尾張 織田信長に関するニュース

真田丸『第38話』裏解説。昌幸の遺言「徳川の倒し方」は現実離れ?

まぐまぐニュース! / 2016年09月25日22時00分

著者の西股総生さんは、昌幸の考える「尾張侵攻作戦」がすでに無理があると指摘。ただし、徳川が簒奪者であるとのイメージを上手く広めることができれば、作戦の公算はかなり変わってくるとの見方を示しています。 今回のワンポイント解説(9月25日) 豊臣と徳川が戦争になったら、まず兵を出して尾張を押さえ、徳川軍の主力が進撃してきたら近江まで退き、宇治・瀬田の橋を落とし [全文を読む]

武家:本家長男より一族長者/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2016年06月06日04時00分

家格順序で言えば、次は尾張家徳川継友(24歳)。しかし、小さな館林藩なら、その少ない藩士を幕府の旗本御家人にも取り込めるが、巨大な尾張家の大量の藩士たちが江戸に乗り込み、尾張を直轄領とするとなると、混乱は必至。それで、家康十男の末裔の紀州家四男ながら当主(藩主)となっていた吉宗(32歳)が、紀州藩を従兄に譲って存続させ、家継の末期養子(死没直前に縁組した [全文を読む]

【日本人が知らないニッポン】長篠古戦場で鉄砲演舞に興奮!

GOTRIP! / 2016年11月07日04時00分

三河、尾張、信州の3文化が混在しているのです。 そしてそのような土地は、戦略的な重要地点でもあります。戦国時代、ここは諸大名の闘争の場として激しく燃え上がりました。 奥三河ウォッチングは、戦国期の歴史を語る上で欠かせません。 ・大勢力衝突の場 織田信長、徳川家康、武田信玄。この3人の大名を知らない日本人はいないでしょう。 彼らに共通する点は、「赤味噌文化圏 [全文を読む]

マーベラス×DMM GAMESが送る本格アイドル育成ゲーム『天歌統一ぷろじぇくと』 人気イラストレーター立羽氏が描く織田信長&羽柴秀吉が動くキャラ紹介動画が公開!

PR TIMES / 2017年01月11日17時50分

第1弾は尾張織田家の武将「織田信長」と「羽柴秀吉」が登場します。新人軍師着任の前夜・・・愛獲(あいどる)としての魅力を確認する二人のコミカルなやり取りにご注目ください!織田信長役「武石あゆ実」さん、羽柴秀吉役「優希知冴」さんの歌う織田家のオリジナル愛獲ソング「未知なる路へ!」(作詞:雨野智晴/山根敬洋、作曲・編曲:蓑部雄崇)も必聴です!![画像3: htt [全文を読む]

織田信長は伊藤博文の鉄道に轢き殺された/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2015年12月13日08時15分

もっとも、尾張の大ウツケ、と呼ばれた信長が生まれ育ったのは、名古屋城。と言っても、当時は、いまの二の丸庭園のあたりに屋敷があって、周囲には村と寺や神社がちょぼちょぼあるだけ。あとは雑木林だ。尾張国の在京守護大名は斯波家。その守護代が尾張国府清洲城の織田家。信長は、その分家筋にすぎない。しかし、1548年、14歳で、美濃国岐阜城の戦国大名、斉藤道三の娘と政 [全文を読む]

織田信長、「本能寺の変」までの紆余曲折 困難を極めた尾張統一秘話

Business Journal / 2015年10月23日06時00分

甲斐一国から信濃のほぼ全域を手中に収めた武田信玄、尾張藩の守護代のそのまた有力家臣という出自から、全国統一に邁進した織田信長などが、それだ。●信長が示す、一国統一の難しさ 信長の軌跡を見ると、一国の統一がどれほど困難だったのかがよくわかる。 信長は、当主になると父譲りの野心で急速に存在感を示すようになる。彼の軌跡を簡単に示すと、清洲織田家の打倒(尾張下四郡 [全文を読む]

マーベラス×DMMGAMESが送る本格アイドル育成ゲーム『天歌統一ぷろじぇくと』 人気イラストレーター立羽氏が描く織田信長&羽柴秀吉が動くキャラ紹介動画が公開!

デイリーニュースオンライン / 2017年01月11日17時00分

第1弾は尾張織田家の武将「織田信長」と「羽柴秀吉」が登場します。新人軍師着任の前夜・・・愛獲(あいどる)としての魅力を確認する二人のコミカルなやり取りにご注目ください!織田信長役「武石あゆ実」さん、羽柴秀吉役「優希知冴」さんの歌う織田家のオリジナル愛獲ソング「未知なる路へ!」(作詞:雨野智晴/山根敬洋、作曲・編曲:蓑部雄崇)も必聴です!! ■動画登場キャラ [全文を読む]

安部龍太郎が書きたかった「徳川家康」という男

プレジデントオンライン / 2017年01月02日11時15分

尾張の津島や熱田の港を拠点にした流通型の大名だった。そして、そこから上がる富を背景に勢力を拡大していった。その力を知る彼は“経済の覇者”たらんとして天下布武をめざし、それは完成目前だった。だが、彼は本能寺に斃れ、代わって豊臣秀吉が事業を受け継ぎ中央集権体制を敷く。 しかし、彼が晩年に決断した朝鮮出兵は大失敗に終わり、やがて秀吉が死ぬと、日本には再び乱世の兆 [全文を読む]

織田信長はやっぱり最強?「勝てる自信がある」と答えた人は

しらべぇ / 2016年09月04日05時30分

尾張兵5人は甲州兵1人と同等」とまで言われていたほど。だが、結果として尾張兵は甲州兵を駆逐した。信長は、戦闘力の低さをカバーしてあり余る「逆転の才能」を持っていたのだ。こうして見ると、やはり信長は「魔王」と呼ぶにふさわしい妖怪である。・合わせて読みたい→「魔王の帝王学」は格差を生む? 信長と家康、理想の父親は(取材・文/しらべぇ編集部・澤田真一)【調査概 [全文を読む]

舞台「戦国無双」~四国遠征の章~

PR TIMES / 2016年05月12日17時51分

尾張から急速に勢力を伸ばし「天下布武」を掲げ天下の統一を果たさんとする織田信長の身に起こった、明智光秀の謀反“本能寺の変”。信長亡きあと天下統一の夢を継ぐは羽柴秀吉。秀吉の側近である石田三成は、秀吉の「皆が笑って暮らせる世」を創るという夢を実現せんと、己の知恵と力で戦に挑んでいく。織田信長に最後まで抵抗し、三成達を苦しめた毛利元就、小早川隆景両雄。数多の豪 [全文を読む]

明智光秀の子孫が新解明する「間違いだらけの織田信長」

アサ芸プラス / 2015年08月13日17時55分

当時の尾張は織田一族同士で戦い合う状況でいつ暗殺されてもおかしくない。信秀はいちばん優れた息子の信長にうつけを演じさせたのです」 この視点でこれまでの信長の定説を捉え直すと、新事実が見えてくるという。 4万5000とも言われる大軍を率いた今川義元をわずか10分の1の兵力で破った「桶狭間の戦い」。信長が義元の本陣を奇襲し、偶然と幸運が重なって勝てたとするのが [全文を読む]

織田信長は論理的思考と解析に優れた“システマイザー脳”

NEWSポストセブン / 2012年05月30日07時02分

織田信長は、幼少期から青年期にかけて奇妙な行動が多く、周囲から「尾張の大うつけ(愚か者)」と称されていたといいます。 ただ、彼について残された逸話やデータをみると、“大うつけ”ではあっても、整理整頓を好み、身の回りは常に整理され清潔だったとあります。 比叡山の焼き討ちに象徴されるように、神や仏、霊魂の不死などの非論理的な考え方や慣習を軽蔑し、排除して行動 [全文を読む]

『恋愛HOTEL~秘密のルームサービス』×「天下統一恋の乱 Love Ballad」コラボレーションキャンペーンを本日5月30日より開始!

PR TIMES / 2017年05月30日17時05分

殿たちが欲しがったのは――?[画像3: https://prtimes.jp/i/5167/916/resize/d5167-916-696117-2.jpg ]●『恋愛HOTEL』コラボストーリー:「歓迎!尾張の国御一行様」『恋愛HOTEL』の世界に、「恋乱LB」の織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、前田利家が登場!初めての「ほてる」に興味津々の殿たちを、誠心 [全文を読む]

【日本人が知らないニッポン】井伊直虎と地震の「意外な関係」

GOTRIP! / 2017年02月15日19時30分

駿府の太守だった今川義元は、尾張侵攻の際には井伊氏の軍団を連れています。直虎の父親・井伊直盛は大河ドラマでは杉本哲太さんが演じていますが、この直盛は桶狭間の戦いで今川軍の先鋒に立たされ、戦死しています。 街道沿いの小領主というのは、こうした危険性と常に隣り合わせです。ですがそれと引き換えに、戦乱を乗り切った時は政権から優遇されるという利点もあります。 ・ [全文を読む]

人生二度目の落城でお市が自害を選んだ理由

NHKテキストビュー / 2017年01月25日08時00分

勝家とは26歳差と親子ほど年が離れていました(自害時の勝家は62歳、お市は37歳とされる)が、お市は尾張時代から勝家のことを知っていたはずです。また勝家はそれまで妻帯しておらず、正室といえるのはお市だけです。勝家もお市のことをずっと慕っていたのかもしれません。また3つめとして、お市は小谷城を落とした秀吉のことが嫌いだったという説もあります。死をもって秀吉の [全文を読む]

「おんな城主直虎」とまったく同時代の海外ドラマをNHKで放映中

しらべぇ / 2017年01月22日10時00分

代わりに尾張の小領主に過ぎなかった織田信長が勢力を伸ばすのだった。そんな中、それまで次郎法師という名で出家していた直虎はいよいよその名を戴き、井伊家当主になる。1565年(永禄8年)の話だ。一方、フランソワと死別していたメアリーはイングランド王位継承権を持つダーンリー卿ヘンリーと再婚し、スコットランド女王としての地位をより強固なものにしていく。■両作品の共 [全文を読む]

NHK大河「おんな城主」が男だけじゃないギョーテン新説!(1)「真田幸村」という名はない

アサ芸プラス / 2017年01月22日09時54分

織田信長が尾張の小大名から天下人に駆け上がるきっかけが、今川義元を討ち取った「桶狭間の戦い」だ。兵数で圧倒的に劣る小勢の織田軍が、今川軍に奇襲をかけたことが勝因であると知られているが、これにもギョーテン新説があった。「おんな城主 直虎」の時代考証を担当する、戦国史研究家の大石泰史氏が明かす。「織田家家臣の太田牛一が残した『信長公記』では、今川軍がいたのは [全文を読む]

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デイリーニュースオンライン / 2016年12月15日16時00分

●SSR[天魔王の誘惑]【織田信長】(CV: 武石あゆ実)● 大胆な発想と爆発的な行動力、そして小悪魔的な可愛さが魅力の尾張の大名。生まれや身分を気にせずに、誰とでも気安く接するので、民や若者たちからの人気は非常に高い。 ●SSR[大喝采]【北条氏康】(CV:藤森ゆき奈)● 物腰の柔らかい、才色兼備な大和撫子。家臣や領民たちを家族のように扱い、治める北条 [全文を読む]

井沢元彦氏 信長、秀吉、清正…「名古屋人が日本を作った」

NEWSポストセブン / 2016年08月14日07時00分

例えば熊本の人が『清正公(せいしょうこう)』と呼んで敬愛する加藤清正は名古屋出身だし、高知の山内一豊も尾張出身だ。福岡を発展させた黒田官兵衛は秀吉の軍師ですし、金沢の文化だって2人に仕えた前田利家が生んだもの。みんなこの事実を知らずに批判している。ルーツを辿れば名古屋人が“日本を作った”と言っても過言ではない」 井沢氏は、「ケチだ」と評されることにも反論 [全文を読む]

『真田丸』第7話をマニアック解説。清洲会議は重役会議ではなかった?

まぐまぐニュース! / 2016年02月21日13時00分

だから、この場合の「家督」とは、 現実には織田家領である尾張・美濃の支配権のこと。だとしたら、信忠の嫡男である三法師に家督を継がせるというのは全くの正論であって、反対の余地はない。実際には信雄と信孝のどちらに 家督を継がせるかという話ではなく、三法師の後見体制をどうするかがメインの議題だったはずだ。 ちなみに、清洲会議のあと秀吉は、表向きは信雄を立てて行動 [全文を読む]

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