石原裕次郎 小林旭に関するニュース

夭逝が多い?昭和時代の「あの」ヒーローたち

メディアゴン / 2016年03月07日07時40分

石原裕次郎は大人のファンが多かったのと、裕次郎の放つカリスマ性と深いメッセージが複雑な思いがして苦手だった。それに対して、小林旭の、なーんにも考えてないようなパープリンな底抜けの明るさと腕っぷしの強さ(という演技)、また赤木の暗い憂いを含んだ瞳と独特な早口の台詞回し、殺死屋のくせに決して人を殺さない拳銃の名手、劇中、突然流れ出す調子っぱずれだが一度聞いたら [全文を読む]

小林旭と交際、裕次郎とは兄妹…浅丘ルリ子の衝撃告白が話題

NEWSポストセブン / 2015年07月18日16時00分

(中略)「残念ながら、うちの娘はまだ嫁にはやれません」父ははっきり拒否したという》 さらに浅丘は、小林と出会う直前の1956年に初共演した石原裕次郎さん(享年52)についてもこう語る。 《裕ちゃんは6つ上。「頼りがいのあるお兄さん」という感じでまだ恋愛感情はない》 小林と同じように裕次郎さんとも撮影の合間によく食事をともにし、酒を飲み交わし、いつも一緒にい [全文を読む]

伝説の刺青師が明かす“日活&東映スター”交流秘話「酒盛りしながら唐獅子牡丹を」

アサ芸プラス / 2015年06月13日17時57分

「裕ちゃん」こと昭和の日本映画を代表する銀幕スター・石原裕次郎が演じる映画「花と龍」(1962年、日活)の名場面だ。 裕ちゃんの刺青を描いたのは、当時日活の大部屋俳優でもあった河野弘(90)。人気絶頂の裕次郎が、東映映画の十八番だった任侠映画に挑んだ。女房役の浅丘ルリ子、女刺青師の岩崎加根子らの好演も話題を呼び、裕次郎の任侠映画は、大ヒット。その後の任侠映 [全文を読む]

裕次郎、渡哲也…浅丘ルリ子が語る昭和大スターとの交遊録

WEB女性自身 / 2015年05月05日07時00分

石原裕次郎】「裕ちゃんは日活の1年後輩。日活から石原プロに6年間お世話になりましたし、仕事でもプライベートでも多くの面で支えになってくれました」【小林旭】「私が旭さんと付き合っていたのは20歳のころ。父の反対もあって結婚はできませんでしたが、愛した人のひとり。今でも仲よしですし、共演もしていますよ」【高橋英樹】「日活デビュー直後の英樹の面倒を見ていたの。 [全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(12)若い頃は遅刻グセがあった

アサ芸プラス / 2015年01月02日09時57分

健さんにしたって年下の中村錦之助、日活でも石原裕次郎や小林旭のほうが先に売れてしまう。あの頃の健さんの口ぐせは『明日があるから!』だったけど、歯を食いしばって自分に言い聞かせていた感じだった」 さらに女流スターとのせめぎ合いもあった。大歌手であり、東映の看板女優でもあった美空ひばりは高倉を気に入り、小林旭よりも先に「ダーリン」と呼んで相手役にたびたび指名。 [全文を読む]

追悼・菅原文太 「仁義なき戦い」共演俳優たちが明かした秘話(3)幻のジャズ歌手時代

アサ芸プラス / 2014年12月16日09時57分

もし、宍戸の誘いを受け入れていれば、石原裕次郎や小林旭と対峙する日活スターの文太が実現していたのだろうか──。 「その場には浅利慶太もいて、彼の勧めで『劇団四季』の一期生になったんだよ。それからモデル、新東宝、松竹、東映と渡り歩いたけど、日活だけは文太は来なかったね」 宍戸の下宿で会ってから20年後、ようやく「完結篇」で共演を果たしている。あまり人をほめる [全文を読む]

創業百年の映画会社「日活」の栄華と衰退の裏面史を描いた本

NEWSポストセブン / 2012年10月11日16時00分

日活百年と言っても普通の人がイメージする日活とはまず石原裕次郎や小林旭や吉永小百合の日活とロマンポルノ(一九七一年以降)の日活だろう。創設百年でありながら実は日活は新しい映画会社だった。 日活が映画製作を再開したのは昭和二十九(一九五四)年(まさにその年、著者松本平は日活に入社し美術部に配属される)。だがそういう新しい会社だったからこそ、しかも当時は“五社 [全文を読む]

誰もが憧れる生き方…ムッシュかまやつが語った「音楽以上に大切なもの」

アサ芸プラス / 2017年03月03日17時58分

石原裕次郎や小林旭、赤木圭一郎などとも昵懇だったそうです。赤木がゴーカートの事故で亡くなった際には、『カーブの先だからぶつかったところは見てないですけどね』と語っていましたが、ムッシュはその場にいたのだそうです」(週刊誌記者) 当時のミュージシャンとしてのつながりには、今なお芸能界に多大な影響力を持つそうそうたる名前が並ぶ。「『(スパイダースの前は)僕はワ [全文を読む]

鬼才・小沼勝が愛した日活ロマンポルノと美しき女優たち

NEWSポストセブン / 2017年02月09日16時00分

小沼監督が入社した1961年の日活は、戦時中に撤退していた映画製作を再開して7年が経ち、石原裕次郎の登場で低迷期を脱した頃だった。「日活撮影所で裕次郎を最初に見たのは入社間もない頃の食堂でした。瓶ビールをグラスに注いで一人で飲んでいました。本当は撮影所では禁酒でしたが、『ビールは酒ではなく水である』と言う人でしたからね。撮影中に飲む劇用の酒も本物でした」 [全文を読む]

買収に翻弄され漂流し続けた日活…「パックマン」生みの親との接点

Business Journal / 2017年02月07日06時00分

老舗映画会社の日活は、1960年代前半には石原裕次郎、吉永小百合、赤木圭一郎、小林旭などの“青春スター”を擁し、黄金時代を築いた。だが、映画は国民の娯楽のエースの座をテレビに奪われ、あっという間に凋落。日活は93年、会社更生法の適用を申請して倒産した。 会社更生法の終結に伴い、97年にナムコが30億円を出資して子会社化し、中村氏が日活の社長に就いた。 05 [全文を読む]

フォーカス