テレビ 渥美清に関するニュース

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

ソーシャルトレンドニュース / 2017年03月10日20時00分

日本テレビ系の『世界の果てまでイッテQ!』がすごい。 番組開始10周年となった先の2月の視聴率は、5日が22.5%(関東平均/以下同)、12日が22.2%、19日が20.8%、26日が19.9%と超高値安定。月の平均視聴率21.7%は番組歴代最高という。10年目を迎えて金属疲労どころか、ますます快調である。 思えば、昨年10月に民放他局が軒並み日曜日のゴー [全文を読む]

満島ひかり、ヌードシーンでの大胆な姿に期待! 黒柳徹子役で見せる芸達者ぶりが話題

メンズサイゾー / 2016年05月18日10時00分

テレビ放送が始まった昭和28(1953)年にNHK専属テレビ女優第1号となった満島扮する黒柳徹子が、テレビとともに歩み続けてきた芸能生活が描かれている。 「NHKが本気を出して60年前のテレビを作ってみた!」という力強いキャッチコピーを象徴するように、満島以外のキャストも豪華。浅草でコメディアンとして活躍した後にテレビ界に進出した渥美清を歌舞伎役者の中村獅 [全文を読む]

<芸人とは何か>今のテレビに「芸」のある人はいないのか?

メディアゴン / 2016年10月31日07時30分

しかしそれ以外の、たとえば座談(トーク)、素人から笑いを引き出す、などのテレビやラジオメディアが生まれてから出来た技術は芸と呼べないのか。筆者はこれらも芸だと考える。なぜ、こんなしちめんどくさいことを考えたかというと荒木一郎(昭和19年生)の562頁に渡るロングインタビュー「まわり舞台の上で」(文遊社)を読んだからだ。荒木一郎さんは異能の人である。筆者(昭 [全文を読む]

<「コメディとコント」の違いって何だ?>コントは稽古の痕跡を見せずにアドリブでやっているように見えるのが最上

メディアゴン / 2015年09月07日07時10分

コメディは昔からあるが、コントはテレビができてから誕生した。筆者には、どこで笑って良いか分からないが、シェークスピアにも喜劇(「ヴェニスの商人:1596〜1597」「空騒ぎ:1598〜1599」「お気に召すまま:1599年」など)があるように、コメディは昔からあった。日本の狂言もコメディだろう。日本の大衆芸能におけるコメディは榎本健一が嚆矢である。浅草で旗 [全文を読む]

レアな映像満載!『NHK×日テレ 60番勝負』で見せたテレビの底力

日刊サイゾー / 2013年02月06日13時00分

テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。 日本で初めてテレビ放送が始まったのは1953年2月1日、NHKによるものだった。しかし、最初に放送免許の予備免許を国から受けたのはNHKではなく、アメリカの技術を取り入れ「コマーシャル収入による商業放送」を掲げた読売新聞社・正力松 [全文を読む]

隠しぼめする寅次郎。渥美清さんに学ぶ、人の心を動かすほめ方のコツ

まぐまぐニュース! / 2016年06月08日06時00分

テレビドラマで初めて渥美清さんを演出することになりました。 山田洋次さんは、渥美清さんという喜劇役者としての才能を高く評価していました。しかし渥美さんのほうは山田さんをあまりよくは思っていないという噂も、山田さんの耳には入っていました。 経験や境遇が違い過ぎるのです。渥美さんは小さな劇場の幕間にやる余興のコント役者として芸を磨いてきた熟練者です。かたや、山 [全文を読む]

<NHK「これがホントのニッポン芸能史」>「今、落語を勉強している」と語るビートたけしのコント観・芸能観

メディアゴン / 2015年07月15日07時10分

番組の主旨であるテレビのコントを語る時に欠かせないのは、今回の番組でも取り上げられた「浅草」である。古くはやはり榎本健一(エノケン)と、台本作家・菊谷栄の劇団カジノ・フォーリーである。エノケンさんの時代は著作権などの意識がほとんどなかった頃であり、アメリカのコメディ映画を舞台だけ日本に変えた翻案ものが盛んに上演された。名作との伝説が伝わる菊谷栄脚本の「最後 [全文を読む]

吉永小百合 TV初のロングインタビュー 自らの半生と今後の夢を語る

PR TIMES / 2013年07月12日13時57分

「映画・夢千代・原爆詩」夢一途に前へ 8月4日(日)19:30~ 放送 ドラマ・エンターテインメントチャンネル「チャンネル銀河」は、テレビ初となる吉永小百合さんのロングインタビューを放送します。番組では、高倉健、渥美清、石原裕次郎、渡哲也、ら共演者や、山田洋次、市川崑などの巨匠たちとのエピソードにはじまり、ドラマや映画の撮影秘話、さらに原爆をテーマにした詩 [全文を読む]

40年の歴史に終止符…女優たちが彩った「土曜ワイド劇場」傑作選!(1)樋口可南子が挑んだ幻の名作

アサ芸プラス / 2017年03月11日09時57分

70年代から「土ワイ」の愛称で親しまれたテレビ朝日の看板枠・土曜ワイド劇場がこの3月、40年の歴史に幕を下ろす。忘れえぬ女優たちの名場面をここに、総力リサーチする。 1978年1月14日にオンエアされた「幽霊列車」こそが、土曜ワイド劇場の流れを変えたと濡れ場研究の第一人者・松井修氏は言う。主演は76年のNHK朝ドラ「雲のじゅうたん」のヒロインも務めた、浅茅 [全文を読む]

「トットてれび」獅童が見た“誰も知らない渥美清”

Smartザテレビジョン / 2016年06月10日05時00分

満島ひかりが黒柳徹子に扮(ふん)し、テレビ草創期の人々の姿を描く「トットてれび」(NHK総合)が人気を博している。物語の後半では、各話で徹子と親しかった人を一人ずつ取り上げているが、6月11日(土)の放送では徹子と渥美清とのエピソードが描かれる。その渥美を演じているのは中村獅童だ。獅童は、渥美と直接話したことはない。しかし、一度、歌舞伎座で目撃した渥美の姿 [全文を読む]

満島ひかり「再現ドラマにしたくない」と口説かれ徹子役受諾

NEWSポストセブン / 2016年05月28日07時00分

50年前のテレビがそのまま現代によみがえったかのような錯覚に陥る。団塊世代はもちろん、当時を知らない30代、40代をも釘付けにしているのが『トットてれび』(NHK)だ。 「岸本加世子さん(55才)演じる沢村貞子さんがなつかしくて…。黒柳さんとの母娘のような関係が垣間見えて当時にタイムスリップしたような気持ちになりました」(66才・主婦) 「こんなドラマ見 [全文を読む]

合計245才 黒柳徹子が泣いた永六輔と大橋巨泉の3ショット

NEWSポストセブン / 2016年02月16日16時00分

いつもと変わらない平日の正午だけれど、今週の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)は放送40周年で、毎日ゲストが2人いる――。 「こちらラジオの巨人・永六輔さん(82才)。そしてこちら、テレビの巨人・大橋巨泉さん(81才)です」 そんな黒柳徹子(82才)の紹介で始まった2月4日の放送は、年齢の合計245才、同級生3人によるテレビ史に残る伝説的鼎談となった。 永は2 [全文を読む]

満島ひかり&黒柳徹子が“Wタマネギ頭”で会見!

Smartザテレビジョン / 2016年04月22日14時35分

同作は、黒柳のエッセーを原作に、NHK専属テレビ女優第1号となり、テレビと共に歩む徹子(満島)と、テレビ草創期に彼女が出会った人々の姿を描くドラマ。渥美清役を中村獅童、向田邦子役をミムラ、森繁久彌役を吉田鋼太郎など、劇中には今は亡きスターや名脚本家たちが続々と登場する。 会見では、満島が黒柳とおそろいのタマネギ頭で登場。黒柳の代名詞とも言える髪形に挑戦し [全文を読む]

<テレビに求められる「発掘する力」>ショーンKの経歴詐称に「ひっかかる方」の問題

メディアゴン / 2016年03月25日07時30分

逆に言えば、しゃべる内容が勝負の世界と思いきや、テレビ業界のコメンテーターはこんな学歴偏重の世界ということだ。でも、待てよ1回や2回しゃべるのなら分かるが、何年もテレビやラジオに出続けたのだから、しゃべる内容もたぶん合格なのだろうという気もしてくる。その辺がよくわからない。あるいはしゃべる内容は不合格だったが経歴がすばらしいから使い続けたのだろうか。今回の [全文を読む]

満島ひかり、黒柳徹子役に決定!100歳の黒柳も登場

Smartザテレビジョン / 2016年02月26日18時42分

テレビ放送が始まった昭和28年にNHK専属テレビ女優第1号になって以来、テレビとともに歩みを続ける黒柳の姿を全7話で送る「トットてれび」。テレビ草創期から「ザ・ベストテン」時代までに出会った、時代の大物たちとの交流や友情を描く。 黒柳を満島、渥美清を中村獅童、向田邦子をミムラ、森繁久彌を吉田鋼太郎が演じる他、濱田岳、安田成美、大森南朋、武田鉄矢、吉田栄作 [全文を読む]

滝口悠生インタビュー「高卒フリーターから文学の道へ」#1

文春オンライン / 2017年08月18日17時00分

毎日のようにテレビで試合を見ていました。少年野球団にも入ってプレーもしていましたが、すぐに辞めてしまいました。拘束されるのが嫌で(笑)。当時は反発しているつもりはなかったのですが、後から考えると、縛られることに対してはけっこう反抗していました。いまも変わらないかもしれません。 ――高校を卒業後は進学せず、アルバイト生活をされていたのも、その表れだったのでし [全文を読む]

黒柳徹子の語る、昭和のテレビのとっておき秘話 #2

文春オンライン / 2017年07月02日07時00分

黒柳徹子さんが語る昭和のテレビの話。当時の共演者とのエピソードから今後の目標まで、とっておきのお話を伺った。 (出典:文藝春秋2016年1月号) アクシデントだらけの昭和のテレビ――セリフを憶えない三木のり平さん 当時のテレビはすべて生放送ですからアクシデントは毎日何かしら起こりました。「夢であいましょう」のようなバラエティーはまだしも、ドラマもそうですか [全文を読む]

黒柳徹子が語る、昭和のテレビのとっておき秘話 #1

文春オンライン / 2017年07月01日07時00分

黒柳徹子さんが語る昭和のテレビの話。若き日の現場から共演者とのエピソード、紅白司会の話など、とっておきのお話を伺った。 (出典:文藝春秋2016年1月号) 女優になったきっかけは“人形劇” 二〇一五年は戦後七十年という節目の年でした。私のように長年、放送の仕事に携わってきた者にとって、実はもう一つの節目でもありました。NHKが日本でラジオ放送を始めて九十年 [全文を読む]

平野レミ ユニークレシピの名前は夫のアイディアがきっかけ

NEWSポストセブン / 2017年05月28日07時00分

撮影日、テレビの生放送の時とまったく変わらず、レミさんは超スピードでどんどん料理を作っていく。「ブロッコリーってさ、いつも小房に切られてかわいそう。だから敬意を込めて丸ごと使ったの。料理は冒険。味も見た目もワクワクしないと!」 撮影中、ブロッコリーは伝説同様転倒したが、おかまいなし! まさに“冒険”のような料理が始まった。「“食べればコロッケ”は、唱ちゃん [全文を読む]

初期のテレビは●●だからおもしろかった!永六輔が気付いたテレビの極意とは【昭和のテレビ王たちの証言1】

サライ.jp / 2017年05月03日19時00分

文/酒寄美智子昭和28年にNHKがテレビ本放送を開始してから60余年。テレビというメディアが発展した背景には、その時々で時代を拓いたテレビ人たちがいました。かつて雑誌『テレビサライ』では、平成14年の1年間で11人の名だたる先達にインタビュー。それらをまとめた書籍がこのほど『昭和のテレビ王』(小学館文庫)として文庫化されました。60数年で大きな影響力を持つ [全文を読む]

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