巡幸 昭和天皇に関するニュース

実録・1万2000ページで読み解く「昭和天皇」激動の87年生涯-“劇的な復興”篇-

アサ芸プラス / 2014年11月14日09時56分

「昭和34年6月25日、プロ野球初の天覧試合で長嶋茂雄氏がサヨナラホームランを打ちましたが、長嶋氏自身は『生涯の誇りにする』と語っていました」 昭和天皇が復興期に果たした役割として、忘れてはならないのは全国巡幸だ。 昭和天皇のご意思で昭和21年2月19日に始まった全国巡幸は、神奈川県を皮切りに北海道まで3万3000キロ、沖縄を除いて8年半にわたり続いた。 [全文を読む]

昭和天皇の戦後巡幸 国民の熱狂的な歓迎ぶりを専門家が解説

NEWSポストセブン / 2014年10月26日07時00分

しかし、戦後の全国巡幸はそれまでと全く違う意味を持っていた。 国家元首の比較研究を手がける西川秀和氏(大阪大学非常勤講師)が、9月に公表された『昭和天皇実録』ではうかがい知れない当時の巡幸の様子を解説する。 * * * 終戦から半年後の1946年2月19日、3台の御列が静かに皇居を後にした。向かった先は神奈川県川崎市の昭和電工川崎工場。御料車から降りられた [全文を読む]

昭和の日に考えたい、激動の時代を支えた昭和天皇の「直き心」

まぐまぐニュース! / 2017年04月24日21時00分

「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代」 終戦後、昭和天皇が始められたのは、国民を見舞い、励ますための御巡幸であった。沖縄以外の全国、3万3,000キロの行程を約8年半かけて回られた。立ち寄られた箇所は1,411カ所に及び、奉迎者の総数は数千万人に達したと思われる。原爆の惨禍の残る広島では、こう詠まれた。 ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなおる見えて [全文を読む]

昭和天皇の戦後巡幸 名士より名もなき住民との交流重んじた

NEWSポストセブン / 2014年10月29日07時00分

しかし、戦後の全国巡幸はそれまでと全く違う意味を持っていた。 国家元首の比較研究を手がける西川秀和氏(大阪大学非常勤講師)が、9月に公表された『昭和天皇実録』では見ることのできない、当時の写真を交えて解説する。 * * * 戦後の全国巡幸は単なる視察に終わらなかった。昭和天皇は訪問する先々で行政の長や土地の名士より、名もなき住民との交流を重んじられた。 開 [全文を読む]

昭和天皇も讃えた功績。海の安全を築いた「掃海部隊」の戦後

まぐまぐニュース! / 2017年05月28日08時00分

昭和25(1950)年3月、戦後、全国の国民を励ますために巡幸を続けられていた昭和天皇が、四国巡幸の途上で小豆島土庄(とのしょう)に立ち寄られることになった。 しかし、この海域はまだ掃海が済んでいなかった。ただちに掃海艇6隻、木造曳船6隻、掃海母船「ゆうちどり」が急派された。作業は3月7日に開始され、巡幸2日前の13日に完了すべく、寒風吹きすさぶ中で不眠不 [全文を読む]

終戦当時14あった旧宮家 家屋敷はホテルなどに姿を変え現存

NEWSポストセブン / 2012年08月01日16時00分

撮影■渡辺利博 ※週刊ポスト2012年8月10日号 【関連ニュース】昭和天皇の思想形成、政治や戦争との関わりについて迫った書故寛仁親王結婚時 妻に「お前を守らない」「守るべきは天皇」皇太子殿下 天皇陛下の宮中祭祀取組みを引き継ぐ決意との声あなたの知らない「天皇家」の謎 皇室の祖先にワニがいた!?昭和天皇 8年半かけて3万3000キロ巡幸し2万人に声をかけ [全文を読む]

実録・1万2000ページで読み解く「昭和天皇」激動の87年生涯-知られざる“喜怒哀楽”篇-(2)

アサ芸プラス / 2014年11月12日09時56分

敗戦後、天皇は足かけ8年半、総移動距離3万3000キロにも及ぶ全国巡幸を始められた。開戦させた責任から石持て追われるのではないか──そんな危惧をよそに国民は天皇の巡幸を熱烈に歓迎した。労働者や農民、病人に至るまで幅広い国民と交流された天皇のお顔は、それまで国民にほとんど見せることのなかった笑顔だった。 皇太子が美智子妃とご結婚された折には、元皇族や家族を [全文を読む]

昭和天皇実録 国の舵取りしなければならぬ元首の立場を示す

NEWSポストセブン / 2014年10月22日16時00分

昭和天皇の終戦後の全国巡幸は、祈りの王としての天皇が、まさしく国民の(昭和帝においては「臣民」であり、「赤子」)安寧を行動として示された出来事であり、それは今上陛下へとしっかりと受け継がれているのである。 東日本大震災直後の今上陛下のビデオメッセージは、国家元首が被災者と全国民に向けて発した、深い祈りにみちた言葉であったことを改めて想起する。戦後の憲法に [全文を読む]

【衝撃】あまりにも不思議すぎる! 本当に存在する日本の変な祭8選

ヨメルモ トリビアニュース / 2017年04月11日06時00分

明治天皇、昭和天皇が塩尻峠を巡幸したことを記念するための祭なのですが、なんと祭の所要時間はわずか10~20秒ほど。式次第は一同が整列して一礼し、直後に解散となるという、もはや祭でもなんでもないレベルなのです。 御柱祭(長野県諏訪市・諏訪大社) 7年に1度開催される祭で、日本で最も危険な祭とも呼ばれている。樹齢150年を超えるモミの大木から作る巨大な御柱は長 [全文を読む]

鍋LOVE女子推し!キレイの栄養たっぷりご当地美容鍋最強3選

Daily Beauty Navi / 2015年01月02日09時00分

じつに16種類とラグジュアリー! 昭和天皇が奈良巡幸の際に召し上がったことから、フランス『ELLE』誌では「天皇も賞味された日本版ブイヤベース」と紹介。炭火で炊きあげるのも風流です。8,000円と1万円の2コースあり(いずれも税・サービス料別、2人以上から利用可)。大人の関西デートにおすすめです。 ◆鹿児島県「霧島神話ぼっけ鍋」 雄大な自然と温泉を誇り、日 [全文を読む]

「秋篠宮摂政論」に皇室事情通「最も現実的な選択肢」と評価

NEWSポストセブン / 2013年06月18日07時00分

たとえば香淳皇后も、昭和天皇の巡幸や外国からの国賓を招いた晩餐会のときには同席されることがほとんどでした。 まして平成においては皇后陛下の存在感は増し、被災地などへ両陛下揃ってのご公務というスタイルが定着し、国民から支持されています。だとすれば、雅子妃が療養を続けたまま皇太子殿下が天皇に即位された時、ご夫妻が十分に天皇皇后としてお務めできるだろうか、という [全文を読む]

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