永六輔 渥美清に関するニュース

『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』(矢崎泰久・編/集英社新書)が8月17日に発売!

DreamNews / 2016年08月16日15時00分

戦後放送文化のトップランナーとして新しい時代の価値を次々に生み出した故・永六輔氏。その道程で出会い、 学び、繋ぎ、見送ってきた渥美清、三木鶏郎、野坂昭如、小沢昭一、中村八大……ら、多くの表現者たち。 一途で熱い彼らの生き様と反骨の心意気を、半世紀にわたり永さんに伴走してきた盟友・矢崎泰久が、 本人に成り変わって活写。社会の同調圧力が高まる不透明な時代に、知 [全文を読む]

永六輔さん 生前語っていた死生観と渥美清さんとの遭遇

NEWSポストセブン / 2016年07月11日16時00分

《最後の死は、死者を覚えている人が誰もいなくなったとき》──11日に亡くなったことが明らかになった永六輔さん(享年83)の著書『永六輔のお話し供養』では、そんな信念を持つ永さんと親しかった著名人との交流秘話が描かれている。“寺の子”である永さんが、長年の仕事仲間で『話の特集』元編集長・矢崎泰久さんと“永遠の別れ”について『女性セブン』2013年1月1日号で [全文を読む]

永六輔 「生きている人が覚えている限り、人は生き続ける」

NEWSポストセブン / 2012年12月23日07時00分

<最後の死は、死者を覚えている人が誰もいなくなったとき>--最新刊『永六輔のお話し供養』(小学館刊)には、そんな信念を持つ永六輔さん(79才)と親しかった著名人との交流秘話が描かれている。ミリオンセラーとなった『大往生』から18年、“寺の子”である永さんが、長年の仕事仲間で『話の特集』元編集長・矢崎泰久さんと“永遠の別れ”について語り合った。矢崎:永さんは [全文を読む]

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

ソーシャルトレンドニュース / 2017年03月10日20時00分

もう一人が、同番組の構成作家を務めた永六輔サンである。 秋元サンは『光子の窓』の終了後、同じ日曜夕方の枠で、ディレクターとして『シャボン玉ホリデー』を開始する。時に1961年。ご存知、ザ・ピーナッツやハナ肇とクレージーキャッツらナベプロ(渡辺プロダクション)所属の歌手たちを一躍スターダムに押し上げたヴァラエティ・ショーの金字塔である。最高視聴率32.4%。 [全文を読む]

永六輔と盟友たちとの珠玉のエピソードをCD化

Smartザテレビジョン / 2016年10月14日21時09分

2016年7月に83歳で亡くなった永六輔が、TBSラジオで1991年4月から2015年9月まで24年半にわたりパーソナリティーを務めた生放送番組「土曜ワイドラジオTOKYO永六輔その新世界」。放送回数1,275回という膨大な放送音源から、永六輔と仲間たちとの交遊に注目し厳選収録されたCD「永六輔その新世界特選ベスト 出会えば花咲く交遊録篇」が11月7日(月 [全文を読む]

永六輔さん 立川談志とケンカしていようぜと暗黙の了解

NEWSポストセブン / 2016年07月16日07時00分

テレビ黎明期から長きにわたって活躍した永六輔さん(享年83)がこの世を去った。その日は七夕で、「お先に失礼!」というように永眠したという。 永さんは著書『永六輔のお話し供養』(小学館)の冒頭にこう書いている。 《人の死は一度だけではありません。 最初の死は、医学的に死亡診断書を書かれたとき。 でも、死者を覚えている人がいる限り、その人の心の中で生き続けてい [全文を読む]

満島ひかり「再現ドラマにしたくない」と口説かれ徹子役受諾

NEWSポストセブン / 2016年05月28日07時00分

坂本九が歌い出せば、永六輔が「なんだその歌い方は!」と強烈なダメ出し。周りに女性たちをはべらせた森繁久彌が向田邦子に「一回、どう?」と口説く。生放送中に三木のり平がセリフを忘れると黒柳徹子(82才)が大慌てでアドリブ──。 50年前のテレビがそのまま現代によみがえったかのような錯覚に陥る。団塊世代はもちろん、当時を知らない30代、40代をも釘付けにしている [全文を読む]

合計245才 黒柳徹子が泣いた永六輔と大橋巨泉の3ショット

NEWSポストセブン / 2016年02月16日16時00分

「こちらラジオの巨人・永六輔さん(82才)。そしてこちら、テレビの巨人・大橋巨泉さん(81才)です」 そんな黒柳徹子(82才)の紹介で始まった2月4日の放送は、年齢の合計245才、同級生3人によるテレビ史に残る伝説的鼎談となった。 永は2010年にパーキンソン病と診断され、歩行困難のため車椅子で出演。口は大きく開いたままで、膝の上にはブランケットが重ねら [全文を読む]

初期のテレビは●●だからおもしろかった!永六輔が気付いたテレビの極意とは【昭和のテレビ王たちの証言1】

サライ.jp / 2017年05月03日19時00分

今回は同書から、放送作家・司会者・作詞家・語り手・歌手などさまざまな立場でテレビに携わった永六輔さんの言葉をご紹介します。■1:「まったくのアマチュアが司会をする、僕はそれがテレビだろうと思ったんです」実験放送の台本づくりに加わるなど、テレビの草創期から深くかかわってきた永さん。その代表作の一つが、構成を担当したNHKのバラエティー・ショー「夢であいましょ [全文を読む]

フジテレビアナウンサーに藤井フミヤ長男、テレビ不況でもコネ入社なのは芸能人ペアレンツの親心?

messy / 2016年04月09日00時00分

そういえば、永六輔の長女も、かつてフジのアナウンサーでした。渥美清の長男や俳優の宇津井健の息子もおり、後者は遊び人として有名でとんねるずとも親交があります」(放送業界関係者) なぜフジテレビに芸能人二世が多いのか。まず、フジテレビは入社式に親が出席する伝統がある。素性を隠していても入社式に芸能人の親が現れることでバレてしまう。さらに、フジサンケイグループは [全文を読む]

<「コメディとコント」の違いって何だ?>コントは稽古の痕跡を見せずにアドリブでやっているように見えるのが最上

メディアゴン / 2015年09月07日07時10分

作・構成とクレジットされることが多く、青島幸男、前田武彦、津瀬宏、塚田茂、谷啓、河野洋、小林信彦、野坂昭如、大橋巨泉、永六輔といったメンバーだった。こうしてみるとコメディからコントが派生したのではないかということが何となく想像できる。テレビ草創期には作家とコメディアンが「俺のホン(脚本)通りにやれ」「こんなつまんないホンで、できるか」と、健全なけんかがあっ [全文を読む]

徹子、 「ショートコントは相当やりましたんで」とサンドウィッチマンの前で宣戦布告!

サイゾーウーマン / 2012年03月06日12時00分

それは、昭和30年代のNHKの人気番組『夢であいましょう』時代に、永六輔が脚本を書き、三木のり平や渥美清なんかと一緒にショートコントを結構やってきたからだと徹子は言う。 [全文を読む]

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