高校時代 江川卓に関するニュース

死んでも「アイツ」に勝ちたかった③ 西本聖 「エース」の座を争った江川卓との9年間(1)

アサ芸プラス / 2012年06月22日11時00分

ここから西本と怪物・江川のライバル物語がスタートしたと思われがちだが、実は西本には、高校時代に江川を強く意識するようになった原体験があった。 江川さんを意識したのは、松山商業時代からでした。江川さんは作新学院で甲子園にも出ていて、僕よりも1学年上なんですが、「甲子園に出たら当たるだろう」と、監督さんが考えていて、僕らは栃木県まで行って、練習試合をしている [全文を読む]

「作者がPL学園OB」「テーマは銭闘」 野球漫画が多様化

NEWSポストセブン / 2016年08月24日11時00分

後に共に巨人のエースとして活躍する江川卓と西本聖を高校時代から追った物語だ。「怪物」として世間を沸かせた江川卓と、その陰で注目を浴びることのなかった「雑草」西本聖。 「『江川事件』の顛末を描いた作品です。この作品で初めて出てくる事実も多い。だから、読んでいてわくわくします」 最後は、野球モノなのに野球よりも“銭闘”で読者をグイグイ引き込む『グラゼニ』(原作 [全文を読む]

あのスターを生んだ夏の甲子園(7)「記憶に残る怪物」江川卓が残した圧倒的な記録

アサ芸プラス / 2016年08月14日09時59分

のちに法政大学で通算完封数の記録を作ろうとも、巨人で連続最多勝で20勝しようとも、「全盛期は高校時代だった」と、いまだにファンが語り継ぐ所以だ。(高校野球評論家・上杉純也) [全文を読む]

江川同期の元巨人・郵便局長 「最高年俸300万でよかった」

NEWSポストセブン / 2016年05月19日16時00分

高校時代に巨人のスカウトが訪ねてきた時は、父親が大学進学を理由に断りを入れた。 1977年のドラフト前は、父親の勧めで住友金属入りが内定していたが、巨人が6位指名。しかし新人時代、多摩川での合同自主トレ2日目に高校時代から脱臼癖のあった左肩を痛めてしまった。 失望感を抱きながら一人で多摩川の土手を走り、グラウンドが見えなくなった辺りで腰を下ろすと、白のBM [全文を読む]

【センバツ高校野球】今こそ振り返りたい”1973年の江川卓”

デイリーニュースオンライン / 2016年03月18日17時40分

巨人入団後もエースとして活躍するが「一番ボールが速かったのは高校時代」という声は多い。 文=武山智史(たけやま・さとし) 【関連記事】 [全文を読む]

【プロ野球】元DeNA・大田阿斗里がオリックスと育成契約で再スタート

デイリーニュースオンライン / 2016年02月16日16時00分

※野球の見方が変わるスマホマガジンでニュースやコラムが読み放題! ■江川卓の再来!? 高校時代から将来を嘱望されるも、不名誉な記録が眼前に 大田が初めて注目を浴びたのは高校3年の春。帝京高のエースとして乗り込んだ選抜大会1回戦で、1試合20奪三振の快投を見せた。これは昭和の怪物・江川卓(元巨人)も達成した大記録。大田も江川と同じく右の剛腕だったことから、 [全文を読む]

もし江川卓が高卒で阪急に入団した場合のプロ通算成績を算出

NEWSポストセブン / 2014年01月23日07時00分

ピークだった高校時代から、5年間奪三振王になると想定して数字を算定しました」 当時の阪急は福本豊、加藤秀司、マルカーノといった打線が全盛で、1975年からパ・リーグ4連覇も果たした強豪チーム。 「阪急が強かったのでいい数字を残しています。ただ当時のパ・リーグは山田久志と鈴木啓示の全盛期でもあり、最多勝のタイトルには恵まれなかった」(広尾氏) 気になるのは巨 [全文を読む]

達川光男氏 高校時代に江川卓倒すためスクイズ失敗練習した

NEWSポストセブン / 2013年08月01日07時00分

※週刊ポスト2013年8月9日号 [全文を読む]

高校野球担当記者たちの甲子園“反省”座談会「中村奨成(広陵)は出来過ぎだった気もするが…」

週プレNEWS / 2017年08月31日11時00分

むしろ、高校時代の谷繁元信と比較してどちらが上だ?くらいな視点のほうが、彼の将来性を冷静に考えられると思うのですが。 C 中村個人の評価はともかくとして、今大会のホームラン量産についてはちょっと首を傾げたくなりますね。ネット裏で「飛ぶボールを使ってるんじゃないか」という声が挙がっていたけど、あながち否定もしきれない。「打撃技術の向上」なんてもっともらしく指 [全文を読む]

【プロ野球】決定! 「この野球マンガが現在進行形ですごい!」2017【4位~次点編】

デイリーニュースオンライン / 2017年01月30日17時05分

その知られざる真実を高校時代の因縁から紐解いていく。 【選考理由】 オグマ:今この時代に、このテーマ(江川卓)を描いている、という面白さ。ちょうど「空白の1日」に入ったからかもしれないですけど、すこぶる面白いですね。 ツクイ:最近だと、長嶋(茂雄)監督を“いい人”じゃない側面からも描いているところもいいし、張本(勲)さんとか当時の選手たちをモブ扱いせず、隅 [全文を読む]

【プロ野球】東大のエース・宮台康平がドラフト1位!? 神宮を沸かせた最高学府・東大の名選手たちを振り返る

デイリーニュースオンライン / 2017年01月18日17時05分

高校時代は新潟高で3年春に県準優勝を果たした実績を誇り、東大在学時は50試合で8勝27敗、防御率3.52の好成績。アンダースローから繰り出す熱血投球で1983年には日米大学野球の日本代表に選出された文武両道エリートだ。 新治伸治、井手峻、小林至、遠藤良平、松家卓弘は東大からプロへと進んだスーパー野球人。いずれも東大時代にはエース級の活躍をしたピッチャーで、 [全文を読む]

東大野球部の補欠、法政野球部のマネージャー…感涙必至の東京六大学野球小説!

ダ・ヴィンチニュース / 2015年12月04日06時30分

東大野球部の補欠ピッチャーを主人公にした「赤門のおちこぼれ」、法政の野球部マネージャーを描いた「若き日の誇り」、明治の就活生が奮闘する「もう俺、前へ!」、立教の女子学生が主人公の「セントポールズ・シンデレラ」、慶應野球部の息子を持つ母親の話「陸の王者は、私の王者」、そして高校時代からスター選手として騒がれた少年が早稲田に進んだ「都の西北で見上げた空は」だ。 [全文を読む]

甲子園のスター選手を獲得しない巨人 人気凋落心配する声も

NEWSポストセブン / 2015年10月31日16時00分

原や江川は大卒ですが、彼らは甲子園を沸かせた実績を持っており、高校時代からファンが知るスターだったのです。甲子園で彼らに興味を持ったファンは、物語の続きを、巨人戦で見ることができた。 近年は、地上波中継がほとんどなくなり、デーゲームも全国中継ではスポンサーがつかず、関東地区のローカル放送になってしまうなど、巨人の人気は伸び悩んでいる。本来なら今こそ、甲子園 [全文を読む]

視力は右が0.7、左が0.4でも裸眼…ヤクルト・山田哲人の常識外れな身体能力

週プレNEWS / 2015年10月05日06時00分

「身長180cm、体重76kgと今も細身ですが、スイングスピードは高校時代すでに150キロを超えていた(ちなみに、2013年の春季キャンプで計測されたバレンティンのスイングスピードは151キロ)。早出特打ちは当たり前で、同僚選手も驚く練習量をこなし、皆が『あいつはモノが違う』と認めています。 ただ、努力もしますが、それ以上に天才的な部分がある。スコアラー [全文を読む]

「江川と西本の人間関係は険悪ではなかった」定岡正二が証言

NEWSポストセブン / 2015年05月05日07時00分

“怪物”と呼ばれ高校時代から注目を浴び続け、ドラフト外でプロ入りし“雑草”と言われた対照的な二人は、1980年代の読売巨人軍を支えエースの座を争った。1981年の開幕投手は前年14勝の西本がつとめ、その年、西本は18勝、江川は20勝をあげている。その年の「沢村賞」は下馬評では江川が有力視されていたが、表彰されたのは西本だった。これを契機に江川は西本をライバ [全文を読む]

江川卓と西本聖 意地張り合い300球超も投げ捕手が強制終了

NEWSポストセブン / 2015年05月03日07時00分

高校時代から“怪物”と呼ばれ、注目を浴び続けてきた江川卓。一方、ドラフト外でプロに入団して“雑草”といわれた西本聖。対照的な2人は同時代に、同じチームでしのぎを削った。 西本は1956年生まれ。愛媛・松山商のエースを務めるも甲子園には出場できず、1975年の卒業後、ドラフト外で巨人に入団。同期には甲子園のアイドル投手・定岡正二がいたこともあり、存在は目立た [全文を読む]

プロ野球「ドラフト会議」50年 “あの大騒動”を一挙プレイバック!(2)いまでも記憶に残る“空白の一日”

アサ芸プラス / 2014年10月29日09時57分

巨人・内海哲也(32)=00年・オリックス1位拒否=は東京ガスを経由して巨人入りを目指したが、 「高校時代にバッテリーを組んだ李景一を巨人が『人質』として8位指名し、内海の気が変わらないように、李に『3年後、一緒にバッテリーを組もう』と言わせています」(スポーツ紙デスク) 巨人・長野久義(29)もまた、06年・日本ハム、08年・ロッテと2度の指名拒否のあと [全文を読む]

野球太郎がチョイス、懐かしの各年代“上司と盛り上がる甲子園ネタ”はコレだ!

週プレNEWS / 2014年08月13日06時00分

愛工大名電でプレーしていた高校時代は大きな注目を浴びていなかったイチロー(現ヤンキース)は、甲子園には2年夏と3年春に出場しているが、結果を残すことはできなかった。 ほかにも、中村紀洋(DeNA)、武田勝(日本ハム)、鳥谷敬(阪神)、廣瀬純(広島)など、いずれも甲子園は初戦で敗退してしまったため印象が薄い「実は出てました」系の名選手は意外と多い。 ほとん [全文を読む]

江川卓在籍時の作新監督 2年連続甲子園出場逃し更迭された

NEWSポストセブン / 2014年07月21日16時00分

高校時代の江川は「1年でも2年でも記録を作った後に負けている。記録は作らないほうがいい」と敗戦の弁を語っていた。 ※週刊ポスト2014年7月25日・8月1日号 [全文を読む]

楽天田中将大と嶋基宏「黄金コンビ」苦闘7年物語(8)成長する田中が見いだした新境地

アサ芸プラス / 2013年10月29日09時59分

「エースというのは優勝のために投げる」と高校時代から教わってきた田中にとって、「負けないのがエース」という言葉は胸に刺さるものがあった。 負けないためのピッチングとは何か。かつて語った江川卓の言葉が、田中の気持ちを代弁しているに違いない。 「相手が0点で抑えれば0点、8点取ってくれたら、7点まで許しても勝てる。何が何でも三振を取りにいって0点に抑えればい [全文を読む]

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