門馬忠雄のニュース

有名人衝撃死の真相「力道山」“最古参プロレス記者が語る力道山の死”

アサ芸プラス / 2015年08月09日09時56分

現役最古参のプロレス記者・門馬忠雄氏が、当時の緊迫した様子を再現告白する。 当時、「東京スポーツ」のボクシング担当だった私は社で原稿を書いていると、「力道山、急死」のニュースに原稿を放り投げて現場に向かった。プロレス担当になるのは1年後だったが、これだけ大きな事件だから担当も何もない。 すでに赤坂の山王病院から自宅のリキアパートに遺体が運び込まれ、周辺を取 [全文を読む]

日本プロレス史「“10大”伝説のガチンコ試合」(3)力道山がガチンコ勝負の開祖

アサ芸プラス / 2015年03月17日09時56分

古参のプロレス評論家である門馬忠雄氏が言う。「ガチンコかどうかには興味はないんだが、取材していると“得体の知れない強さ”を感じるレスラーはいるね。柔道の金メダリストだったウイリアム・ルスカや、人間台風と呼ばれたドン・レオ・ジョナサンは横綱級。さらに“規格外”といえばアンドレ・ザ・ジャイアントだな」 同じ力道山の門下生でも、ジャイアント馬場にはシュートのイ [全文を読む]

ベテラン記者による馬場、ハンセンら15レスラー秘話紹介本

NEWSポストセブン / 2014年08月17日07時00分

【書籍紹介】『全日本プロレス超人伝説』門馬忠雄/文春新書/800円+税 その身体能力ばかりか、経営者としても信頼を得ていたジャイアント馬場。書類選考で落とされながらも不断の努力からトップとなった小橋建太ほか、ザ・デストロイヤー、スタン・ハンセンなど15人のレスラーを、ベテラン記者ならではの秘話を含めて紹介。 ※週刊ポスト2014年8月15・22日号 [全文を読む]

未来を変えた「21世紀プロレス衝撃バウト30」

アサ芸プラス / 2013年06月07日09時59分

現役最古参プロレス記者の門馬忠雄氏は、近年で強く印象に残った名勝負として、小橋絡みの2試合を推す。1つは壮絶なチョップ合戦となった、健介戦(05年7/18東京ドーム)。もう1つは、その1年前(04年7/10)、NOAH東京ドーム初進出のメインで、“絶対王者”小橋が秋山を迎え撃った同門対決だ。「『(どちらの試合も)なぜ、そこまで己の身を犠牲にしてやるのか!? [全文を読む]

A・猪木 プロレスの枠を超える「対世間」を意識していた

NEWSポストセブン / 2012年04月03日07時00分

1976年6月に日本武道館で行なわれたアリ戦は「格闘技世界一決定戦」と謳われ、「プロレス記者は誰も実現するとは思っていなかったから、アリが来たときには本当に驚いた」とプロレス評論家の門馬忠雄氏は振り返る。 馬場に先駆け新日本プロレスを創立した猪木は、馬場の米国人脈に対抗してタブーとされていた大物日本人対決に活路を見いだし、ストロング小林や大木金太郎らと死闘 [全文を読む]

「日本プロレス史上最も盛り上がった」と評される大会とは?

NEWSポストセブン / 2012年04月02日16時01分

プロレス記者歴半世紀の門馬忠雄氏いわく、「日本プロレス史上もっとも盛り上がった大会」であった。 撮影■木村盛綱 ※週刊ポスト2012年4月13日号 【関連ニュース】ジャンボ鶴田の就職時「尊敬する馬場さんの会社選びました」日本プロレス界の父・力道山 大変貴重なリング上カラー写真A・猪木 プロレスの枠を超える「対世間」を意識していた【懐かしの外人レスラー名鑑 [全文を読む]

「G馬場は1960年代の米遠征1年間で1億稼いだ」との証言

NEWSポストセブン / 2012年04月02日07時00分

プロレス評論家の門馬忠雄氏は、その姿を「プロレス界の“野茂”だったと思います」と回想する。 「馬場はプロ野球では成功できませんでしたが、プロレスで大リーガーになった。当時、馬場がアメリカで1年間に稼いだ額は、あの時代において1億円を超えたと聞いていた」 馬場は後に豊富な米国人脈を使い、日本プロレス分裂後の1972年、全日本プロレスを創立した。 撮影■木村盛 [全文を読む]

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