岡部孝信のニュース

【雪印メグミルク】『ジャンプ雪印メグミルク』(2015-2016シーズン)webページリニューアルオープン&プレゼントのご案内

@Press / 2015年07月17日15時00分

スキー部は現在8名の選手たちが、長野オリンピック(1998年)金メダリストの原田雅彦監督、岡部孝信コーチのもと活動をしています。また、選手のうち2名は、ソチオリンピック(2014年)男子団体戦で銅メダルを獲得した伊東大貴選手、清水礼留飛選手です。 webページ『ジャンプ雪印メグミルク』では、選手のプロフィールや大会成績、そして今シーズンの意気込みについて [全文を読む]

【雪印メグミルク】『ジャンプ雪印メグミルク』公式facebookオープン&記念プレゼントのご案内

@Press / 2015年05月21日15時00分

『ジャンプ雪印メグミルク』は、長野五輪ジャンプ男子団体金メダリストの原田雅彦監督・岡部孝信コーチの2人が率いる当社スキー部の選手・活動などを掲載したwebページです。 ソチ五輪ジャンプ男子団体銅メダリストの伊東大貴・清水礼留飛選手2名が在籍し、次の平昌五輪出場を期待される選手8人で活動しています。 今回、よりタイムリーな情報や選手達の活動をお知らせするた [全文を読む]

「雪印メグミルクスキー部 創部70周年ファン感謝イベント」平成28年9月23日(金)に開催及び参加者募集!

@Press / 2016年08月02日15時00分

現在は、長野五輪ジャンプ男子団体金メダリストの原田雅彦監督・岡部孝信コーチの指導の下、ソチ五輪ジャンプ男子団体銅メダリストの伊東大貴・清水礼留飛選手2名を筆頭に総勢8名の選手たちが平成30年の平昌五輪出場を目指して活動中です。 おかげさまで創部70周年の節目を迎えることが出来た今年、雪印メグミルクスキー部を長年支えていただいたファンの方々への感謝の意を込 [全文を読む]

「第6回 雪印メグミルク杯ジュニアサマージャンプ大会」平成28年8月3日(水)札幌市荒井山シャンツェにて

@Press / 2016年07月07日11時00分

昨年は、長野オリンピックジャンプ団体戦金メダリストの原田雅彦(雪印メグミルクスキー部監督)、岡部孝信(同 コーチ)、齋藤浩哉(同 前監督)により、小学生向けミニクリニック(レッスン)を実施しました。今年も引き続き、金メダリスト3名によるミニクリニックを実施し、専門的な指導を受ける機会の少ないジュニアジャンパーの育成を応援します。さらに雪印メグミルクスキー部 [全文を読む]

レジェンド・葛西が「さんまのまんま」に初登場!

Smartザテレビジョン / 2016年06月24日20時00分

小中学校の先輩だった岡部孝信(元オリンピック選手)から、スキー道具のお下がりを譲り受けたことを告白し、「そのおかげで競技を続けてこられた」と振り返る。 最後には、「まだ衰えを感じないし、50歳までは現役を続けたい」と'18年に開催される平昌オリンピックに対への熱い胸の内を語る葛西にさんまは、スポーツマンらしくない、まさかのアドバイスをする。 「まんまコーナ [全文を読む]

『ジャンプ雪印メグミルク』(2014-2015シーズン)webページリニューアルオープンのご案内

@Press / 2014年09月01日11時00分

4月より、2名の新入部員を加えた9名の選手たちと、長野オリンピック金メダリストの原田雅彦監督、岡部孝信コーチで新体制をスタートしました。 選手のうち2名は、ソチオリンピック男子団体で銅メダルを獲得した伊東大貴選手、清水礼留飛選手です。 選手のプロフィールや大会成績、そして今シーズンの意気込みとファンの方へのメッセージについて、選手の生の声を掲載しています [全文を読む]

団体銅メダル快挙を生んだ“下川町ジャンプの父”の遺訓

WEB女性自身 / 2014年02月27日07時00分

岡部孝信選手(長野五輪・団体金)などは、『自分の父親にも殴られたことないのに、恒さんには何度も殴られた』って(笑)」 恒さんは競技以前に人として大切なこと、あいさつや礼儀についても口を酸っぱくして教え込んだ。下川の小さなジャンパーたちはみな、記者に「お疲れさまです!」と元気よくあいさつする。それは、下川ジャンプ少年団の伝統だと克彦さんは言う。また、恒さんに [全文を読む]

スキージャンプ、伊藤有希が地元・北海道下川町で愛される理由

週プレNEWS / 2014年02月12日18時00分

五輪7大会連続出場、今や世界の“レジェンド”葛西紀明、そしてリレハンメルで銀、長野で金と2大会連続でメダルを獲得した岡部孝信。このスキージャンプ2大巨頭を生んだのが、下川町なのだ。 彼女もまた、スキー一家に生まれ、4歳でジャンプの世界へ飛び込んだ。小学6年生時には、史上最年少で大倉山のジャンプ台も飛んだ。 地元で彼女の評判を聞くと、競技者としても、人間とし [全文を読む]

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