激戦地のニュース

天皇皇后両陛下のパラオ訪問 “戦後70年の傷を和らげる”と海外メディア

NewSphere / 2015年04月09日11時34分

天皇皇后両陛下が8日、元日本の植民地で太平洋戦争の激戦地だったパラオ共和国に到着した。同日夜に開かれた晩餐会には、パラオのレメンゲサウ大統領に加え、同じく植民地だったミクロネシア連邦とマーシャル諸島の大統領夫妻も出席。天皇陛下は、「ここパラオの地において、私どもは、先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し、その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います [全文を読む]

【ご案内】ジャーナリストによるシリア報告会 『激戦地アレッポは今』

PR TIMES / 2014年02月24日11時13分

3月4日(火) 14時00分~15時00分 ユニセフハウス(港区高輪)日本ユニセフ協会は、3月4日(火)、ユニセフハウス(東京都港区)で、先月激戦地アレッポを取材されたフリー・ジャーナリスト 後藤健二氏による現地報告会を開催いたします。当日は、現在、複数の反政府勢力によって実効支配されている激戦地アレッポの子どもたちや市民がおくる、空爆などの戦闘が続く“日 [全文を読む]

『ハクソー・リッジ』壮絶な戦場の地・沖縄県浦添市 “デズモンド・ドス・ポイント”がGoogleマップに

ガジェット通信 / 2017年07月06日20時00分

『ハクソー・リッジ』ストーリー 銃も手榴弾もナイフさえも、何ひとつ武器を持たずに第2次世界大戦の激戦地〈ハクソー・リッジ〉を駆けまわり、たった1人で75人もの命を救った男がいた。彼の名は、デズモンド・ドス。重傷を負って倒れている敵の兵士に手当てを施したことさえある。終戦後、良心的兵役拒否者としては、アメリカ史上初めての名誉勲章が授与された。なぜ、彼は武器 [全文を読む]

中国軍の元制服組トップ・郭伯雄氏 記念碑撤去で失脚確実か

NEWSポストセブン / 2015年06月14日07時00分

中国とベトナム国境の中国雲南省・老山頂上にあった中越紛争の激戦地での中国軍勝利を記念して建てられた郭氏の記念碑が突然、前触れもなく撤去されたのだ。 実は老山には、すでに汚職などで逮捕、起訴されていた徐才厚・元中央軍事委副主席(今年3月、がんで死去)の記念碑も建てられていたのだが、これも徐氏の逮捕前に撤去されている。この前例から、郭もすでに身柄を拘束され、逮 [全文を読む]


中国、外国企業の特許侵害訴訟「激戦地」に―米紙

Record China / 2016年11月09日12時00分

今後は外国企業による「特許訴訟激戦地」になるだろう。(翻訳・編集/大宮) [全文を読む]

ロイズ・チョコレート、激戦地シカゴにポップアップストアを開設

Forbes JAPAN / 2016年10月31日11時30分

シカゴは素晴らしいチョコレートにあふれた街だ。なぜこの日本のチョコレート・メーカーは、飽和状態ともいえる市場で太刀打ちできると考えたのだろうか。北海道のチョコレート・メーカー、ロイズコンフェクトは10月15日、シカゴのミシガン・アベニューの一画、マグニフィセント・マイルにある「ザ・ショップス・アット・ノースブリッジ」にポップアップ・ブティックをオープンした [全文を読む]

日本が第2次大戦中フィリピンで米国と戦わなければならなかった理由

まぐまぐニュース! / 2016年02月05日08時00分

太平洋戦争においてフィリピンが激戦地であったことをご存じの方は多いかと思います。では、なぜ日本は彼の地で米国と戦わなければならなかったのでしょうか。無料メルマガ『心のビタミン』では、その理由の1つに「植民地支配への抵抗」があったと記しています。 両陛下の「比島戦没者慰霊」を正しく伝えられない日本メディア 1月29日、フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下 [全文を読む]

【編集部が実食】全国選りすぐりご当地ラーメン4選

しらべぇ / 2015年12月27日06時30分

【麺屋7.5Hz 新橋店】住所 東京都港区西新橋1-22-1営業時間 9:00〜22:00(月〜金) 9:00〜15:00(土)定休日 日曜(営業日もあるので要確認)・祝日▽元記事はコチラ11月4日再オープン!東京新橋で食べれる大阪最強ご当地ラーメンを食べてきた(3)ラーメン激戦地の旅館が作る、「幻のラーメン」人口に対するラーメン店舗数が日本一である山形県 [全文を読む]

広島MF青山、激戦地の中盤でタフに戦い抜く(8枚)

ゲキサカ / 2015年12月21日12時25分

●クラブW杯2015特集 [全文を読む]

知られざるラーメン激戦地!京都「一乗寺」の名店4選

しらべぇ / 2015年11月27日19時00分

(文/しらべぇ編集部・野夢宇一貴) [全文を読む]

太平洋戦争の激戦地・硫黄島の生存者が語る“リアル”を電子小説化!!南房総のひいじいちゃんが話してくれた、綺麗ごとではない『硫黄島』の真実とは?

PR TIMES / 2015年10月06日11時55分

山口氏は、太平洋戦争の激戦地のひとつである硫黄島(東京都小笠原村)で生き残った数少ない元日本兵の一人。硫黄島における戦闘についての証言は日米双方において少なく、山口氏が語る、一兵士目線での実体験談は非常に貴重だと言える。●目前の人間が語る、硫黄島での生々しい“生活感”かわな氏は介護施設に勤める友人から、硫黄島の戦闘は映画のような綺麗ごとで語れるようなもので [全文を読む]

『タワー オブ アイオン マスターサービス』みんな大好きドレドギオンが早くもできる!最新アップデート「超越の機運」本日実装

@Press / 2015年08月05日16時45分

本アップデートは『タワー オブ アイオン』の人気コンテンツ「激戦地ドレドギオン」に加え「暗黒のポエタ」「アドマ要塞」「テオボモス秘密研究所」などが登場し、レベルキャップの解放などが行われます。 さらに、本日より各種イベントがスタートいたしましたので、この機会にぜひゲームをプレイしてみてください。<マスターサービス>◆最新アップデート「超越の機運」【実装日時 [全文を読む]

櫻井翔&池上彰が戦争を伝える特別番組が決定

Smartザテレビジョン / 2015年07月04日06時00分

櫻井はパプアニューギニア・ラバウルの“パイロットの墓場”といわれた激戦地を訪問し、特攻隊として出撃した元特攻隊員を取材。 「NEWS ZERO内で継続的に“太平洋戦争”の取材に行かせていただいておりました。自分の中でも、大きな軸である“戦争”の番組に携わることができること、とても身が引き締まる思いです。南方の激戦地であったパプアニューギニアでの取材では濃 [全文を読む]

【シリア危機5年目】紛争の代償~シリアで教育が失われていることによる、深刻な経済的損失を試算~

PR TIMES / 2015年03月20日09時41分

長期に渡る激戦地である北部の都市アレッポではわずか6%。シリア国内では少なくとも4分の1の学校が損壊している。およそ300万人のシリアの子どもが学校に通えていない。2014年には、シリア難民の子どもたちの半数が一切の教育を受けられなかった。シリア危機対応において国際社会は、教育分野の支援に関し、必要とされる支援総額の半分しか割り当てることができていない。シ [全文を読む]

現役自衛官が語る「どこよりも恐ろしい激戦地・硫黄島の幽霊」

デイリーニュースオンライン / 2015年01月18日15時50分

激戦地だった硫黄島で聞く話は、軍学校の施設だった江田島とは壮絶さがまったく違う。自分は硫黄島でも江田島でも幽霊をみたことはないが、先輩や同僚の話では、深夜や早朝に『水をくれ』『暑い。早く村に帰りてえ』『お母ちゃん。会いたてえよ』という声を耳にしたという話はいくつもある」(1曹) 硫黄島には幽霊が存在するのだろうか。たとえば眠っている現役自衛官の寝言が大 [全文を読む]

水木しげるさん:敗け戦さ、描きたかった…「売れぬ」葛藤

毎日新聞 / 2017年09月08日11時01分

水木さんはこの後、従軍した太平洋戦争の激戦地、ラバウル(現パプアニューギニア・ニューブリテン島北東部)での凄惨(せいさん)な軍隊体験をもとに、代表作「総員玉砕せよ!」(73年)を描いた。 長女で水木プロダクション代表の原口尚子さん(54)は「『負け戦を描きたい』という思いは、後の『総員玉砕せよ!』につなげられていると思う。そこにいたるまでの本人の葛藤が、 [全文を読む]

「北朝鮮」を存続させた2人のダメ指揮官

プレジデントオンライン / 2017年09月03日11時15分

この部隊はその後、小倉から朝鮮半島に派遣されて激戦地を転戦し、大きな犠牲を出すことになります。 ■マッカーサーとトルーマンの対立 朝鮮戦争で米韓側の指揮をとっていた連合軍総司令官ダグラス・マッカーサーは、何の根拠もなく「中国の半島介入はない」と大見得を切っていました。「ない」という誤った前提で作戦が展開されたため、中国「義勇軍」の介入によってアメリカ軍を [全文を読む]

栗林中将が硫黄島から息子に宛てた手紙のことば【漱石と明治人のことば238】

サライ.jp / 2017年08月26日06時00分

はじめジャーナリスト志望だったが、恩師のすすめがあって軍人となり、太平洋戦争末期の激戦地となった硫黄島の守備隊総司令官をつとめた。 何年か前、クリント・イーストウッドが監督した『硫黄島からの手紙』という映画があった。スクリーンの中で、俳優の渡辺謙が栗林忠道役を演じていた。あの映画で栗林忠道の名を記憶にとどめている読者も多いことだろう。 栗林は大正12年(1 [全文を読む]

中国「ネトゲ廃人村」元住民が語る“本物のクズ”の生活

文春オンライン / 2017年08月09日07時00分

――さながら現代のアヘンですね(注.三和がある広東省は往年のアヘン戦争の激戦地である)。で、呉用さんはどういうふうに遊んでいたんですか? 呉用 朝も昼も夜もなかった。十数時間連続でプレイとか普通だったな。6時間の滞在費が5元(約82円)のネカフェで、支払いの時に20元払ったこともあったから、つまり24時間ぶっ続けだったわけだ。 ――「(日雇い仕事で)1日 [全文を読む]

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