徳川家康 小早川秀秋に関するニュース

徳川家康没後四〇〇年記念特別展『大 関ヶ原展』(京都文化博物館)スペシャルサポーターの杏さんが来場!!

@Press / 2015年07月15日16時00分

現在、京都文化博物館にて開催中の徳川家康没後四〇〇年記念特別展『大 関ヶ原展』に、7月12日(日)、本展のスペシャルサポーターでもある杏さんが来場しました。 歴史好きでも知られる杏さんですが、今回特に楽しみにしていたものが、武将たちが実際に身に着けていたものや書状など生きていた時代、空気そのままを感じられることだったそうです。 「実際に色々なものを目にして [全文を読む]

<司馬遼太郎を超えた!?>関ヶ原合戦「敗軍の将・石田三成」が兵を語る話題の歴史小説が面白い

メディアゴン / 2015年03月09日02時55分

しかし、社長に忠実でエリートコースを歩む人物にありがちな、現場の空気が読めない官僚タイプだったので、極寒の朝鮮出兵で苦労した福島正則ら部長クラスの豊臣家臣七人衆から、女より怖いとされる男の嫉妬から、「秀吉社長へのゴマスリだけで出世しやがって!」と、営業畑の筆頭副社長・徳川家康の派閥への寝返りを許してしまう。佐和山城の蟄居を経て、秀吉の死後、幼き若社長・秀頼 [全文を読む]

<テレビドラマとはフィクションである>大河ドラマ「軍師官兵衛」の史観もエンタテインメントとしてのひとつの見方

メディアゴン / 2014年12月28日02時43分

また、三成の西軍から徳川家康の東軍に寝返った小早川秀秋は当時18才。「司馬史観」の影響からか、常に優柔不断な小心者として描かれます。「関ヶ原」では、西軍の烽(のろし)を合図に陣取る松尾山から攻め下るという、合戦前夜の三成との取り決めを反古にし、勝ち戦を見定める様子見をしていたところ、戦略に長けた徳川家康が秀秋の本陣に撃ち込んだ砲弾に怯えて寝返ったという、主 [全文を読む]

「関ヶ原」岡田准一&有村架純らの扮装姿初解禁! 迫力の合戦シーンも

Smartザテレビジョン / 2017年03月13日08時00分

大河ドラマ「軍師官兵衛」(2014年、NHK総合ほか)、映画「蜩ノ記」(2014年)以来の本格時代劇出演となる岡田准一、これまで数々の歴史上の人物を演じてきたが徳川家康役は初挑戦となる役所広司、本格時代劇初、さらには殺陣などのアクションにも初挑戦の有村架純と、まさに現代の日本映画界をにぎわす豪華キャストが大集結。 日本映画史上初めて描かれる「関ヶ原の戦い [全文を読む]

徳川家の末裔も愛用? あの「天下分け目の戦い」をポップによみがえらせた「関ヶ原Tシャツ」を着て天下を取るでござる

PR TIMES / 2016年08月30日11時53分

この戦いで争った二派は、徳川家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし石田三成を中心とする西軍。今回は、その東軍と西軍の各武将をTシャツ上でアイコン化いたしました。[画像1: http://prtimes.jp/i/17413/8/resize/d17413-8-321275-1.jpg ]白と黒のシンプルな配色にもかかわらず、ジャパニーズモダンな表現 [全文を読む]

【真田丸】関ヶ原は「毛利劇場」西軍総大将・毛利輝元の誤算

しらべぇ / 2016年08月14日05時30分

だが、東軍と西軍それぞれの総大将を正確に言える人はどれだけいるだろうか?東軍の総大将は徳川家康で、西軍は石田三成。そう思っている人は少なくない。だが、それは間違いだ。石田三成はあくまでも前線指揮官に過ぎず、西軍の総大将は当時大坂城にいた毛利輝元である。戦国時代を考察する上で、この人物は欠かせない。織田信長や豊臣秀吉のような派手さはないが、「中国地方の太守」 [全文を読む]

【真田丸】「関ヶ原のキーマン」小早川秀秋は肝疾患だった?新説に注目

しらべぇ / 2016年07月17日05時30分

関ヶ原で勝利を収めた徳川家康は、その後征夷大将軍になり江戸幕府を開いた。だがもしも家康が敗退していたら、そのような後日史もなかったのだ。そして家康に勝利をもたらしたのは、小早川秀秋という武将。今日放送されるNHK大河ドラマ『真田丸』では、浅利陽介(28)が演じ、前回は豊臣家から小早川家に養子に出される場面が描かれた。この人物が西軍から東軍に寝返ったことで、 [全文を読む]

【好評につき第二弾!】石田三成「辞世の句」ふんどし、関ヶ原に向けての出陣日7月17日(日)より37枚限定発売!

PR TIMES / 2016年07月12日13時22分

[画像1: http://prtimes.jp/i/18835/3/resize/d18835-3-873498-4.jpg ][画像2: http://prtimes.jp/i/18835/3/resize/d18835-3-252642-5.jpg ]豊臣政権を守るため、徳川家康と関ヶ原で対峙した忠義の将 石田三成豊臣秀吉の死後、遺言に反し勢力を急拡大 [全文を読む]

真の敵は酒中にあり!? 戦国武将と酒をめぐる喫驚エピソード4つ

サライ.jp / 2017年06月11日17時00分

西軍につくか東軍につくか、ギリギリまで悩み、結局は徳川家康の脅しに屈する形で東軍に加勢した。だがこれについて、最近では「肝疾患のせいで決断が遅れた」という新説が浮上している。秀秋は関ヶ原の戦後、若くして命を落としているが、これは幼い頃からの飲酒による肝硬変ではないかという見方は以前からあった。それに加味する形で、関ヶ原当時からすでに体調が芳しくなく、肝性脳 [全文を読む]

岡田准一、役所広司らが“一世一代の戦”へ向けてまなざしギラリ

ザテレビジョン / 2017年06月06日10時00分

8月26日(土)に全国ロードショーとなる岡田准一主演映画「関ヶ原」より、鉄砲隊や騎馬隊が入り乱れる戦火の中、「『愛』と『野望』、激突!」のコピーとともに、これから始まる一世一代の戦を前に、甲冑を身にまとい真剣なまなざしを浮かべる岡田演じる石田三成と、役所広司演じる徳川家康を中心とする世紀の合戦「関ヶ原」へと挑んだ者たちが一堂に会した、本ビジュアルが公式サイ [全文を読む]

徳川家康 老獪な策士イメージだが「験担ぎ大好き」だった

NEWSポストセブン / 2017年04月02日16時00分

徳川家康」は信長、秀吉に次いで天下を統一し、その後260年余続く江戸幕府の礎を築いた。織田家や今川家の人質となりながら戦国の世を生き抜き、天下人へと成り上がった。敵対する勢力に謀略や政治闘争を仕掛ける策士としてのイメージが強いが、前衆議院議員の村上政俊氏が「素顔」について指摘する。 * * * 私の専門は国際政治であり、代議士として議会にも身を置いていた [全文を読む]

天下分け“爪”の戦い? 戦国の新商品「関ヶ原Tシャツ」に感化された女性がネイルアートで武将を再現!

PR TIMES / 2016年09月30日13時57分

この戦いで争った二派は、徳川家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし石田三成を中心とする西軍。今回は、その東軍と西軍の各武将をTシャツ上でアイコン化しています。[画像1: http://prtimes.jp/i/17413/9/resize/d17413-9-712599-0.jpg ]そのアイコンをネイルアートに取り込んだのが、Instagramネ [全文を読む]

推し武将は東軍?西軍? 勝負時に着たい関ヶ原Tシャツ

&GP / 2016年09月01日21時10分

争った二派は、徳川家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし石田三成を中心とする西軍だ。 モノトーンでシンプルながら、見る人が見ればわかるでしょ?と言わんばかりの力強さのあるデザイン。描かれているのは、東軍8名(本多忠勝、福島正則、井伊直政、 細川忠興、小早川秀秋、徳川家康、黒田長政、藤堂高虎)、西軍8名(島左近、石田三成、大谷吉継、立花宗茂、安国寺恵 [全文を読む]

関ヶ原の戦い、有名なあのシーンはデタラメだった?徳川家康の通説のウソ

Business Journal / 2015年08月14日06時00分

戦国の乱世を終幕に導き、天下泰平の時代を築いた徳川家康は1616年に病没した。 ということは、来年の2016年は没後400年に当たるわけだが、「徳川家康公顕彰四百年記念事業」は、今年すでに開始されている。これは、仏教の世界では没後12年目に13回忌が行われるように、今年が家康の400回忌に当たるからだ。 8月7日からは、福岡県の福岡市博物館で「徳川家康没後 [全文を読む]

豊臣家滅亡の瞬間、北政所は何を思っていたか

NHKテキストビュー / 2017年02月01日08時00分

徳川家康にしても同じです。このため否が応でも、生臭い政治の世界と関わらざるを得なかった。ただし、関ヶ原の戦い直前、甥の小早川秀秋(こばやかわ・ひであき)に東軍へ寝返るよう説得した、というエピソードがありますが、北政所が自主的にそうした説得や助言をするとは思えません。 [全文を読む]

NHK大河「おんな城主」が男だけじゃないギョーテン新説!(2)家康vs三成の暗殺勝負!

アサ芸プラス / 2017年01月22日17時54分

西軍を裏切る、と約束していたにもかかわらず、戦が始まってもその動きを見せない小早川秀秋に対して、東軍の総大将・徳川家康が小早川軍の陣に向かって鉄砲を撃ち、決断を迫ったというものである。この「問鉄砲」が本当はなかったという説があるのだ。「関ヶ原に関する一次史料(同時代に記された史料)には『問鉄砲』の記述はありません。『問鉄砲』を命じた家康の判断が勝利をもたら [全文を読む]

岡田准一主演「関ヶ原」に東出昌大ら豪華キャスト出陣!

Smartザテレビジョン / 2017年01月18日12時00分

対する東軍では、徳川家康を支え、“井伊の赤鬼”の異名を持つ猛将・井伊直政に、映画・舞台などでは欠かせない演技を見せる北村が、初芽と同じく「伊賀の忍び」として家康に仕え、次第に側近となっていく蛇白には、数々の作品で記憶に残る演技ぶりをみせつける伊藤が。 そして、“三成憎し”の思いから家康を支持する武断派の武将福島正則を演じるのは、TEAM NACSのメンバ [全文を読む]

【日本人が知らないニッポン】関ケ原古戦場で戦国武将達が残した「夢のかけら」を味わう

GOTRIP! / 2016年11月22日02時00分

上杉、真田も協力して徳川家康の手足を少しずつもぎ取っていく。 そうして家康の野望を潰そうという狙いで多くの武将達が様々な活動をしていました。 ・三成の「夢のかけら」 石田三成が陣を置いた笹尾山からは、戦場全体の様子が見て取れます。 石田三成から見て、徳川本陣はまさに「目と鼻の先」。 そして東方に位置する南宮山には、西軍に属した毛利と吉川の大軍がいます。 も [全文を読む]

関ヶ原古戦場・笹尾山で「石田三成のすごさ」を再発見

しらべぇ / 2016年11月15日10時00分

■家康を窮地に追い込むそんな三成が、徳川家康を討つために兵を挙げた。関ヶ原の決戦の際、三成が陣取ったのは笹尾山である。実際に関ヶ原へ行って分かるのは、「三成は家康を見下ろしていた」という事実。しらべぇ取材班は、笹尾山に足を運んだ。ここからはまさに戦場全体を見渡すことができる。家康本陣がどう動いているのかということも、笹尾山にいれば一目瞭然だ。もし小早川秀秋 [全文を読む]

“関ケ原の戦い”がチャンバラで現代によみがえる!

Walkerplus / 2016年10月17日15時14分

実際の関ケ原の戦いで活躍した七人の武将である徳川家康、石田三成、大谷吉継、黒田長政、福島正則、小早川秀秋、島津義弘にスポットを当て、それぞれの軍に分かれて対戦する形式となる。 対戦方法は、相手を全滅させた軍の勝利となるチーム戦と総大将を討ち取った軍の勝利となる大将戦、全員が敵の個人戦となる。 先着200名が参加できる大決戦。痛さとは無縁の、血がたぎる戦いに [全文を読む]

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