近藤昭仁のニュース

【西武】80~90年代の黄金カード「LG決戦」の記憶

文春オンライン / 2017年06月07日11時00分

この時、1塁走者の大田卓司が3塁ベースを回ったところでバランスを崩し、近藤昭仁3塁コーチと接触しそうになりました。つい最近、5月19日の西武対ソフトバンク戦で、3塁を回ったアルフレド・デスパイネが村松有人3塁コーチと接触してアウトになりましたが、この時、この34年前のことを思い出したものです。話がそれてしまいましたが、結局この試合、最後は東尾修が締めて待望 [全文を読む]

週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」スポーツ界「波乱のウラ舞台」<野球篇/悔恨インタビュー・近藤昭仁>元ロッテ監督が回顧する「18連敗の真実」

アサ芸プラス / 2016年10月16日17時56分

26日間も勝ち星に見放されたドロ沼の戦況を、当時の指揮官である近藤昭仁氏(78)に振り返ってもらった。近藤 クローザーの河本がね、その年のオープン戦終盤に打球が直撃して、後遺症が残ったんですよ。成本も故障離脱していたんで、この時点で抑え投手がいなくなったんです。江尻(当時の編成部長)がアメリカから選手を獲ってくると言ったんだけど、戦力にならなかったし、すで [全文を読む]

週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」スポーツ界「波乱のウラ舞台」<野球篇/特別インタビュー・広岡達朗>(2)川上さんを見返したかった

アサ芸プラス / 2016年10月15日17時56分

こともあろうに、西武時代に私の下でヘッドコーチを務めていた近藤昭仁を監督に、打撃コーチだった長池徳士もコーチに招へいし、チームを編成したんです。ところが、98年にチームは18連敗と不名誉な記録を作った」 名前のあがった、川上氏との対立は有名である。広岡氏が巨人に入団した1年目の出来事だ。当時、巨人の一塁手だった川上氏は、後輩の広岡氏に対して、こう告げたとい [全文を読む]

長嶋苦しめた平松の「カミソリシュート」 カーッとして誕生

NEWSポストセブン / 2015年01月23日16時01分

若手が並んで投げているところへカズ(近藤和彦)さんとアキ(近藤昭仁)さんがやって来て打席に立った。しばらくして2人は「平松、こんな球しかないのか」というわけですよ。それでカーッと頭に来て、 「シュートもあります!」 と、売り言葉に買い言葉でいってしまった。それで打者に対して投げたこともないシュートを投げる羽目になった。 するとこれが、直角に見えるくらい曲 [全文を読む]

日本記録更新のロッテ98年「悪夢の18連敗」の真実を監督述懐

NEWSポストセブン / 2014年02月15日16時00分

当時の近藤昭仁監督は残り1年の契約を残して辞任。退任会見で「もっと強いチームの監督をやりたかった」という迷言を残し、話題となった。近藤氏が語る。 「采配がどうこうといわれたが、18回で1回も勝てないというのは、やはりチームに力がなかったんですよ。 トンネルは長かった? 1か月近くあったからね。倒れそうになりましたよ。慕っていた藤田元司さんが“寝られないだろ [全文を読む]

著者が泣きながら集めた「大洋~横浜4522敗」の証言

週プレNEWS / 2013年07月23日15時00分

近藤昭仁(あきひと)、平松政次(まさじ)、遠藤一彦(かずひこ)、高木豊、佐々木主浩(かづひろ)、石井琢朗(たくろう)、谷繁元信(たにしげもとのぶ)、鈴木尚典(たかのり)、内川聖一……。横浜ファンならずとも、証言者の名前を見るだけでグッときますね。 「名前を出せなかった方も含め、全部で40人以上にインタビューしたと思います。皆さん、本当に言いたいことがた [全文を読む]

「大洋ホエールズ」 オーナーに窮状訴えれば年俸が上がった

NEWSポストセブン / 2013年03月30日07時00分

三原監督が秋山登・土井淳・岩岡保宏・沖山光利・黒木弘重の明大5人衆、そして近藤昭仁・桑田武らを自由自在に操って川崎の街を沸かせてから実に38年の時が流れていた。 (文中敬称略) ※週刊ポスト2013年4月5日号 [全文を読む]

秋山幸二「バック宙ホームイン」は地味なイメージ払拭のため

NEWSポストセブン / 2013年03月03日16時00分

「秋山は事前に、近藤昭仁コーチに“やっていいですか”と許可を取った。近藤コーチも“盛り上がっていいんじゃない”といったので実践した」(同前) その後秋山氏はバック宙を計5度披露。メジャーに一番近いといわれた、寡黙な男の精一杯のパフォーマンスだった。 ※週刊ポスト2013年3月8日号 [全文を読む]

日本ハム栗山監督 原巨人でヘッドコーチになる可能性あった

NEWSポストセブン / 2012年10月27日07時00分

そのため、篠塚、吉村、斎藤、村田などの原派閥は入閣しましたが、肝心のヘッドコーチは近藤昭仁氏(元横浜、ロッテ監督)という明らかに異端な人事となったのです」(同前) 近藤氏は、原監督の尊敬する藤田元司氏(故人、元巨人軍監督)のもとで、1989年、1990年と巨人を連覇に導いたヘッドコーチであるが、原監督の意向に添ったものとはいえなかった。 「堀内監督が失敗し [全文を読む]

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