アントニオ猪木 力道山に関するニュース

真のレジェンドレスラーは?アントニオ猪木がまさかの○位

しらべぇ / 2016年06月03日05時30分

(画像はアントニオ猪木オフィシャルブログのスクリーンショット)プロレスファンの間で必ず議論になることといえば、「誰が一番強いのか」ということ。候補にあがってくるのは、プロレスの父・力道山や、ジャイアント馬場、アントニオ猪木あたりだろうか。最近のレスラーは強さよりもタレント性が重視される傾向があり、「強さ」を語られることはあまりない。それだけにゴールデンタイ [全文を読む]

アントニオ猪木 入門当時は公の場での日本語禁じられていた

NEWSポストセブン / 2015年05月31日07時01分

ジャイアント馬場とアントニオ猪木、ふたりのスーパースターの活躍を軸として日本プロレスの軌跡を振り返る、ライターの斎藤文彦氏の週刊ポストでの連載「我が青春のプロレス ~馬場と猪木の50年戦記~」。今回は、力道山にスカウトされブラジルから帰国した猪木のデビューから苦悩の若手時代のエピソードをつづる。 * * * アントニオ猪木(本名・猪木寛至)は昭和18年2月 [全文を読む]

G馬場 渡米した猪木に持っていたドルを全額渡し感謝された

NEWSポストセブン / 2012年07月25日16時02分

このロスでは、新路線から初渡米武者修行に送り出されたアントニオ猪木と出会い、「オレはもう要らないから」と持っていたドルを全額、餞別として贈っている。猪木もこれだけは後々まで感謝していた。 文■菊池孝 ※DVD付きマガジン『ジャイアント馬場 甦る16文キック』第3巻より 【関連ニュース】日本プロレス界の父・力道山 大変貴重なリング上カラー写真1ドルも持たずに [全文を読む]

日本を創った“荒ぶる男”たち<プロレス・格闘技編>「“力道山・ジャイアント馬場・アントニオ猪木”3巨頭の衝撃事件をグレート小鹿が激白」

アサ芸プラス / 2015年08月23日09時56分

そしてジャイアント馬場、アントニオ猪木と続く繁栄の裏面史を、最年長レスラー、グレート小鹿が証言する。── 日本プロレスに入門されたのは、まだ力道山が存命の頃ですか。小鹿 そう、俺が相撲を辞めて面接を受けたら、力道山先生がいたよ。入門したいと言ったら「どこの部屋だ?」と聞かれ、俺が「出羽海部屋です」と言ったらうれしそうでね。先生と気が合う力士が多かったらしく [全文を読む]

馬場vs猪木が支持を得た理由 日本の葛藤を描いていたから

NEWSポストセブン / 2012年04月05日07時00分

それぞれその帝国を築いたジャイアント馬場とアントニオ猪木は40年前の1972年、袂を分かった。以来30年にもわたって「宿命のライバル」となった二人には、知られざるドラマがあった。『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋)などの著者である、ノンフィクションライターの柳澤健氏が迫る。 * * * 一流レスラーに囲まれ、NWAという権威に常に守られる馬場を凌駕す [全文を読む]

アメリカ時代のジャイアント馬場 1試合で700万円稼いだことも

NEWSポストセブン / 2012年04月03日16時00分

「BI砲」として人気を博したジャイアント馬場とアントニオ猪木は40年前の1972年、袂を分かった。以来30年にもわたって「宿命のライバル」となった二人には、知られざるドラマがあった。『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋)などの著者、ノンフィクション・ライターの柳澤健氏が迫る。 * * * ジャイアント馬場は、常にアントニオ猪木のずっと先を走り続けた。 [全文を読む]

参議院議員・アントニオ猪木を直撃「あなたはなぜ、北朝鮮にこだわるのですか?」

週プレNEWS / 2013年11月21日06時00分

国会に無許可で北朝鮮を訪問したアントニオ猪木議員に対する懲罰が検討されている。 こうした処分が下ることは訪朝前に分かっていたはず。それなのに、猪木氏はなぜ訪朝を強行したのか? そして彼はなぜ北朝鮮にこだわり続けるのだろうか? 燃える闘魂の男が真意を激白した! ■緊張状態下の朝鮮半島で若き日の猪木が見た光景 初めに、アントニオ猪木参議院議員の北朝鮮訪問がなぜ [全文を読む]

1000人アンケートの1位はジャイアント馬場! 「あなたがスゴイと思うプロレスラーは誰?」

ガジェット通信 / 2017年03月15日08時05分

そして、選挙の結果はアントニオ猪木が圧倒的なポイントで1位となった。 参考記事:1位はやはりアントニオ猪木! テレビ朝日『プロレス総選挙』 http://getnews.jp/archives/1656465[リンク] 1位のアントニオ猪木、2位のジャイアント馬場、3位の初代タイガーマスク等には納得した方が多かったようだが、ネット上では若手のプロレスラーと [全文を読む]

民進党は茶番?最近やたらとリンクする「政治」と「プロレス」の関係性

デイリーニュースオンライン / 2016年12月03日17時00分

そしてキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長の逝去に対し、最も具体的なコメントを出したのは、何度も面会しているアントニオ猪木参院議員(73・注3)だった。 ここのところ……激動する激動する国内外の政治の影に、プロレスが付きまとっていたのだ。 ■肝心のプロレス界は? そもそも大衆の願望や憎悪を刺激して興奮させるのがプロレスだけに、世相を反映しやすい、 [全文を読む]

格闘マンガ以上にバイオレンス! 豪胆すぎる梶原一騎の人生劇場『男の星座』

日刊サイゾー / 2016年08月23日15時00分

本作における重要人物となる2人の格闘家、力道山と大山倍達についてですが、力道山はご存じ、必殺「空手チョップ」を武器に、戦後のプロレスブームを牽引した「日本プロレス界の父」であり、ジャイアント馬場、アントニオ猪木といった、プロレス界のレジェンドを生んだ師匠でもあります。 一方の大山倍達は極真空手の創始者であり、猛牛を素手で倒したため「牛殺し」の異名を持ち、 [全文を読む]

徳光和夫氏「猪木さんが長嶋茂雄で馬場さんは王貞治だった」

NEWSポストセブン / 2015年06月13日16時00分

ジャイアント馬場とアントニオ猪木、ふたりのスーパースターの活躍を軸として日本プロレスの軌跡を振り返る、ライターの斎藤文彦氏の週刊ポストの連載「我が青春のプロレス ~馬場と猪木の50年戦記~」。今回は、馬場と猪木の全盛期と、そのキャラクター、人間性をよく知る人物として徳光和夫氏(元日本テレビ・アナウンサー)の話を聞いた。 * * * 国内最初の民放として開局 [全文を読む]

北朝鮮で“闘魂”再び! 1995年、伝説の「平和の祭典」とはなんだったのか?

週プレNEWS / 2014年08月29日06時00分

8月30、31日の両日、アントニオ猪木率いるIGFが北朝鮮で「インターナショナル・プロレスリング・フェスティバルin平壌」を開催する。今なぜ?と賛否両論、物議を醸(かも)しているが、これは猪木にとって2度目の北朝鮮興行となる。 前回は1995年4月28、29日に開催された「平和のための平壌国際体育・文化祝典」(通称「平和の祭典」)。巨大な綾羅島(ルランドー [全文を読む]

プロレス中継の60年は日本のテレビ発展史だった

アサ芸プラス / 2014年02月28日09時59分

力道山の没後にはジャイアント馬場の全日本プロレスと、アントニオ猪木の新日本プロレスに分裂。ここでも全日本でブッチャーがテリーの腕にフォークをめった刺しにしたり、猪木が舌を出して失神するなどの“事件”があった。世間では非常識、あるいは不祥事と思われることも、馬場いわく「シューティング(真剣勝負)を超えたものがプロレス」との名言もあり、テレビの歴史にプロレス [全文を読む]

賛否両論の「プロレス総選挙」が映した”ゴールデンタイムの幻”

デイリーニュースオンライン / 2017年03月25日13時18分

そして、 (1位) アントニオ猪木 (2位)ジャイアント馬場 (3位)初代タイガーマスク (4位)オカダ・カズチカ (5位)力道山 (6位)棚橋弘至 (7位)ジャンボ鶴田 (8位)獣神サンダー・ライガー (9位)三沢光晴 (10位)スタン・ハンセン (11位)長州力 (12位)武藤敬司 (13位)小橋健太 (14位)天龍源一郎 (15位)ケニー・オメガ ( [全文を読む]

「WBC延長」に後番組を楽しみにしていたプロレスファンが激怒

しらべぇ / 2017年03月14日17時00分

一方でアントニオ猪木率いる新日本プロレスは、テレビ朝日が放映している。自社球団を持たないテレ朝の場合、プロ野球中継などあまり流す機会はないから堂々と金曜20時にプロレス中継を持ってくることができた。70年代におけるアントニオ猪木の躍進は、これが要因となっている。だが現代、WBCを中継するテレ朝はかつての日テレと同じ苦悩を抱えてしまったようだ。確かに野球ファ [全文を読む]

あのアリ戦から40年! 猪木は今、何を思うのか… 「もう一回やってしっかり勝負つけたいね、ということにしようか」

週プレNEWS / 2016年05月29日06時01分

“総合格闘技の元祖”とされるアントニオ猪木vsモハメド・アリから今年で40年。当時の真剣勝負の真実に、ノンフィクション作家・田崎健太が迫るインタビュー。 前編記事(「うぬぼれ、強かったからね。俺こそ世界一だと思っていた」)で実現までの困難な交渉過程を明かした猪木が、後編では試合内容を振り返った。 *** 1976年6月26日、猪木対アリの試合が日本武道館で [全文を読む]

あのアリ戦から40年! 猪木自身が独白する舞台裏 「うぬぼれ、強かったからね。俺こそ世界一だと思っていた」

週プレNEWS / 2016年05月28日06時00分

1976年6月26日、日本武道館でアントニオ猪木はボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリと闘っていた。 当時のアリはベトナム戦争への徴兵忌避、ジョージ・フォアマンを破った“キンシャサの奇跡”を経てアメリカの国民的英雄となっていた。なぜ、極東のプロレスラーが世界的スーパースターをリングに上げることができたのか? 骨太ノンフィクション作家、田崎健太 [全文を読む]

ジャイアント馬場の日本プロレス退団がスムーズに進んだ要因

NEWSポストセブン / 2015年11月26日16時00分

ジャイアント馬場とアントニオ猪木、ふたりのスーパースターの活躍を軸として日本プロレスの軌跡を振り返る、ライターの斎藤文彦氏による週刊ポストの連載「我が青春のプロレス ~馬場と猪木の50年戦記~」。今回は、昭和47年7月、馬場が新団体設立へ動いた新しい門出の季節についてお届けする。 * * * ジャイアント馬場が日本プロレス協会を退団、独立を表明したのは昭和 [全文を読む]

<昭和とテレビ:力道山、猪木、馬場>あの頃、私たちはテレビでプロレスを観ていた

メディアゴン / 2015年05月06日06時30分

「力道山言うたら、ジャイアント馬場やアントニオ猪木の師匠やからな。弱いはずが無かろうが。」日本プロレス崩壊後、馬場と猪木は袂を分かち、各々別個の団体を立ち上げている。1972年の事であり、双方が企業として収益を上げていけるようになったのはスポンサーとテレビ局がバックアップしたからであった。ジャイアント馬場選手(社長)の「全日本プロレス」には日本テレビがつ [全文を読む]

アントニオ猪木氏 「北朝鮮の首脳達はプロレスを見ている」

NEWSポストセブン / 2014年01月14日16時00分

昨年11月に訪朝して失脚直前の張氏と会談したのがアントニオ猪木・参院議員だ。猪木氏とインテリジェンス分析のプロである元外務省主任分析官・佐藤優氏が処刑の背景を語り合った。 * * * 佐藤:今回の処刑の背景を私はこう分析しています。日本のメディアはまったく報じませんが、金正恩が最近『最後の勝利のために』という論文集を出しました。その内容からは金正恩が父・金 [全文を読む]

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