長嶋茂雄 引退試合に関するニュース

【巨人】松井、桑田、上原……「巨人軍、失われた15年」を取り戻すために

文春オンライン / 2017年06月28日11時00分

斎藤雅樹、槙原寛己、村田真一といった90年代の巨人を支えたベテランたちが、長嶋茂雄監督とともに引退セレモニーに臨んだのは01年9月30日の出来事だ。 それ以降、巨人の生え抜き主力選手たちは松井秀喜、桑田真澄、上原浩治、高橋尚成といった面々が続々と夢のメジャーリーグへ。川相昌弘は中日で現役続行。仁志敏久はトレード直訴で横浜へ、清水隆行も志願して西武で最後の1 [全文を読む]

高木守道 V10阻止した翌日、引退する長嶋にかけた謝罪電話

NEWSポストセブン / 2015年02月20日16時00分

中日にとっては20年ぶりのリーグ優勝だったが、同日、長嶋茂雄氏が引退表明し、球界を揺るがす大事件となった。1974年10月14日、長嶋氏の引退試合にまつわる思い出を、高木氏が語った。 * * * 優勝翌日の新聞の一面には、中日の優勝ではなく、「長嶋引退」の文字が大きく躍りました。そして巨人―中日の最終戦が、長嶋さんの引退試合となった。 ペナントレース上は消 [全文を読む]

【プロ野球】かつてはオープン戦で引退試合? 江川卓、村山実、杉下茂らのアツいラストピッチを振り返る

デイリーニュースオンライン / 2017年03月23日16時05分

※野球の見方が変わるスマホマガジンでニュースやコラムが読み放題! ■長嶋茂雄との同期対決で幕を下ろした杉浦忠 立教大時代は長嶋茂雄(元巨人)、本屋敷錦吾(元阪神)とともに「立教三羽ガラス」と呼ばれ、南海(現ソフトバンク)入団後はエースとして活躍した杉浦忠。 プロ3年目の1959年には38勝4敗、防御率1.40で最多勝と最優秀防御率を獲得し、シーズンMVP [全文を読む]

巨人軍復活に「長嶋茂雄監督」を提案する

プレジデントオンライン / 2017年06月25日11時15分

長嶋茂雄が入団したのは私が中学に入学した年。1958年の西鉄との日本シリーズがいまだに忘れられない。 西鉄のエース稲尾の不調で巨人は3連勝した。だが復調した稲尾と中西太の大活躍で3連勝、最終戦にもつれ込む。私はラジオの(鉱石ラジオだったか)イヤホンを通して、授業中にその試合を聞いていた。 6対1。稲尾の4連勝で西鉄が大逆転勝利した。負けた瞬間、涙があふれて [全文を読む]

【プロ野球】インフレ、流行ってるからね! 「?」が頭を駆けめぐる長嶋茂雄の「迷言・珍言」伝説!~キャンプ編~

デイリーニュースオンライン / 2017年02月16日16時05分

引退試合での「我が巨人軍は永遠に不滅です!」や、広島との間にあった最大11.5ゲーム差をひっくり返して大逆転優勝を遂げた1996年シーズンの「メークドラマ」など、球史に残る数々の名文句を残してきた長嶋茂雄氏(現巨人終身名誉監督)。 一方で、周囲を元気にするキャラクターにふさわしく、名言以上のインパクトのある珍言・迷言でも皆を笑顔にしてきた。 そこで今回は、 [全文を読む]

【プロ野球】「神ってる」だけじゃない! 「プロ野球流行語大賞2016」発表!! <下半期編>

デイリーニュースオンライン / 2016年12月05日17時05分

■「北の国から2016伝説」 1996年、最大11.5ゲーム差を大逆転し、「メークドラマ」という言葉を生み出して流行語大賞を受賞した巨人の長嶋茂雄監督(当時)。あれから20年、同じように最大11.5ゲーム差を大逆転して優勝を果たした日本ハム・栗山英樹監督が生み出した言葉こそ、「北の国から2016伝説」だ。 特に6月19日から始まった球団新記録の15連勝は [全文を読む]

【プロ野球】茂木栄五郎(DeNA)のランニング弾で振り返る、古今東西・記憶と記録に残るランニング本塁打

デイリーニュースオンライン / 2016年09月26日17時05分

「ミスター・プロ野球」長嶋茂雄だ。長嶋が巨人に入団したルーキーイヤーの1958年、日本シリーズ第7戦の最終打席というこれ以上ない場面。しかも、相手ピッチャーは西鉄のエース、稲尾和久だ。 0対6という大劣勢でありながら長嶋がランニング本塁打で一矢報い、1点をもぎとったのだ。まったく末恐ろしい新人としかいいようがない。 さて、話題を今年の新人、茂木栄五郎に戻そ [全文を読む]

プロ野球選手の「女王妻」ランキング(3)

アサ芸プラス / 2012年02月09日10時59分

そのあたりの事情を長嶋茂雄氏と旧知の仲である深澤弘氏がこう述懐する。 「落合はミスターの引退試合を観に来るほど長嶋ファン。ミスターも落合をどうしても欲しい。でもご存じのとおり、落合は熟慮型だから、なかなか決断しない。そこで、信子夫人に尻を叩いてもらったわけです」 さらに、背番号問題でも6にこだわる落合だったが、引退直前の篠塚が譲らず、難航を極めた。 「ミ [全文を読む]

4番打者「勝敗を背負う」帝王学【二宮清純コラム】

日刊大衆 / 2017年04月10日07時35分

長嶋茂雄は名コピーライターでもあった。引退試合で飛び出した「我が巨人軍は永久に不滅です」はプロ野球ファンのみならず、多くの国民の記憶に深く刻み込まれている。2度目の監督時代の1996年には「メークドラマ」なる造語で選手たちを鼓舞し、最大で11.5ゲームあった首位・広島との差を引っくり返し、ペナントレースを制した。 愛弟子・松井秀喜を主砲に育てるための「4番 [全文を読む]

伊野尾慧、伝説の“10.8決戦”の新事実に感動!

Smartザテレビジョン / 2016年04月07日08時00分

同率首位で並んだ巨人と中日が最終戦で激突、勝ったチームがリーグ優勝という、ドラマのようなお膳立てが整った一戦で、当時、長嶋茂雄監督が「国民的行事」と表現した、試合を読唇術でキリトる。取材に際し、当時、巨人の打撃コーチを務めていた中畑清氏が「もう時効だから言うけど…」と衝撃発言。それを前提に見ていくとこの試合に隠された衝撃の新事実が明らかになる。“巨人キラー [全文を読む]

清原容疑者の栄光と転落…”記憶に残る男”の戦績を振り返る

デイリーニュースオンライン / 2016年02月04日16時00分

西武からの残留要請や阪神からのオファーもあったが、最終的には当時の長嶋茂雄監督の熱意に胸を打たれた。 しかし、巨人に入ってからの清原はスランプとケガに悩まされた。移籍1年目の1997年は32本塁打、翌年は23本塁打を放ったものの、打率は2割中盤。過剰な期待に応えるまでの活躍とはいかなかったのだ。 1999年に相次いでケガに見舞われたことから清原は肉体改造を [全文を読む]

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