家康 真田丸に関するニュース

真田丸『第45話』解説。敵に余計な一手間をかけさせる築城のセオリー

まぐまぐニュース! / 2016年11月13日22時00分

その秘密を知りたい方はこちら… ◇12 月 23 日(金) トークイベント「信繁と幸村の2016 年をふり返る」 第 1 部「今こそ語りたい第2次上田合戦と大坂の陣」…西股総生 第 2 部「サブカルで楽しむ歴史とドラマ」…西股総生・みかめゆきよみ・磯部深雪 日時 :12月23日(金) 14:00~15:00/15:30~17:00 場所 : 新宿クラブツー [全文を読む]

真田丸『最終回』解説。死して400年後も視聴者を翻弄した真田の生き様

まぐまぐニュース! / 2016年12月18日22時00分

家康の和議に乗って大坂城の外周部を破却したのちに再戦に及んだ時点で、豊臣方の戦略は破綻したからだ。戦略の失敗を戦術で取り戻すことはできないのが、戦いのセオリーというものである。 そこから先は、不可測性と流動性が支配する世界で、ただひたすら死闘あるのみ。無論、一発逆転の可能性もゼロではなかったが、大穴を狙ってバクチを打つようなものだ。 なので、最後に『真田丸 [全文を読む]

真田丸『第48話』解説。馬上筒は考証的にはアウトだけど許せるワケ

まぐまぐニュース! / 2016年12月04日22時00分

#真田丸 pic.twitter.com/h0SMUVwSUW — 678 (@678mpth) 2016年12月4日 家康が秀忠には任せられん!て言うのは、これからも将軍として全国統治を続ける秀忠ちゃんに余計な責任を負わせたくなかった親心があったと信じてるよ…戦国の負の遺産でもある豊臣討伐、上方で豊臣を討つことは民衆の反発を買うことでもあり、その汚名を着 [全文を読む]

真田丸『第46話』解説。淀殿は本当に豊臣家滅亡の戦犯だったのか?

まぐまぐニュース! / 2016年11月20日22時00分

大坂城が家康の大砲によって大破し、侍女たちが死傷したのを見て戦意を失ったという通説は、果たして本当なのでしょうか? 今回のワンポイント解説(11月20日) 大坂城が一向に攻略できないことに業を煮やした家康は、イギリス人から仕入れた高性能の大砲を撃ち込み、これに恐怖した淀殿が和睦を決意した、ということになっている。通説では。でも、 僕はこの通説そのものに、ち [全文を読む]

真田丸『第25話』裏解説。当時の江戸が「湿地の不毛地帯」は嘘?

まぐまぐニュース! / 2016年06月26日13時00分

今回は家康の江戸入部について。家康が江戸に居城するようになってから江戸が大発展し、今日の東京があるのは言うまでもありませんが、家康が来る前の江戸はどんな所だったのでしょうか?「ひなびた漁村で荒れ果てていた」という説もありますが、メルマガの著者・西股総生さんは、江戸は以前から関東で最大級の経済都市であり、この説はかなり「盛られている」と反論しています。 今回 [全文を読む]

真田丸『第31話』裏解説。秀吉を死の直前まで苦しめた、ある悩み

まぐまぐニュース! / 2016年08月07日22時00分

そして、秀吉の勢力拡大に危機感を抱いて対立した信雄を、屈服させた(信雄は家康と結んで 小牧・長久手の役を起こした)。こうして、生き残るために目の前の危機を次々と乗り越えていった秀吉は、天下人への階段を登っていった。つまり、いつの間にか織田家の権力を、すっかり簒奪していたわけだ。 ゆえに、死期が近いのを感じた秀吉には、自分の死後に起きる事が予想できた。自分 [全文を読む]

真田丸『第39話』解説。「幕府」という言葉に隠された驚きの事実

まぐまぐニュース! / 2016年10月02日22時00分

今回のワンポイント解説(10月2日) 「慶長8年(1603)、徳川家康は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開いた…」とは、ナレーションなどでよく使われるフレーズだ。でも、このフレーズ、実はちょっと不自然。 そもそも「幕府」とは、軍陣における将軍のテントのこと。日本では近衛府のことを「幕府」と呼び、 右近衛大将だった源頼朝が征夷大将軍に任じられたことから、 [全文を読む]

真田丸『第38話』裏解説。昌幸の遺言「徳川の倒し方」は現実離れ?

まぐまぐニュース! / 2016年09月25日22時00分

また、仮に豊臣恩顧の西国大名が決起して大坂を目指したとしても、家康と姻戚関係にある池田氏が姫路城で頑張ったりすれば、戦況は膠着する。 つまり、昌幸プランが図に当たるかどうか、鍵を握るのは彦根・伊賀上野・姫路といった諸城の攻略戦、というわけだ。逆に考えれば、こうした事態を想定して、徳川方では名古屋城をはじめとした堅城群を築き、力量のある(ないしは信頼できる) [全文を読む]

真田丸ロスまであと2話。幸村と共に闘った「五人衆」のその後は?

まぐまぐニュース! / 2016年12月07日04時30分

また家康を討ち取ったとの説も講談などで語られていて、堺の南宗寺には家康の墓まであります。 「徳川に味方する」と偽り大阪城に駆けつけた二人の牢人 毛利勝永(もうり・かつなが 1578年-1615年) 『真田丸』HP情報! ★インタビュー★五人衆の中で、最も冷静で底知れなさを感じさせる毛利勝永。演じる岡本健一さんに、役柄を語っていただきました!https:// [全文を読む]

真田丸『第20話』解説。秀吉の最後の敵、北条氏はこの時何を企んでた?

まぐまぐニュース! / 2016年05月22日13時00分

しかし、条件交渉で行き詰まったらしく、今度は家康(氏直の舅)が仲介を買って出た。これにより天正 16 年の8月、家康と旧交のあった氏規(氏政の弟)が上洛して秀吉に謁見し、北条家はいったん秀吉政権に服属する姿勢を見せることになった。 この結果、北条家と秀吉政権との交渉の焦点として浮上したのが、沼田領の帰属問題である。沼田領問題の当事者である徳川家康・上杉景勝 [全文を読む]

真田丸『第43話』裏解説。「籠城」作戦は本当に愚策といえるのか?

まぐまぐニュース! / 2016年10月30日22時00分

幸村プランは、たしかに成功すれば、家康の首をあげて一発逆転を狙うことができる。ただし、失敗すれば、大坂城は丸裸の状態で、敵の攻撃にさらされかねない。上田合戦を体験してきた幸村は、戦争はつねに不可測性と流動性に満ちていて、ギャンブルの要素を持っていることを、体感してきた。ゆえに、勝機をえるためにはリスクを取る必要があることも、わかっていた。後藤又兵衛や毛利 [全文を読む]

真田丸『第26話』裏解説。朝鮮出兵の裏で起きていた奥羽の反乱

まぐまぐニュース! / 2016年07月03日13時00分

これは、前回の家康の場合と同じといえる。 こんなふうに見てくると、秀吉による全国統一って、力ずくで上からねじ伏せるようなものだったことがよくわかる。でも、武士というのは、そもそもが戦士階級だから、武家政権は軍事政権に他ならない。だとしたら、武家政権による平和が、上からの力ずくの平和になるのは理の当然といえる。武力によって達成される平和は、決してハッピーなも [全文を読む]

真田丸『第40話』裏解説。大坂と江戸に権力が並ぶ「二重公儀体制」

まぐまぐニュース! / 2016年10月09日22時00分

豊臣家と徳川家、日本にふたつの政権が併存したという「二重公儀体制」については疑問を唱える声もあるようですが、著者の西股総生さんは、秀吉が信長から力を引き継いでいく過程を全て見ていた賢い家康が「秀吉よりも上手くやろう」として築いた体制だったのではないかとの見方を示しています。 今回のワンポイント解説(10月9日) 二重公儀体制。関ヶ原合戦から大坂の陣にいたる [全文を読む]

『真田丸』第6話をマニアック解説。氏政は息子に社長を譲った会長?

まぐまぐニュース! / 2016年02月14日13時00分

雅〜! 文・絵/TEAM ナワバリング(西股総生・みかめゆきよみ) ナワバリスト(城郭研究家)の西股総生率いる、お城(主に山の城)と縄張りを愛する3人組 ▼Facebook ▼twitter ▼blog 人生竪堀 TEAM ナワバリングの不活発日誌 ★TEAM ナワバリング書籍情報 『図解 戦国の城がよくわかる本』 西股総生 ベストセラーズより 2016 [全文を読む]

【真田丸】家康の「長寿」を巡る諸大名の野望と影響

しらべぇ / 2016年10月16日10時00分

※画像はNHK公式サイトのスクリーンショット徳川家康という人物は、当時としてはかなりの長命だった。長生きすることは、戦国の世においても「いいこと」。当時は抗生物質などないから、病気にかかったらそれを治す手段があまりない。したがって、抵抗力の低い子供などは「病気になったら死ぬ」のが前提だった。それを乗り越え成人したとしても、病気の危険は変わらない。さらに、戦 [全文を読む]

真田丸『第34話』裏解説。なぜ上杉景勝は家康に反旗を翻したのか?

まぐまぐニュース! / 2016年08月28日22時00分

今回は「徳川家康が上杉討伐を決意するに至った原因」について。その原因のひとつとされているのが、直江兼続が西笑承兌に送った「直江状」と呼ばれる書簡ですが、著者の西股総生さんは、上杉景勝が突如として建て始めた「神指城」の存在も大きかったと言います。それは一体どういうことなのか、さっそく見て行きましょう。 今回のワンポイント解説(8月28日) 徳川家康が上杉討伐 [全文を読む]

『真田丸』第7話をマニアック解説。清洲会議は重役会議ではなかった?

まぐまぐニュース! / 2016年02月21日13時00分

これに危機感を覚えた信雄が、家康と結んだために起こるのが小牧長久手の役、というわけだ。(西股総生) 《今週のワンポイントイラスト》 「上野国よりも茶器が欲しかった」と嘆いたと言われている滝川一益。「だから茶器がよかったん じゃー!」は『ふぅ〜ん、真田丸』でも使わせていただきました。そして甲斐の一番いい土地を得た 織田家家臣・河尻秀隆は一揆に攻められあえなく [全文を読む]

『真田丸』第4話をマニアック解説。幸村の父は元・足軽大将だった!

まぐまぐニュース! / 2016年01月31日13時00分

劇中では、家康が喜兵衛を侍大将と呼んでいるが、実際の昌幸は足軽大将だったようだ。武田家の足軽大将がどのようなポジションだったのかを知りたい方は、拙著『東国武将たちの戦国史』第6章「山本菅助の虚実」を読んでね!「また宣伝かよ!」って言われそうだけど、昌幸がかつて山本菅助(勘助)と同じ足軽大将の立場で信玄に仕えていたことがわかれば、昌幸のキャラにもグッと深み [全文を読む]

真田丸『第29話』裏解説。昌幸が木幡山に「出丸」を築こうとしたワケ

まぐまぐニュース! / 2016年07月24日22時00分

密かにほくそえみ納得する家康。真田兄弟は日常レベルでは相変わらず仲良しなのに政治絡みでは進む道がはっきり別れ始めている。築城でやる気を取り戻した昌幸だが地震で暗雲。ああ今日もまたおもしろおかしいのにツライこと! #真田丸 — しゃのん (@shnskyae) 2016年7月24日 高齢化社会になった今、秀吉の後期を大河で度々扱うのは感慨深いです、NHK特集 [全文を読む]

『真田丸』で注目の本多忠勝 ファンを惹きつける魅力

NEWSポストセブン / 2016年02月28日16時00分

大阪・堺を遊歴中に「本能寺の変」を聞かされた徳川家康は、難所「伊賀越え」を終え、居城である浜松城に戻り側室の阿茶局と休養していた。そこへ鎧をまとった本多忠勝が、主君である家康の眼前に恐縮する素振りもなくドッカと座り込む。重みでほこりが舞い散り、阿茶局が思わずせき込む。 疲労困憊している家康とは対照的に「一晩で回復しました」とケロリとしていた忠勝がその場で [全文を読む]

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