生涯 夏目漱石に関するニュース

【芸術の秋】恋愛力が高まる文豪のラブレターとは【10月3日~7日】

ANGIE / 2016年10月03日17時00分

まわりの人たちに離婚をすすめられても、すべては病気のせいと、なにがあっても別れることなく生涯をともにしたふたり。「お目にかからないうちは死なない」と記した鏡子夫人は、漱石が49歳という若さで亡くなるまで愛しつづけました。 ラブレターという言葉自体、目にすることはすくなくなりましたが、大好きな人に書くラブレターには、うそ偽りのない自分があふれていますね。 芸 [全文を読む]

「世の中の習慣なんて、どうせ人間のこさえたもの」(高村智恵子)【漱石と明治人のことば119】

サライ.jp / 2017年04月29日06時00分

それにしばられて一生涯自分の心を偽って暮らすのはつまらないことですわ」 --高村智恵子 高村智恵子は、明治・大正期に登場したいわゆる「新しい女」のひとりであった。上のような台詞をさらりと言ってのけ、こうつづけた。 「わたしの一生はわたしがきめればいいんですもの、たった一度きりしかない生涯ですもの」 ことばにしてみれば当たり前のようだが、実践するのはなかなか [全文を読む]

「生涯に愉快なことは砂にまじった金のように僅かしかない」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば84】

サライ.jp / 2017年03月25日06時00分

【今日のことば】 「生涯に愉快なことは沙の中にまじる金の如く僅かしかなきなり」 --夏目漱石 本年度アカデミー賞最多6部門を受賞した映画『ラ・ラ・ランド』のラストシーンは、切なくほろ苦い。 けっして悲劇ではない。ヒロインとヒーローは自身の思い描いた夢をつかみとっているはずなのに、ひとつの決定的な欠落がある。 それでも、最後の最後、ふたりが交わした頬笑みに [全文を読む]

「僕は無学だから何でも知っている」(松下幸之助)【漱石と明治人のことば129】

サライ.jp / 2017年05月09日06時00分

生まれた者に祝杯を、死者にもまた祝杯を、といわなければなりません」 このことばは、人間の生涯だけでなく、会社組織のありようにも当てはまるものなのかもしれない。 文/矢島裕紀彦 1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の [全文を読む]

「死んでから、お前と別々になるのは不便だからな」(大原總一郎)【漱石と明治人のことば153】

サライ.jp / 2017年06月02日06時00分

そんな大物の生涯は、さして長くはなかった。 昭和43年(1968)、58歳での病没。亡くなる10日前、大原總一郎は入院先の病室でカトリックの洗礼を受けた。カトリックの信者である夫人の勧めによるもので、その際に呟くように言ったのが掲出の台詞であったという。 告別式は、愛した倉敷の大原美術館の中庭でとりおこなわれた。 文/矢島裕紀彦 1957年東京生まれ。ノ [全文を読む]

「オカアチャン、オクチ、スズメサンミタイ」(金子みすゞ)【漱石と明治人のことば127】

サライ.jp / 2017年05月07日06時00分

今夜の月のように私の心も静かです」 26年という短すぎる生涯であった。 文/矢島裕紀彦 1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝 [全文を読む]

「末はのたれ死になってもいいんだ」(室生犀星)【漱石と明治人のことば104】

サライ.jp / 2017年04月14日06時00分

「悪文」とも評された自己流の文体で、生涯、書き徹(とお)した。 明治22年(1889)金沢の生まれ。父親は旧加賀藩の足軽組頭。母親はその屋敷で働いていたお手伝いさんと伝わる。望まれぬ子として生後まもなく里子に出され、暗鬱な暮らしをなめた。 はじめ、自費出版した『愛の詩集』『抒情小曲集』で詩人として注目を集める。「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しく [全文を読む]

「朝の来ない夜はない」(吉川英治)【漱石と明治人のことば95】

サライ.jp / 2017年04月05日06時00分

生涯一書生」や「吾以外皆吾師(われいがい、みな、わがし)」といった謙虚なことばを座右の銘とし、色紙などにもよく書きつけた。掲出のことばも、同じように好んで記したもの。作家の生きた足跡を重ね合わせるとき、自ずと胸の奥に響くものがある。 最後に、吉川英治が嫁いでいく娘(長女の曙美)に贈った詩も紹介しておきたい。 「しあわせ何と人問わば/娘は何と答うらん/珠に [全文を読む]

「人間は貧乏がええ」(秋山好古)【漱石と明治人のことば85】

サライ.jp / 2017年03月26日06時00分

元来が「人生は簡単明瞭でありたい」「男は生涯において一事を成せばいい」ということをモットーとし、物欲、出世欲などの余分なものを排して、日本の騎兵隊を育て上げた人物。「日本騎兵の父」と呼ばれた所以である。 若い頃、旧旗本の佐久間家に下宿していたときも、家財道具と呼べるようなものは一切持たなかった。最低限の煮炊きのための鍋と釜だけがあり、茶碗もひとつしかない [全文を読む]

朝の連続ドラマで話題日本の「暮し」を変えた二人の生涯に迫る

@Press / 2016年04月01日17時15分

詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press [全文を読む]

「手を差し伸べるのは一歩足をこちらに踏み込んだ時に限る」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば98】

サライ.jp / 2017年04月08日06時00分

そうした意味では、生涯を通して教育者だったと言える。その漱石の教育論の一端を示したものが、掲出のことばである。 教える側がいくら力んでみても、教えられる側にそれを受け入れる姿勢が整っていなければ成果は上がらない。また、教えられる側がいくら積極的な気持ちになっていても、教える側に力量がなければ相手を啓発することはできない。 「啐啄同時」(そったくどうじ)とい [全文を読む]

「出来るだけの余命のあらん限りを最善に利用したい」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば79】

サライ.jp / 2017年03月20日06時00分

まる50年には少し欠ける生涯だった。現代の日本人の平均寿命は80歳を超える。 自分自身も含め、ひとりひとりが漱石のこういう心組みを幾分かずつでも受け継いでいけたなら、超高齢化社会に入りつつあるわが国の未来も、案外、明るく開けていくような気がしてくる。 文/矢島裕紀彦 1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を [全文を読む]

「もっとも謹慎すべきは全盛期である」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば74】

サライ.jp / 2017年03月15日06時00分

【今日のことば】 「吾人(ごじん)の生涯中もっとも謹慎すべきは全盛の時代に存す」 --夏目漱石 明治32年(1899)12月11日付で、夏目漱石が高浜虚子あてに書いた手紙の中の一節。言い換えれば、「得意の絶頂でこそ身を慎め」ということだろう。「吾人」は、われわれ、われらの意味。 この頃、高浜虚子は、病床の正岡子規に代わって文芸俳句雑誌『ホトトギス』を運営 [全文を読む]

日露戦争に勝っても「日本は滅びる」と見ていた夏目漱石 外交評論家 加瀬英明

クオリティ埼玉 / 2015年04月15日13時22分

一葉は20世紀が到来する4年前の明治29年に、25歳の短い薄幸な生涯を閉じた。一葉はその前年に、日記にこう記している。 「わが国の有りさま、(略)あわれ外つ国の花やかなるをしたひ、我が国振りのふるきを厭いて、うかれうかるゝ仇ごゝろは、(略)流れゆく水の塵芥をのせてはしるが如く、何処をはとゞまる處をしらず」 外つ国は西洋、仇ごころは実がなく移りやすい心だ。一 [全文を読む]

近代文学の突き抜けた天才、宮沢賢治

NHKテキストビュー / 2017年03月29日17時00分

賢治は37年という短い生涯の中で、詩約八百篇、童話約百篇をはじめとする膨大な数の作品を生み出しました。中でも特に親しまれているのは童話ですが、賢治の童話は決して児童文学の枠に収まるものではありません。児童文学というと、子どもがそこから何か成長のための道徳的な教訓を得たり、または、得られるように読み方が決まっていたりするものですが、賢治の童話はまったく違いま [全文を読む]

【素朴な疑問】手品のときの音楽はどうして『オリーブの首飾り』?

まぐまぐニュース! / 2017年01月27日19時58分

一体の「一」は、「一通り(=全部)」とか「一生(=全生涯)」の「一」と同じで、「一」が「全」を表しています。「一体」も「全体」も同義です。よって、「一体全体」という語は、同義語を2回繰り返してその意味を強めている形になっています。 今では、「一体」や「一体全体」は、疑問や非難の意を強調するときのみに用いますが、本来は、「もともとの意味において」とか「根源 [全文を読む]

司馬遼太郎のサラリーマンへの応援歌

プレジデントオンライン / 2017年01月21日11時15分

それに近い雰囲気を感じさせる老記者は「人間、おのれのペースを悟ることが肝心や」とつぶやき、その姿勢を生涯貫いた。 どうやら、執筆時30歳を超えたばかりの司馬遼太郎氏は、サラリーマンという存在に哀愁と愛情の両方を覚えていたらしい。新聞記者として警察や府庁、大学などを担当しながら、人間を観察するうちに自身の内部に醸成されたのだろう。だから、そこから紡ぎ出された [全文を読む]

肩書きがなくては己れが何なのかもわからんような阿呆共の仲間になることはない。~南方熊楠【科学者の智慧 vol.09】

FUTURUS / 2016年08月19日10時00分

しかし、熊楠は堅苦しい肩書きを嫌い、和歌山に居住して市井の民間学者としての生涯を全うする。 いくら海外で実績を積もうと、日本に帰れば学歴はないし学位もない。にもかかわらず、相変わらず論文はネイチャー誌に掲載されるし、世界的評価は高い。当時の日本の「権威」である学者や大学教授などから見れば、熊楠はこのうえなく目障りな存在だったに違いない。いろいろな嫌がらせ [全文を読む]

「第4回衛星放送協会オリジナル番組アワード」最優秀賞が決定 柳家喬太郎さんも喜びのコメント

PR TIMES / 2014年07月17日18時31分

【「第4回衛星放送協会オリジナル番組アワード」オリジナル番組賞】 ●最優秀賞(部門:番組タイトル/放送チャンネル) ・ドラマ番組部門 :ドラマWスペシャル 人質の朗読会/ WOWOWプライム ・ドキュメンタリー番組部門:ノンフィクションW 八十歳の漂流俳優 ヨシ笈田 三島が託した日本/WOWOWプライム ・中継番組部門:WRC世界ラリー選手権2014 パ [全文を読む]

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