

NEWSポストセブン / 2015年03月15日07時00分

時の大山康晴十五世名人に勝って十段(タイトル名で段位ではない)になったのですが、そのときに将棋の深さを体験し、生涯ずっと戦い続けていけるという自信を持ったんです」 ※女性セブン2015年3月26日号 [全文を読む]

第3回 将棋電王戦 第2局(筆者・河口俊彦 将棋棋士七段)

ニコニコニュース / 2014年03月28日13時00分

まず十段戦の中原誠対大山康晴戦が戦われ、それが序盤だけで終ると、指導対局やら棋士多数による連将棋などあった。八千人ものファンが集まり、催しは大成功だった。この企画から実行まで、総てを取り仕切ったのは芹澤博文で、彼も大いに気をよくした。 ところが、後に請求書が将棋連盟に来ると、その金額の莫大さに理事会は仰天した。そして芹澤はきつく叱責されたそうである。接待 [全文を読む]

機械と対決をする屋敷伸之九段 人間が将棋を指す意味を語る

NEWSポストセブン / 2014年02月13日16時00分

当時は大山康晴先生(十五世名人)や中原誠先生が、それぞれの棋風や強烈な個性で魅力的な将棋を作り出していました。 将棋まつりのようなイベントではそうした先生方による多面指しの指導対局があったりして、ますます憧れが強くなった。将棋が広く普及してきたのは、そうした人を媒介した活動があったからだと思いますし、それは機械には代替できない役割ではないでしょうか。 ※S [全文を読む]

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