朝鮮 豊臣秀吉に関するニュース

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓近世史は面白い! 」朝鮮出兵後の国交回復(前編)

Wow!Korea / 2016年07月26日22時53分

1592年4月、豊臣秀吉の命令によって始まった朝鮮出兵は、1598年8月に当の秀吉が死んで終わった。朝鮮半島は荒廃し、数万にのぼる人たちが日本に連れ去られた。朝鮮王朝の恨みは骨髄に達していた。困り果てたのが対馬藩だ。朝鮮王朝との貿易を再開できなければ、島が餓死者であふれるおそれがあった。■徳川幕府の正統性たとえ相手が日本を憎悪していても、対馬藩は懲りずに使 [全文を読む]

自分を忍者の子孫と主張する「朝鮮忍者」復活!平成の侍に倒してほしいとの声

しらべぇ / 2016年02月27日07時30分

(画像はYoutubeのスクリーンショット)「豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に送り込んだ刺客が朝鮮半島に移り住んで朝鮮忍者になった」や「天皇陛下の祖先は韓国人」...などの主張を繰り返し、多くの人たちから叩かれて活動休止していた『朝鮮忍者』グレッグ・パク氏がYoutubeで復活し、一部で話題になっている。3カ月前に復活した動画を見ると...・私はタダで朝鮮忍者の極 [全文を読む]

惟政と徳川家康の会談が舞台に!演劇「二人の英雄」2月19日に韓国で開演

スポーツソウルメディアジャパン / 2016年01月26日15時52分

タイトルは、「二人の英雄:泗溟大師と徳川家康」朝鮮時代の高僧である惟政と江戸幕府の初代征夷大将軍。400年前、二人の英雄の対面は、以後約260年の間に、韓国と日本両国および東洋平和の輝かしい礎石を築いた。19世紀後半、日本が明治維新による大日本帝国の軍国主義への道に入る前までは…今年劇作家登壇50年目を迎えたノ・ギョンシク氏(77)がこのような歴史を創作歴 [全文を読む]

<Wコラム>朝鮮王朝おもしろ人物列伝~不滅の将軍・李舜臣

Wow!Korea / 2016年05月11日22時25分

朝鮮王朝の歴史の中で一番の英雄は誰かと聞けば、李舜臣(イ・スンシン)の名前が多くあがるだろう。そのように、今でも韓国で尊敬を集める李舜臣とは…。■天才的な戦略家李舜臣は1545年に名門の家に生まれた。文官の家系なのだが、彼は小さいころから戦の真似事をして喜ぶような子供だった。李舜臣は、27歳のときに武科(武官を選抜する試験)を受けたが、落馬してしまい不合格 [全文を読む]

大河『軍師官兵衛』 秀吉の「朝鮮出兵」はどう描かれるのか

NEWSポストセブン / 2014年02月02日16時00分

キレ者として知られた官兵衛だったが、彼の生涯を描くうえで欠かせないのが秀吉による2度の朝鮮出兵だ。 反日感情がエスカレートし史上最悪とまでいわれる日韓関係の現状を考えれば、NHKが描く朝鮮出兵に対して、韓国が鋭く反応することは間違いない。当時、実際に秀吉が戦ったのは、明軍を中心とする『明・朝鮮連合軍』。史実に沿って、朝鮮が明の属国だったことや、対秀吉の主力 [全文を読む]

韓国の反日映像作品「野蛮な日本人の姿」拡散ツールに

NEWSポストセブン / 2016年03月02日07時00分

* * * 歴史物では、豊臣秀吉の朝鮮出兵を題材とした作品も根強い人気を誇る。昨年2月から8月まで放送されたKBSドラマ『懲毖録(チンビロウ)』では、文禄・慶長の役をテーマに日本軍の“狂気”と“蛮行”があらゆる場面で描かれた。 たとえば豊臣政権の武将、宇喜多秀家率いる軍が落とした漢陽(現・ソウル)では、「1593年9月24日、漢陽に駐屯していた日本軍は朝 [全文を読む]

<Wコラム>朝鮮王朝おもしろ人物列伝(15代王・光海君)~暴君の汚名を着せられた隠れた名君

Wow!Korea / 2016年06月15日17時42分

朝鮮王朝27人の王の中で暴君と称される10代王・燕山君(ヨンサングン)と、15代王・光海君(クァンヘグン)。しかし、近年では光海君の業績を見直そうとする動きがある。果たして、光海君は暴君なのか。それとも名君なのか。歴史を紐解いてみる。■混迷する後継者争い朝鮮王朝13代王・明宗(ミョンジョン)には跡継ぎがいなかったため、自身の跡継ぎを11代王・中宗(チュンジ [全文を読む]

韓国人はいま「日米と中国の間でどちらにつくか?」で悩み中

NEWSポストセブン / 2015年04月16日16時00分

16世紀末、日本の豊臣秀吉軍による朝鮮半島侵攻である「文禄・慶長の役」(1592~1598)を背景にしたドラマが大人気なのだ。昨年は秀吉派遣の日本水軍を撃破する海戦シーンがウリの映画『鳴梁(ミョンリャン)』が観客動員で史上最大の1700万人突破で大ヒットしたが、今年は同じ時代を背景にしたKBSテレビの連続大河ドラマ『懲ビ録(チンビロク)』が話題になっている [全文を読む]

中韓が共同で反日ドラマ制作契約 一方北朝鮮は親日ドラマOA

NEWSポストセブン / 2014年07月15日07時00分

中国と韓国が「反安倍同盟」を組んだのに対し、北朝鮮は安倍晋三・首相に巧みに接近して対抗しようとしている。それが北朝鮮の巧妙な罠であることに安倍首相は気づいていない。 遠交近攻は各国の国民への扇動合戦にあからさまに現われている。7月3日の習近平・中国国家主席の韓国訪問を機に、中韓は反日工作を一層エスカレートさせた。 韓国の国民が〈釣魚島(尖閣諸島)は中国の土 [全文を読む]

日中韓の大学生に「豊臣秀吉はどんな人?」と聞いてみた=認識の大きな違いに韓国ネット「面白い」「慰安婦についても聞いて」

Record China / 2017年03月01日12時50分

提示された事項は「豊臣秀吉」「尹奉吉(ユン・ボンギル)」「広開土太王(こうかいどたいおう)」「朝鮮戦争」など多岐にわたる。 「豊臣秀吉」に関する東大の学生の重要度評価は星五つ。概要では「日本の英雄」であり、「日本を統一後、朝鮮に出撃した将軍」「(文禄・慶長の役で)李舜臣(イ・スンシン)の亀形の鉄甲船により退却した」「文禄・慶長の役で殺害した人々の鼻や耳を持 [全文を読む]

<Wコラム>日本と違う韓国のビックリ~歴史から学ぶ教訓

Wow!Korea / 2016年04月25日10時23分

■日本に渡った朝鮮王朝の使節李舜臣といえば、朝鮮出兵である。彼は救国の英雄として朝鮮半島の歴史に燦然と輝いている。しかし、李舜臣を讃えるだけでは歴史から教訓を得られない。私がいつも思い出すエピソードは韓国にとって苦いものなのだ。それは、1590年の出来事である。天下統一を果たそうとしていた豊臣秀吉は、大陸に侵攻する意思を明確に持っていた。日本での不穏な動き [全文を読む]

意外と知られていない秀吉の唐入り 和平の鍵は「国書偽造」

しらべぇ / 2016年07月07日05時30分

学校では「朝鮮出兵」という教わり方をするが、これは正確ではない。そもそも秀吉は明朝や台湾、フィリピンもターゲットにしていたし、当時の日本人もこの遠征を「唐入り」と呼んでいる。秀吉から見れば朝鮮半島は目標ではなく、通過点に過ぎなかったのだ。この唐入りは2つの期間に分別することができる。前半は文禄の役、後半は慶長の役だ。日本の中学校では「文禄の役では当初日本軍 [全文を読む]

真田丸『第26話』裏解説。朝鮮出兵の裏で起きていた奥羽の反乱

まぐまぐニュース! / 2016年07月03日13時00分

関白職を秀次に譲った秀吉が、朝鮮出兵を開始(文禄の役)するので、ドラマの主要な舞台は大坂城と肥前名護屋城となった。こう見てくると、全国統一は完成し日本国内は平和が保たれていたように思ってしまうが、実際にはそう簡単ではなかった。特に奥羽(東北地方)には、さまざまな火種がくすぶっていたのだ。 そもそも、天正18年に秀吉が北条氏を滅ぼした時点で、奥羽は大名間戦争 [全文を読む]

謝らない韓国人、トンデモ洗脳教育「韓国は世界から称賛」「日本が諸悪の根源」

Business Journal / 2015年06月19日06時00分

豊臣秀吉は、朝鮮出兵によって大量の朝鮮人(韓国人)を虐殺し、さらに優秀な陶工を拉致して日本に連行したといわれています。伊藤博文は韓国統監府の初代統監です。韓国においては、日帝による支配は最大の屈辱期間とされており、そのトップは最も忌むべき人物なのです。したがって、その伊藤博文を暗殺した安重根は最大の英雄となっています。そして福沢諭吉は、「併韓論」を唱え韓国 [全文を読む]

「韓国反日映画」 韓国国内で異例ヒットもそのトンデモ中身とは?

アサ芸プラス / 2014年09月19日09時52分

豊臣秀吉は1592年に文禄の役、1597年には慶長の役という朝鮮出兵を開始した。李舜臣は朝鮮水軍を率いて、秀吉水軍と海上戦を戦った将軍だ。 映画のストーリーは、その中でも伝説となった「鳴梁海戦」である。李将軍は潮流の激しい鳴梁海域に秀吉水軍を誘い込み、一撃を加えたのだ。船の数については諸説があるものの、330隻という圧倒的戦力で攻め込む秀吉水軍に対する朝 [全文を読む]

辛坊治郎の大予言「北朝鮮は中国の直轄領となる!」

FLASH / 2012年02月14日08時48分

彼がおもむろに綴る大予言、ずばりそれは「北朝鮮は中国の直轄領になる!」という衝撃内容だった。 辛坊氏によると、60年に一度の今年の干支「壬辰」には、必ず朝鮮半島に何か大きなことが起こってきたという。1952年には朝鮮戦争が終結に向かい、朝鮮戦争の物資供給拠点となった日本が高度経済成長へ。1592年には豊臣秀吉が朝鮮半島に攻め入り連戦連勝。日本の士気は大いに [全文を読む]

後陽成天皇、朝鮮出兵を巡る豊臣秀吉との確執は死後も続いた

NEWSポストセブン / 2017年02月22日16時00分

朝鮮出兵を巡る確執から対峙し続けた後陽成天皇と豊臣秀吉について、歴史家の八柏龍紀氏が解説する。 * * * 「天下布武」を掲げ、大名・寺社勢力を武力で従えた信長の死後、権力を握った豊臣秀吉は信長とは打って変わり、自らの権力を正当化する論理を朝廷に求めた。 秀吉は朝廷に取り入って関白の地位を手にすると、京都に“黄金の城”と称される豪華絢爛な平城・聚楽第を築き [全文を読む]

<Wコラム>常に変化を迫られる国、あなたは本当に「韓国」を知っている?

Wow!Korea / 2016年10月11日17時51分

朝鮮王朝をとってみましても豊臣秀吉の侵略(一五九二年、一五九七年の文禄・慶長の役)で朝鮮全土が焼土化しましたし、清の二度にわたる侵略(一六二七年、一六三六年)がありました。家業や技術を伸ばすよりも、外国の軍隊から身を守ることのほうが先でした。庶民の生活には大きく影響のないことですが、三度にわたる王の廃位がありました(六、十、十五代王)。日本でいえば、江戸時 [全文を読む]

<Wコラム>朝鮮王朝おもしろ人物列伝(16代王・仁祖編)~最大の屈辱を受けた王・仁祖

Wow!Korea / 2016年07月04日17時05分

朝鮮王朝最大の屈辱」を味わったと言われる仁祖の生涯に迫る。光海君派の横暴朝鮮王朝14代王・宣祖(ソンジョ)は、側室から13人の息子を儲けるが、最初の正室から息子が誕生することはなかった。「正室の息子を世子(王の後継者)にしたい」という明確な思いがあった宣祖は、ギリギリまで後継者の指名を遅らせていた。しかし、状況は1592年になると状況は一変する。豊臣秀吉 [全文を読む]

韓国、“日本水軍を撃退した”亀甲船の復元模型で雨漏り=韓国ネット「亀甲船にまで防衛産業の不正が…」「李舜臣将軍が空で泣いているよ」

Record China / 2016年06月09日07時30分

2016年6月8日、韓国・聯合ニュースなどによると、韓国の自治体が李氏朝鮮時代に活躍したとされる朝鮮水軍の亀甲船の実物大模型を製作したものの、甲板を覆う屋根などから雨漏りが発生し問題となっている。 韓国南岸の港町・麗水市は、1592年の壬辰倭乱(文禄・慶弔の役)で活躍した亀甲船を復元するとして、2009年から26億ウォン(約2億4000万円)を投じ製作作業 [全文を読む]

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