ドラフト 江川卓に関するニュース

なぜ由伸監督はクジを引かなかった? 華がない巨人・阪神のドラフト戦略

週プレNEWS / 2016年10月24日08時00分

「大学BIG3」「高校BIG4」と、投手に人材が揃ったと言われた今年のドラフト会議。 フタを開けてみれば、田中正義(創価大)に5球団が1位入札と人気が集中し、もうひとりの主役と評された佐々木千隼(ちはや・桜美林大)にはなんと入札なし、外れ1位で史上最多の5球団が競合するという予想外の展開。 そんな間隙を縫って「高校BIG4」をまんまと一本釣りする球団もあり [全文を読む]

【プロ野球】七夕に思い出す因縁対決…江川卓vs.掛布雅之

デイリーニュースオンライン / 2016年07月05日17時05分

前年ドラフトでの「空白の1日」と阪神の強硬指名、小林繁も交えた因縁トレードもあって、阪神戦における江川の登板は、とにかく注目度が高かった。 7月7日、後楽園での巨人対阪神は、江川にとって2度目の阪神戦。初戦では掛布が欠場していたため、この日が初対決となった。 「巨人の新エース」と「阪神の若き主砲」という構図に加えて、2人は同じ1955年生まれ。誕生日も16 [全文を読む]

栄光の巨人軍、騒動&スキャンダルに見る”V逸の歴史”

デイリーニュースオンライン / 2016年03月23日08時04分

■優勝を逃した「江川問題&KKドラフト」 まず、年輩の人なら誰もが知る1979年の江川騒動だ。 野球協約の盲点を突き、「空白の1日」を利用して江川卓と契約を結んだ巨人は、翌日のドラフトをボイコット。世間の非難を一斉に浴びた。騒動を収めるべく下ったコミッショナー裁定は、ドラフトで江川の交渉権を獲得した阪神と小林繁との「トレード」という決着。騒動の主・江川は [全文を読む]

30本塁打でも引退!? 好成績の年にプロ野球界を去った男たち

デイリーニュースオンライン / 2015年11月19日15時00分

また、江川ドラフト騒動で渦中の人になった阪神・小林繁も1983年の引退年は、35試合で13勝14敗/防御率3.18の好成績を残している。小林も前年に「15勝できなかったら引退」と宣言しており、こちらは30歳。運命がもつれ合った2人は、奇しくも同じような燃え尽き方だった。 ≪番外編≫タフィ・ローズ(オリックス/引退時41歳) 【2009年】84試合/打率. [全文を読む]

プロ野球「ドラフト会議」50年 “あの大騒動”を一挙プレイバック!(2)いまでも記憶に残る“空白の一日”

アサ芸プラス / 2014年10月29日09時57分

作新学院から大学進学を希望していた江川氏に対し、73年のドラフトで阪急が1位で強行指名したところから、コトは始まった。江川氏は入団を拒否して、予定どおり法政大学に進学。やがて77年のドラフトを迎えた。 この時のドラフトはまず指名順位をくじで決め、1番から順に指名していく変則ウェーバー方式。1番クラウン、2番に巨人‥‥と決まったところで1時間の休憩に入った。 [全文を読む]

「指名拒否は大成せず」も今は昔 菅野は内海、長野に続くか

NEWSポストセブン / 2012年10月30日07時00分

10月25日に行なわれたプロ野球ドラフト会議で、巨人は昨年に引き続き、東海大学の菅野智之投手を1位指名。ドラフト前、DeNAや楽天の指名も噂されたが、巨人の単独指名となった。 伯父にあたる原辰徳監督は、会議終了後すぐに東海大学を訪れ、菅野と対面。過去に小林繁や上原浩二(現・レンジャーズ)などが身にまとった「背番号19」のユニフォームを渡し、入団会見さながら [全文を読む]

死んでも「アイツ」に勝ちたかった③ 西本聖 「エース」の座を争った江川卓との9年間(1)

アサ芸プラス / 2012年06月22日11時00分

新協約の効力が発動されるドラフト日の前日、11月21日に、いわゆる「空白の1日」を利用して、巨人は江川卓(57)と入団契約を結んだのである。 しかし、当時の金子鋭コミッショナー、鈴木竜二セ・リーグ会長はこれを却下。この裁定を不服とし、巨人は同年ドラフト会議をボイコットしたが、阪神が江川を指名。翌79年1月31日、異例の裁定で「小林繁との交換トレード」が成立 [全文を読む]

もし江川卓が高卒で阪急に入団した場合のプロ通算成績を算出

NEWSポストセブン / 2014年01月23日07時00分

1973年秋、作新学院のエース・江川卓は、ドラフトで阪急から1位指名を受けた。しかし拒否して大学に進学。米国留学を経て、有名な「空白の1日」で巨人に入団した。 「怪物」といわれた時点から、すでに5年の月日が経っていたわけだが、あの時、素直に阪急に入団していれば、どんな活躍ができただろうか。 根拠とする数字がないため、「球が一番速かったのは高2の秋」という [全文を読む]

ドラフト4回拒否した中日選手 5回目で入団し新人王を獲得

NEWSポストセブン / 2013年11月05日16時00分

24日にドラフト会議が開催され、多くの新人たちがプロ野球界の門を叩くことになる。これまでも多くのドラマを生んできたドラフトにおいて、大変珍しい記録を持つ元・中日の藤沢公也について、スポーツライターの永谷脩氏が綴る。 * * * 日本プロ野球でドラフト制度が誕生したのは1965年。それから約半世紀の間、仕組みは何度も変更されてきた。かつては球団ごとの指名の人 [全文を読む]

巨人・菅野 江川・元木の「浪人してなければ…」払拭したか

NEWSポストセブン / 2013年05月31日16時00分

思い返せば、2年前のドラフトでは、巨人と日本ハムが競合し、抽選で日本ハムが交渉権を獲得した。だが菅野は、伯父・原辰徳監督のいる巨人でプレーをしたいという想いから、浪人の道を選んだ。東海大学に就職留年という形で残った菅野は、対外試合に出られないまま1年間を過ごした。22歳という伸び盛りの時期に、本気で向かってくる打者と対戦できないという大きなハンデを背負っ [全文を読む]

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