逝去 昭和天皇に関するニュース

「王冠を捨てた恋」と昭和天皇 知られざる「王者の退位」その3

Japan In-depth / 2016年08月22日11時00分

1936年1月20日、時の英国王ジョージ5世が逝去した。これにより、長男がエドワード8世として即位したわけだが、王位継承それ自体は、ほとんど自動的とも言える手続きでなされる。「王位の空白期間」があってはならない、というわけで、日本の皇室もこの点はまったく同じである。このエドワード8世は、洒落者として知られ、学生や労働者と直接言葉を交わし、時には議論するのが [全文を読む]

【悲報】皇族「逝去」ではなく「薨去」、報道のあり方に竹田恒泰氏が指摘も治らず。

秒刊SUNDAY / 2016年10月27日11時35分

他社は「ご逝去」「逝去」、ひどいのでは「死去」。新聞こそ、このような使用頻度は低いが重要な言葉を使って、日本語を遺すことに積極的になるべきだ。産経だけが頼みの綱。— 竹田恒泰 (@takenoma) 2014年6月8日 竹田恒泰氏の指摘によれば、皇族が亡くなられた場合、『薨去』(こうきょ)と表現するのが正しく、死去などは「不敬」であるという。それを踏まえ、 [全文を読む]

天皇が「お気持ち」で危惧した“崩御による自粛“の実態とは? 昭和の終わりに起きた恐ろしい状況が平成で再び

リテラ / 2016年08月11日12時00分

それは、天皇自身が、その逝去に際する社会の状況について、強く懸念を表したことだ。「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二カ月にわたって続き、その後喪儀に関連す [全文を読む]

天皇皇后両陛下の「火葬検討」は費用抑えるためと専門家指摘

NEWSポストセブン / 2012年05月11日16時00分

4月26日、羽毛田信吾宮内庁長官は定例会見で、宮内庁は天皇皇后両陛下のご意向を受け、両陛下がご逝去の際、皇室の伝統である大がかりな“土葬”ではなく、一般的な“火葬”を検討していることを発表した。さらに両陛下は、お墓にあたる陵(みささぎ)の小規模化も望まれているという。 「両陛下が、生前のうちから葬儀について、ご意思を伝えられること自体が極めて異例のことです [全文を読む]

朝鮮王朝に嫁いだ皇族。韓国障害児の母、李方子妃物語

まぐまぐニュース! / 2017年03月15日22時07分

平成元(1989)年、方子妃は87歳で逝去された。5月8日、古式に則って1,000人の従者を伴った葬礼の行列が、旧朝鮮王朝王宮から王家の墓までの2キロの道を進んだ。墓にはすでに19年前に亡くなられた垠殿下が待っている。韓国からは姜英勲首相、日本からは三笠宮同妃両殿下が参列され、多くの韓国国民が見送った(『日韓2000年の真実』)。 日本の皇族として生まれ [全文を読む]

【タイ】天皇・皇后両陛下がプミポン前国王弔問にタイ訪問へ

Global News Asia / 2017年01月13日09時00分

昨年10月に逝去したプミポン前国王を弔問するため、今春に予定されているベトナム訪問の帰途にタイへ立ち寄る予定だ。 プミポン前国王は在位70年で昨年10月に逝去。長男のワチラロンコン皇太子が12月に王位を継いでいる。 皇室とタイ王室の関係は親密で、プミポン前国王は1963年に日本へ訪れ、翌年に当時皇太子だった天皇陛下が昭和天皇の名代としてタイを訪問している。 [全文を読む]

数万円ものプレミア付きで取引されていた幻の名著、ついに復刊! 『日本教の社会学』 ふたりの碩学による白熱の議論と日本を読み解くカギがここに!!

DreamNews / 2016年12月20日10時00分

1991年逝去。著書には『私の中の日本軍』『「空気」の研究』(以上、文藝春秋)、『日本はなぜ敗れるのか』(角川書店)、『帝王学』(日本経済新聞社)、『昭和天皇の研究』(祥伝社)、『山本七平の日本の歴史』(ビジネス社)など多数。著者:小室直樹(こむろ・なおき) 1932年東京生まれ。京都大学理学部数学科卒業。大阪大学大学院経済学研究科、東京大学大学院法学政治 [全文を読む]

逝去した三笠宮が語っていた歴史修正主義批判! 日本軍の南京での行為を「虐殺以外の何物でもない」と

リテラ / 2016年10月28日07時30分

昭和天皇の末弟で、今上天皇の叔父にあたる三笠宮崇仁親王が、昨日27日、心不全により逝去した。享年100歳だった。一部メディアは、崇仁親王の先の戦争に対する反省の念や、戦争反対への思いなどを伝えているが、その発言は、マスコミが報じている以上に踏み込んだものだった。崇仁親王は、いまこの時代を支配している右傾化に対して、早くから警鐘を鳴らしてきたとさえ言える。 [全文を読む]

三笠宮さまのご逝去、中国では「東條英機の暗殺に関与」が注目ワードに

Record China / 2016年10月27日17時40分

2016年10月27日、三笠宮崇仁(みかさのみや・たかひと)親王殿下の薨去(ご逝去)を、中国メディアも大きく取り上げている。 三笠宮さまは同日午前8時34分、心不全のため都内の病院で逝去された。100歳だった。昭和天皇の末の弟で、天皇陛下の叔父に当たる。明治以降の皇族では最長寿だった。 三笠宮さまは戦時中、陸軍参謀として中国の南京に赴任したほか、大本営の参 [全文を読む]

天皇陛下が退位した場合、「恩赦」はどうなる?

文春オンライン / 2017年09月04日11時00分

現在の憲法は「内閣が決定し、天皇が認証する」と定め、戦後、国家的な慶弔に伴って10回行われ、うち5回は昭和天皇の逝去(1989年)や皇太子さまご結婚(93年)など皇室関係の出来事を機に実施されてきている。 ある法務省関係者は「今回、上川大臣は『検討していない』と発言しましたが、お盆中に一部メディアでも報じられた通り、もし恩赦を実施する場合はどういう方法が良 [全文を読む]

<トランプ・安倍会談>世界を覆う強欲資本主義

メディアゴン / 2017年02月13日07時40分

【参考】<コレジャナイ>東京五輪公式アニメグッズの絶望的なダサさ最後の元老と言われた西園寺公望は昭和15年1940年11月24日逝去した。そのわずか、1年後の日本時間1941年(昭和16年)12月8日未明、日本海軍は真珠湾を攻撃、太平洋戦争が開戦する。その後、1945年8月、ソ連は日ソ中立条約を破棄し、日本の同盟国の満州国へ侵攻を開始。ソ連により北方四島は [全文を読む]

中国に屈せず。日本時代の「大和魂」で台湾を改革した許國雄の生涯

まぐまぐニュース! / 2017年01月17日04時30分

許國雄の「大和魂」 1988年1月、蒋経国・国民党総統が突然、逝去し、副総統だった李登輝氏が党内選挙に勝って、初の台湾人総統となった。李登輝氏は京都大学出身で、自ら「22歳まで日本人だった」と言う人物である。國雄は同じ元日本人として応援した。 1996年、台湾で最初の総統選挙が行われる事となり、「台湾は中国とは別の独立国家だ」と主張する李登輝氏の再選を阻 [全文を読む]

三笠宮崇仁さま 逝去5日前の「結婚75周年」お祝い

NEWSポストセブン / 2016年11月03日16時00分

実は逝去される5日前の10月22日、ご入院先の病室では、ささやかなお祝いが開かれていたという。 「この日は、三笠宮さまと妻・百合子さまの75回目の結婚記念日だったのです。娘の近衞甯子(やすこ)さんと千容子(せん・まさこ)さんも駆けつけて喜びの日をご一緒に祝われたそうで、三笠宮さまも笑顔を浮かべられていたといいます」(宮内庁関係者) 最期の時も、生涯の伴侶 [全文を読む]

三笠宮さまご逝去、韓国では「日本軍の蛮行を謝罪した人物」と報道=韓国ネットからも哀悼の声

Record China / 2016年10月27日15時20分

三笠宮さまは27日午前8時34分、心不全のため、入院先の聖路加国際病院(東京・中央区)で逝去された。記録に残る皇族の中で最高齢の100歳だった。 ニュース1は三笠宮さまについて、太平洋戦争中に陸軍参謀として中国・南京に赴任されたが、当時の日本軍の行為を目にし戦争に批判的な考えをお持ちだったと紹介。戦後、宮さまが著書に記された「今もなお良心の呵責(かしゃく [全文を読む]

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