永六輔 上を向いて歩こうに関するニュース

さだまさしが明かす「今でも旅の歌が書けない」という理由

NEWSポストセブン / 2016年11月15日16時00分

「それは今年7月に亡くなった永六輔さんです。永さんは『上を向いて歩こう』『見上げてごらん夜の星を』『こんにちは赤ちゃん』など、数々の歴史的名曲の作詞を手掛けていますが、さださんは『僕の歌曲のひな形のような作品をたくさん作られた人』と、その影響を認めています」 さだは永六輔さんとの対談などをまとめた新著『笑って、泣いて、考えて。永六輔の尽きない話』の中で、 [全文を読む]

2013年6月15日、坂本九「上を向いて歩こう」がアメリカで1位になって50年の記念日にコンピレーションCDを発売

PR TIMES / 2013年06月15日10時27分

永六輔作詞・中村八大作曲、そして坂本九が歌う「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」というタイトルで、アメリカで最も権威ある音楽ヒットチャートであるビルボードの1位に輝いたのが1963年6月15日。日本語で歌われビルボードのトップに輝いた曲は、未だにこの「SUKIYAKI」だけという唯一無二の楽曲です。 この歴史的快挙から50周年を迎える今年、今でも世界 [全文を読む]

Live to RISE

PR TIMES / 2012年11月12日13時11分

ライブが実施される2013年1月13日お昼の赤坂BLITZ別公演では「上を向いて歩こう」の永六輔さんをお迎えしたライブも行われる予定で、まさに「上を向いて歩こう」の過去・現在・未来が表現される1日となります。これからのクリエイティブを担い、世界へ羽ばたいていくアーティストを共有し、さらに共感、共鳴へと広げる2013年第1歩のライブ。また「Live to R [全文を読む]

永六輔さんが死去 ネットでは哀しみの声が広がる

しらべぇ / 2016年07月11日14時00分

11日、放送作家の草分け的存在で、作詞家としても「上を向いて歩こう」などのヒット曲で知られる永六輔さんが死去したことがわかった。83歳だった。■昭和を代表する天才 手がけた歌は世界へ早大大学第二文学部在学中から、黎明期のNHKや日本テレビにて放送作家として活躍。司会者やラジオパーソナリティとしても有名で、マルチな才能を発揮した。作詞家としては「上を向いて歩 [全文を読む]

“次世代を担うアーティスト” ソノダバンド、ざ・五人囃子、尾崎豊の長男・尾崎裕哉の3組がライブ開催

リッスンジャパン / 2012年11月12日15時00分

ライブが実施される2013年1月13日お昼の赤坂BLITZ別公演では「上を向いて歩こう」の作詞を手掛けた永六輔さんを迎えたライブも行われる予定で、まさに「上を向いて歩こう」の過去・現在・未来が表現される1日となる。これからのクリエイティブを担い、世界へ羽ばたいていくアーティストを共有し、さらに共感、共鳴へと広げる2013年第一歩のライブ。また「Live t [全文を読む]

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

ソーシャルトレンドニュース / 2017年03月10日20時00分

もう一人が、同番組の構成作家を務めた永六輔サンである。 秋元サンは『光子の窓』の終了後、同じ日曜夕方の枠で、ディレクターとして『シャボン玉ホリデー』を開始する。時に1961年。ご存知、ザ・ピーナッツやハナ肇とクレージーキャッツらナベプロ(渡辺プロダクション)所属の歌手たちを一躍スターダムに押し上げたヴァラエティ・ショーの金字塔である。最高視聴率32.4%。 [全文を読む]

さだまさし 永六輔のバトンを繋いでいくのが自分の使命

NEWSポストセブン / 2016年12月18日16時00分

「でもこれは、永六輔さんに教わったことなんですけどね」 さだまさしと永六輔さん――2人の関係は、さだがまだデビューする前、40年以上も前に遡る。「最初の頃、どこでどう間違えたのか、永さんはぼくのことを落語家をめざしていると思っていたらしくて(苦笑)。でもほんと、人としての生き方から、知識や知見、ものづくりのノウハウまで、いろんなことを教えていただき、それが [全文を読む]

永六輔さん、日本の急速な右傾化に強烈な危機感を抱いていた

NEWSポストセブン / 2016年12月13日16時00分

肺炎のため死去したラジオパーソナリティーの永六輔さんもそのひとり(享年83才)。 夜空に願いをかける歌詞を好んだ永六輔さん。その命日は、七夕の日だった。 東京・浅草の寺の息子として生まれ、テレビ草創期に放送作家としてデビューした。NHKの人気番組『夢であいましょう』の台本を担当し、ラジオパーソナリティーやエッセイストなどマルチな才能で多方面で活躍した。 作 [全文を読む]

【エンタがビタミン♪】桑田佳祐『ヨシ子さん』2位に歓喜 アナログ盤初披露 あの名曲とかぶせて流すハプニングも!

TechinsightJapan / 2016年07月20日16時00分

ただ、番組エンディングでは5月18日に亡くなったザ・ピーナッツの伊藤ユミさんや7月7日に83歳で他界した永六輔さんを追悼、「歌の中には愛があり希望があって、人々の幸せが描かれていた。心より感謝申し上げたい」と『上を向いて歩こう』(作詞:永六輔、作曲:中村八大、歌:坂本九)を「坂本九さんどうぞ」と紹介した。 新曲『ヨシ子さん』については音楽番組で披露するシ [全文を読む]

最期までラジオを愛した永六輔さん その理由とは?

NEWSポストセブン / 2016年07月17日07時00分

今回は、訃報が伝えられた永六輔さんの“ラジオ愛”を振り返る。 * * * この一週間は、7月7日に亡くなった永六輔さん(享年83)について長尺で伝える番組がとても多かった。『上を向いて歩こう』や『いい湯だな』『こんにちは赤ちゃん』など大ヒット曲の作詞家として、『夢であいましょう』(NHK)の放送作家や出演者として、大ベストセラー『大往生』執筆者として、そし [全文を読む]

永六輔さん 立川談志とケンカしていようぜと暗黙の了解

NEWSポストセブン / 2016年07月16日07時00分

テレビ黎明期から長きにわたって活躍した永六輔さん(享年83)がこの世を去った。その日は七夕で、「お先に失礼!」というように永眠したという。 永さんは著書『永六輔のお話し供養』(小学館)の冒頭にこう書いている。 《人の死は一度だけではありません。 最初の死は、医学的に死亡診断書を書かれたとき。 でも、死者を覚えている人がいる限り、その人の心の中で生き続けてい [全文を読む]

永六輔が自民の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と痛烈批判していた!“総理が改憲と言い出すのは憲法違反“とも

リテラ / 2016年07月12日20時00分

永六輔氏が、先週の7月7日に逝去していたことが、きのう明らかになった。永といえば「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「こんにちは赤ちゃん」の作詞など、戦後を代表するタレント、作詞家だが、戦争そして憲法について繰り返し語ってきたことでも知られる。 周知の通り、先日行われた参院選の結果、改憲勢力が3分の2議席を獲得した。それを受けて安倍首相は改憲につ [全文を読む]

名曲「上を向いて歩こう」がオリー・マーズとオノ・ヨーコによって新たに生まれ変わり、世界初披露!

okmusic UP's / 2014年02月19日18時00分

【その他の画像】Olly Murs「上を向いて歩こう」のオリジナルは、作詞:永六輔 作曲:中村八大により生み出され、坂本九の歌唱により世界中に届いたが、海外では「SUKIYAKI」というタイトルとなり、またそれぞれの国の言語による歌詞では、オリジナルとは全く異なる意味となって広く浸透しているのは有名な話である。しかし、本来は「悲しみ/孤独」と「その先にある [全文を読む]

永六輔氏のラジオ 話が飛んでも上手くいく理由を本人明かす

NEWSポストセブン / 2013年10月12日16時00分

46年間、1万2629回にわたり続いたラジオ番組の最終回が放送された翌日、何事もなかったかのように、もうひとつの冠番組の生放送に臨んだ永六輔氏(80)。 伝説的番組『夢であいましょう』でテレビバラエティの雛型を作り、作詞を担当した『上を向いて歩こう』は米ビルボード1位を獲得。著書『大往生』は230万部を売り上げた。それでもいま、ラジオという場所で生きる永氏 [全文を読む]

未だ日本人唯一 「上を向いて歩こう」全米1位獲得50周年記念展

太田出版ケトルニュース / 2013年05月02日10時51分

坂本が19歳の時のシングル『上を向いて歩こう』は、永六輔が作詞、中村八大が作曲を担当し、日本で大ヒットしただけでなく、アメリカのヒット・チャート「ビルボード」でも『SUKIYAKI』という名で3週連続1位を獲得(1963年6月15~29日)。現在に至るまで、日本人として、さらに日本語の曲として唯一ビルボード1位を獲得したこの曲の売り上げは、全世界で100 [全文を読む]

佐藤 剛の新著『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』が6月に発売

okmusic UP's / 2017年05月26日17時00分

歴史に残る天才達によって彩色された果報な私の人生絵巻が、愛満載に描かれていて、今更ながら有難さが身に沁みる」■【書籍の概要】『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)著者:佐藤 剛発売日:2017年6月14日ページ数:424ページ定価:2,200円+税ジャンル:ノンフィクション〈目次〉第1章 異端にして革命児「シスターボ [全文を読む]

初期のテレビは●●だからおもしろかった!永六輔が気付いたテレビの極意とは【昭和のテレビ王たちの証言1】

サライ.jp / 2017年05月03日19時00分

今回は同書から、放送作家・司会者・作詞家・語り手・歌手などさまざまな立場でテレビに携わった永六輔さんの言葉をご紹介します。■1:「まったくのアマチュアが司会をする、僕はそれがテレビだろうと思ったんです」実験放送の台本づくりに加わるなど、テレビの草創期から深くかかわってきた永さん。その代表作の一つが、構成を担当したNHKのバラエティー・ショー「夢であいましょ [全文を読む]

蜷川幸雄が小栗旬を語った未公開秘話を初放送

Smartザテレビジョン / 2016年08月25日18時10分

8月28日(日)のフジテレビ系「ボクらの時代」(毎週日曜朝7:00-7:30)は、ことし亡くなった蜷川幸雄、大橋巨泉、永六輔をしのび、3人の出演を振り返る追悼特集。 蜷川については、まだ若手だった小栗旬の才能をいち早く見いだして主役に抜てきしたエピソードや、綾野剛との意外な出会い、これからの若い役者へのメッセージなど、未公開秘話を含めたエピソードを紹介する [全文を読む]

永六輔さんと大橋巨泉さん 巨額遺産に表れていた生きざま

WEB女性自身 / 2016年08月11日06時00分

家族ぐるみの付き合いがあった故・永六輔さん(享年83)と故・大橋巨泉さん(享年82)だが、生き方は違った。それは遺産の内容にも表れている。 「永さんは一年のほとんどを旅に出ていました。夫の長旅の間に奥さんが『転居先は○○です』と張り紙をして引っ越したこともあったとか(笑)」(前出・テレビ局関係者) 巨泉さんに先立つこと5日、先月7日に永さんが亡くなった後、 [全文を読む]

故・永六輔さん 60年来の仕事仲間と泣き合った最期の日々

NEWSポストセブン / 2016年07月14日07時00分

その日、「お先に失礼!」というように、永六輔さんが息を引き取った。享年83。七夕の日だった。 優しく巧みに言葉を操る才能。昭和芸能界の生き字引ともいわれる幅広い人脈。永さんは今日の娯楽メディアの基礎を作りあげた人物だった。 1933年に東京・浅草に生まれた永さんは、中学校時代からラジオへの投稿を始め、早稲田大学在学中の19才のときにラジオの放送作家としての [全文を読む]

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