皇室 昭和天皇に関するニュース

昭和の日に考えたい、激動の時代を支えた昭和天皇の「直き心」

まぐまぐニュース! / 2017年04月24日21時00分

「平らけくしろしめせ」(平安に治めなさい)というのが、皇室の先祖である天照大神が命じた所であり、歴代の天皇もそれを守って、「和(やわ)らげ調えてしろしめす」方法をとられてきた。「知(し)ろしめす」とは「天皇が鏡のような無私の心に国民の思いを写し、その安寧を神に祈る」という事である。「もう少しやわらかいやり方を」と言われる昭和天皇の姿勢は、皇室の伝統そのも [全文を読む]

今上天皇は二・二六事件の60年後も国民をまとめようとご尽力

NEWSポストセブン / 2013年01月25日16時00分

さらに齋藤史は平成9年(1997)、皇室最大の文化的行事ともいえる歌会始に招かれ歌を詠む召人に選ばれている。今上天皇は昭和天皇の思いを引き継ぎ、二・二六事件から60年後でも国民をひとつにまとめようと尽力されていたわけだ。 昭和天皇は昭和63年(1988)9月に大量の吐血をされ、病床にあっても、「長雨にたたられた今年の米の作柄はどうなっているのか」と側近に尋 [全文を読む]

天皇家の財産 GHQにより大半が消えバブル時は20億円に増加

NEWSポストセブン / 2017年06月09日11時00分

そんな中、政府や有識者が意見を戦わせてきた「生前退位」をめぐる議論においても、皇室の財産をめぐる議題が浮上したというのだ。それは「相続税」である。これはもうひとつの「皇位継承問題」である。 ここで天皇家の財産の歴史について振り返ってみる。戦前、皇室財政は国家財政と分離しており、全国規模の林業経営などで莫大な収益を上げた。三井、三菱などの大財閥を優に超える資 [全文を読む]

【書評】昭和天皇は昭和20年にどんな「日常生活」を送ったか

NEWSポストセブン / 2016年02月19日16時00分

著書に『明治天皇の一日 皇室システムの伝統と現在』(新潮新書)、『明治宮殿のさんざめき』(文春文庫)、『島津家の戦争』(集英社インターナショナル)。【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター) 空襲警報が鳴り響く中、軍装で行うという異例の四方拝(元日の夜明け前に天皇が執り行う神事)で昭和天皇の昭和20年は開けた。 本書はその1年に焦点を絞り、終戦前後の時局 [全文を読む]

兄に子が生まれた高松宮綴った「重荷のおりた様なうれしさ」

NEWSポストセブン / 2013年05月25日07時00分

皇室を守る一員として天皇の立場を尊重しながらも、その判断に時には批判的になることがあった。 昭和15年(1940年)、宮城前広場(現在の皇居外苑)で催された「紀元二六〇〇年祭」にて高松宮は昭和天皇に捧げる奉祝詞の朗読と万歳三唱を行ない「臣、宣仁」と発言した。一君万民では皇弟でも臣下となる。弟宮自ら「臣」と宣言したことに国民は感銘し、皇弟が担がれることによる [全文を読む]

昭和天皇が靖国神社A級戦犯合祀への怒りを詠んだ未発表の歌が...それでも参拝する安倍内閣は“逆賊の集団“か!?

リテラ / 2015年08月15日19時30分

岩井氏は記者時代、「皇太子ご夫妻訪韓延期」「礼宮さま婚約」「雅子さま懐妊」など、数々のスクープを手がけた一方、皇室への深い造詣と該博な歴史の知識でも知られている元皇室記者だ。とくに昭和天皇の側近中の側近である徳川義寛侍従長(当時)から厚い信頼を受け、徳川の死後、その生前の証言をまとめた聞き書き『侍従長の遺言 昭和天皇との50年』(朝日新聞社/1997年) [全文を読む]

天皇陛下の「生前退位」で女性宮家の議論進むか

NEWSポストセブン / 2016年07月25日07時00分

今回の件に先立ち、皇室の未来に、両陛下は大きな不安も抱えられていた。 「1969年に紀宮さま(黒田清子さん)がお生まれになってから、2001年に愛子さまが誕生されるまで、皇室には連続して9人の女子が誕生しました。皇室典範では、皇族女性は結婚をすると皇籍を離脱すると規定されていますから、皇族の数が減少していく未来は避けられない。両陛下は、このまま減少に歯止め [全文を読む]

日本の皇室の一夫一妻制は昭和天皇がイギリス王室に倣い導入

NEWSポストセブン / 2012年05月24日07時00分

それは女王と陛下の60年に及ぶ“友情の証”といえるでしょうね」(同行した皇室記者) 皇室と英王室の交流はいまから140年ほど前にさかのぼり、1869年(明治2年)ビクトリア女王の次男・エジンバラ公が日本を訪問したのが始まりといわれている。 1902年、日英同盟が結ばれると両国の交流は深まり、日本からは、1911年、東伏見宮依仁さまが英国王・ジョージ5世の戴 [全文を読む]

ビニール傘メーカー 「両陛下のおかげで世間に認められた」

NEWSポストセブン / 2016年10月24日07時00分

上質で伝統的な「皇室御用達」には理由があった。その品々と天皇家にまつわる、一級品の逸話を聞いた。 両陛下がお使いになっているビニール傘を製造しているのは、国内唯一のビニール傘メーカー・ホワイトローズ。6年前に突然、宮内庁からご用命を受けたという。同社社長の須藤宰さんはこう語る。 「神奈川県で行われた植樹祭で、たまたま県が用意していた当社の製品を両陛下がお使 [全文を読む]

神社本庁のトップを代々皇族出身女性が務めている経緯

NEWSポストセブン / 2016年10月20日16時00分

戦後に設立された神社本庁は、当初から現在に至るまで皇室と切っても切れない密接な関係を築いてきた。現在、神社本庁の「総裁」を務める池田厚子さん(85歳)は昭和天皇の第四皇女で、旧名は厚子内親王。1952年に結婚に伴い皇籍を離脱し、1996年に総裁に推戴された。神社本庁憲章に〈総裁は、神社本庁の名誉を象徴し、表彰を行ふ〉とあるように、神社本庁は名誉職として「総 [全文を読む]

天皇陛下が苦悩される殯(もがり)の記憶

NEWSポストセブン / 2016年08月27日16時00分

「5月に熊本地震の被災地を訪問されるなど、お疲れがたまっていることを考慮しての日程だといいますが、『生前退位』報道、その後の『お気持ち』表明とご心労の重なった陛下にゆっくりしていただきたい…というのが本音でしょう」(前出・皇室記者) 8月8日、陛下は国民に向けたビデオメッセージの中で、次のように明かされた。《天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が [全文を読む]

実録・1万2000ページで読み解く「昭和天皇」激動の87年生涯-“靖国合祀”と“人間宣言”篇-(2)

アサ芸プラス / 2014年11月14日09時56分

皇室の歴史を捨てることは断固として否定されたのです」(高森氏) 「実録」公開にあたって、注目を集めたトピックの一つに、靖国神社の「合祀問題」がある。75年を最後に昭和天皇は靖国参拝をしていないが、その理由を「A級戦犯の合祀」とする論拠となったのが富田メモだ。 「実録」は、昭和天皇が富田朝彦宮内庁長官(当時)と面会し、 〈靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合 [全文を読む]

「天皇と朝日新聞」因縁確執51年の全内幕とは?(2)懐妊スクープを自画自賛

アサ芸プラス / 2014年10月15日09時56分

実録は昭和天皇が生きた時代を記録したものだが、朝日新聞は平成になっても皇室報道で問題を起こす。99年12月10日、今度は雅子妃殿下のプライバシーを無視して、夕刊1面でこう報じたのだ。 〈雅子さま13日にも検査〉 〈懐妊の兆候宮内庁病院で〉 当時、多くの国民が妃殿下の懐妊を心待ちにしており、報道は世間を驚かせた。 「昭和天皇の時と同じ非常識さです。妊娠初期 [全文を読む]

「天皇と朝日新聞」因縁確執51年の全内幕とは?(1)最後の呼吸をしていると報道

アサ芸プラス / 2014年10月14日09時56分

ただし、この結果については、天皇には告知されなかった〉 「皇室論」(青林堂)の著書もある神道学者・高森明勅氏が解説する。 「当時、ガンは絶望的な死の病であるという社会的コンセンサスがあり、告知はとても重いものでした。家族が医師とも慎重に相談をして、告知はしないということを選ぶことが多かった。現代のガンを取り巻く環境とは違う。今の天皇陛下は前立腺ガンをみずか [全文を読む]

「戦争に批判的だった」昭和天皇 『実録』公開で、海外メディアは大戦前後の記述に注目

NewSphere / 2014年09月10日17時57分

AFPも、同時期の記述に基づいて昭和天皇が開戦前に「無謀な戦争」だと軍部に警告し、「皇室の祖先に大変申し訳無い」という心情を吐露したとしている。 APは終戦直前のエピソードを取り上げている。天皇が広島への原爆投下を知らされたのは約12時間後で、2日後の8日の晩に「戦争継続は不可能になった」と判断し、「可能な限り早急に戦争を終結するよう望んだ」という。また、 [全文を読む]

故寛仁親王結婚時 妻に「お前を守らない」「守るべきは天皇」

NEWSポストセブン / 2012年06月11日16時00分

「ラジオのDJやテレビのバラエティ番組に信子様と出演するなど、皇室のイメージを変えようと意欲的でした。公務にも熱心で、スキーの指導を通じて身体障害者の福祉に生涯をかけて取り組みました」(皇室記者) 45歳の時に食道がんの手術をして以来、実に16回もの手術を受けながら病魔と闘った。その姿は見る人に大きな勇気を与えてきた。その間も積極的な行動を続け、ポリシー [全文を読む]

天皇陛下の医療チーム 「東大へのこだわり」に変化

NEWSポストセブン / 2017年07月18日16時00分

皇室ジャーナリストの神田秀一氏が“玉体”の医療の歴史と現状に迫る。 * * * 現在の侍医はスーツにネクタイ姿で拝診します。侍医の数は昭和天皇と同じ、侍医長を含む5名です。記者会見に登場する「皇室医務主管」は、皇室の医療の統括者で公の場で発言するオモテの顔です。医務主管の下にウラで実務を受け持つ侍医長、侍医がいます。 現在では「おぬる(体温)」や「お東(便 [全文を読む]

銀行株等資産持つ天皇陛下 慎ましい生活で資産増やす

NEWSポストセブン / 2017年05月04日16時00分

戦後、GHQによって皇室財産は綿密に調査され、御用邸や京都御所などの土地・建物をはじめ、資産のほとんどを国に納めることになった。昭和天皇の手元に残ったのは、1500万円の現金と身の回りの調度、装飾品のみだった。 「それが、崩御までの約40年間で20億円にまで膨らみました。質素倹約の精神のもと、国から支給されたお金をしっかりと貯蓄されていたことが第一ですが [全文を読む]

釜本邦茂氏「『陛下は東京に長い出張中』が京都人の感覚」

NEWSポストセブン / 2017年02月22日16時00分

重責から解放されるわけですから、今度は皇室の文化の“ふるさと”をゆっくり味わっていただきたい」 さらに山折氏は「皇室に対する国民の感覚も変わってくる」と続ける。 「現在の皇居は周囲に深いお濠があり、敷地は森に覆われている。自然と国民が天皇を仰ぎ見るかたちになり、どうしても一神教的な趣があります。 これに対し京都御所にはお濠はなく、本願寺など多数の仏閣や、安 [全文を読む]

アサヒ芸能「スクープ大事件史」Vol.13(1)昭和天皇の崩御はひとつの時代の終わりを思わせた

アサ芸プラス / 2017年01月02日17時56分

ここに心から哀悼の意を表すとともに、新天皇となられた「明仁殿下」の知られざる素顔を、新天皇に20年間仕えた元東宮侍従・浜尾実氏と皇室ジャーナリストの河原敏明氏が明かす〉 こんな書き出しで始まる対談は89年1月19日号に掲載された。〈浜尾 いちばん影響があった方というと、ぼくは父親である昭和天皇だと思いますよ。昭和天皇の生き方を目の当たりに見ていらっしゃって [全文を読む]

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