新井白石のニュース

【書評】江戸城内の人物が馴染みの人に感じられる著者の才筆

NEWSポストセブン / 2015年04月03日07時00分

室鳩巣は、六代将軍家宣のブレーン・新井白石の推挙により、権力の内側に入っていく。その翌年、家宣は死去、息子の第七代将軍家継も八歳で病死し、紀州から吉宗が乗り込んでくる。 権力の交代期は、将軍に取り立てられた側近やブレーンと、幕府の官僚である老中たちのサバイバルを賭けた政治闘争の場となる。誰が将軍様に重用されるか。どのルートが影響力を行使できるか。いかに売 [全文を読む]

日本語から漢字がなくなる可能性があった?! 前島密らが唱えた「漢字廃止論」

ダ・ヴィンチニュース / 2016年10月03日17時30分

例えば「正徳の治」で有名な政治家の新井白石は、その著書『東雅』の中で「西洋のアルファベットは、ひらがなよりも少ない30にも満たない文字ですべてを言い表せることから、漢字よりも優れている」と述べたと本書で紹介。同じく江戸時代の国学者・賀茂真淵も著書『国意考』で似たようなことを書いている。 そして漢字廃止論が本格的に起こったのは、幕末期においてのこと。1866 [全文を読む]

橋爪大三郎が選ぶ日本と日本人のあり方を考える名著10冊

NEWSポストセブン / 2016年08月22日07時00分

岩波文庫) 江戸中期の儒学者で幕政にも参画した新井白石が、来日した宣教師を審問し、西洋各国の歴史、地理、政治、風俗などについて記した書。江戸幕府はキリスト教など海外の価値観が流入するのを怖れて国を閉ざした一方、国際社会について情報を集めることが重要とも考えていた。白石はそうした一流の知識人だが、その彼でも西洋の理解には限界があった。彼に盲点があるなら、現在 [全文を読む]

飾りじゃないのよ、刺身のツマは。あの大根は食べるためのものだった

まぐまぐニュース! / 2016年08月08日20時00分

味が良いから「あじ(鯵)」… 下手な駄洒落のようですが、かの新井白石(江戸時代中期の政治家で儒学者)が書いた『東雅(とうが)』という語源辞典の中で、「或人の説く鰺とは味也、其の味の美をいふなりといへり」とあるそうです。 これから旬を迎え、青背の割にはクセがなく、縄文の昔から愛されてきた魚だそうで、 日本人が鯵好きなのは、イノシン酸とグルタミン酸といった二 [全文を読む]

大河ドラマのあのシーンも…? 江戸時代に「脱藩」なんて言葉はなかった!? 間違いだらけの時代劇

ダ・ヴィンチニュース / 2015年03月25日11時30分

そもそも「藩」の初出は、六代将軍・徳川家宣の侍講として幕政を実質的に主導した新井白石が書き著した家伝・系譜書『藩翰譜』が初めて。そして、一般的に言われるようになったのは明治維新以降の「廃藩置県」のとき。「脱藩」という言葉は明治時代になるまで存在しないのだから言うわけない、「逐電(ちくでん)」「出奔(しゅっぽん)」「欠落(かけおち)」「逃散(ちょうさん)」な [全文を読む]

畿内説、九州説それぞれに根拠あり 邪馬台国はどこなのか

NEWSポストセブン / 2014年12月02日07時00分

古くは江戸時代の儒学者・新井白石や国学者・本居宣長らがその謎を解き明かそうとした。肝心の所在地をめぐっては、現代まで論争が引き継がれている。 『倭人伝』によれば、邪馬台国までの道のりは朝鮮半島中西部の帯方郡から対馬国(対馬)や一支国(壱岐)を経由し、不弥国(福岡県飯塚市付近)まではほぼ特定できる。 しかし、そこから南に船で20日行くと投馬国に着き、さらに船 [全文を読む]

畿内説vs九州説の邪馬台国 カギを握るは「贈答品の封」の発見

NEWSポストセブン / 2013年05月16日07時00分

論争の歴史は古く、江戸時代後期には、新井白石や本居宣長らが議論を始め、長らく「畿内説」と「九州説」の間で論争が続いてきた。そして、これまでは1986年に吉野ヶ里遺跡が見つかるなど邪馬台国の時代の遺跡や遺物が多数出土する「九州説」がやや優勢だった。 しかし、2009年に邪馬台国の有力候補とされる纒向(まきむく)遺跡(奈良・桜井市)で、3世紀半ばの大型建造物 [全文を読む]

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