ポーランドFerrum AudioのCEOが初来日、その技術と熱意を語る
ASCII.jp / 2023年7月13日 10時30分
Ferrum Audioは、ポーランド発の新進オーディオブランドだ。同社CEOのマルチン・ハメラ氏が初来日した。
Ferrum Audioの製品はいずれもデスクトップサイズのハイエンド機器。小型軽量、高性能、新機軸といった特徴に加え、機能美を追究した外観デザインを持つ。ノブの質感、ボタンのクリック感など、細部にこだわった作りだ。
2019年創業と若い企業だが、2020年のDCパワーサプライ「HYPSOS」(実売20万円弱)を皮切りに、アナログヘッドホンアンプの「OOR」(実売30万円台前半)、USB DAC兼ヘッドホンアンプの「ERCO」(実売30万円台半ば)を続々と発表。2023年6月にはハイエンドD/Aコンバーターの「WANDLA」(実売40万円台後半)の販売も始まっている。
スタンダードになりつつあるeARC対応のオーディオ機器
WANDLAはドイツ語でコンバーターを示す“WANDLER”をポーランド風に言い換えた造語。キャッチフレーズは“The Converter”で、敢えて日本語にするなら“これぞコンバーター”といったニュアンスだ。
豊富なデジタル入力を持ち、専用機ならではの高品質な再生を目指している。マルチファンクションチップが載った自社開発の「SERCE(セルチェ)モジュール」やSygnalystと共同開発した独自のデジタルフィルターを搭載。明度調節可能なタッチパネルを使った簡便な操作性なども特徴だ。
本体の1/3を占めるのが電源部だ。ここにはHYPSOSのノウハウが存分に生かされている。DAC ICはESS Technologyの「ES9038 PRO」。最大768kHz/32bitのPCMやDSD256(DoP)の伝送に対応する。ボリュームはNISSHINBOの「MUSES72323」を左右独立で使用。ESS DACが標準で持つデジタルボリュームへの切り替えも可能だ。
SERCEモジュールは、32bitのArm Cortex-M(STM32H7)を中心に従来5つのチップに分かれていた機能を集約して、シグナルパスの最適化/合理化を果たしたボード。伝送に伴う音質劣化要因を極力抑えた仕様にしている。
SERCEモジュールで動かすソフトウェア(OS)も自社開発。Ferrum Audioは、ハードからソフトまでを自社で一貫して手掛ける垂直統合型の製品開発が得意だという。豊富なデジタルフィルターも高い処理性能を生かしたものだ。ESS DACが標準で持つフィルターはもちろんだが、すでに述べたように、Sygnalystとともに新たなフィルターを開発。PC向けの高音質音楽プレーヤー「HQPlayer」が搭載するフィルターと同種で、オーディオ機器では世界初だという。「HQ Gauss」(ガウスフィルター)と「HQ Apod.」(アポダイジングフィルター)の2種がある。
また、DDF(Dynamic Digital Filtering)も面白い試み。ユーザー投票で意見を集め、地域やユーザー属性に合わせたフィルターを開発していこうとするもので、結果は後日のアップデートなどに反映する。WANDLAのソフトウェアは、WindowsおよびmacOSに対応した「Ferrum Control App」を使って簡便なアップデートが可能。ユーザーとともに進化し続ける機器になっている。
ESS9038 PROは電流出力が大きく高負荷であるため、I/V変換回路の性能も問われる。そこで高速かつ高スルーレートのI/V変換回路を新規に開発したという。DACチップはメーカーによって音の傾向があると言われがちだが、これはDAC ICを選ぶとその周辺に置く回路の設計もある程度決まってしまうからとも言える。WANDLAはDAC ICからの出力を受けるI/V回路を自社開発したことで、「ESS DAC搭載機種の音はこう」という固定観念を打ち破るような、Ferrum Audioらしい音が実現できたという。
I/V変換回路のバッファーにはTIの「BUF634A」を使用。独自のアナログ・アンチエイリアシング・フィルターで低歪み化も図っている。
本体には光、同軸、USBといった一般的なデジタル入力端子のほかに、I2S入力やHDMIケーブルを使ったeARC入力、アナログ入力を装備。I2Sは電子基板上で音声信号をやり取りする規格で、いわばPCのバスに流れているデータを変換なくそのまま入力できるものと言える。eARCについては最近搭載機種が増えているが、テレビ本体、またそのテレビにつながっている機器の音声を簡便に再生できるため音楽再生以外の利用シーンが広がる。
20年以上の取り組みを通じて、オーディオのあり方に疑問を持った
ハメラ氏は1970年生まれ。ポーランドの首都ワルシャワの南にある古都チェンストホバで、鍛冶職人・鉄鋼業を営む家庭に生まれた。ちなみに、Ferrumは鉄を意味するラテン語だ。同社のロゴは元素記号で鉄を示すFe。フロントパネルのカラーにも鉄錆色が使われている。
ワルシャワ工科大学で電子工学を学び、軍事関係と医療のハードウェア設計に携わったハメラ氏は、卒業後に軍事メーカーWZE Zielonkaに勤務。その傍らで友人とともに音響機器の設計を始め、自らオーディオ製造機器メーカーのHEMも設立した。その後、MYTEK Digitalのミハウ・ユーレビッチ氏と出会い、1998年以降はMYTEK Digitalのビジネスパートナーとして業務用/個人用のオーディオ機器設計を手掛けてきたという。
MYTEK Digitalとの20年に渡るパートナーシップの中で、HEMの規模も拡大し、25名を超える社員を抱えるポーランド最大のハイエンドオーディオ機器メーカーに成長した。一方で、ハメラ氏の中には葛藤があり、「高価になりすぎず、設計や製造方法にも工夫した製品を市場に出したい」という想いが強まっていったという。
その結果として立ち上がったのがFerrum Audioというブランドだ。2019年に設立し、2020年11月に最初の製品である電源サプライHYPSOSが登場し、ヒット作となった。
ハメラ氏の姉はピアノ演奏が得意で家庭では音楽に触れる機会が多かったが、学生時代はポーランドのロックだけでなく、ジャズやオペラなどに興味を持ち、大学時代にはオペラハウスに何度も脚を運んだという。ドイツ音楽、特にベルトルト・ブレヒトの「三文オペラ」が好きなほか、サイクリングや歴史に興味があるとしている。
ちなみに、Ferrum Audioの各製品の名称はHYPSOSの場合、崇高・高見という意味のギリシア語とハイブリッドパワーサプライを組み合わせた造語、OORはオランダ語の耳、ERCOはエスペラント語の鉄鉱石といった形で、ヨーロッパのさまざまな言語に由来している。
コンパクトな筐体に詰め込んだ技術的なこだわり
以下、会見での質疑応答を抜粋して紹介する。
── パワーサプライをFerrum Audioの最初に選んだ理由は?
「Mytekの顧客と話す中で、電源の話が多く出た。世の中にはリニア電源を搭載した製品があふれているが、これを導入しても音が良くならないというコメントが多かった。問題は低周波にあると考えている。外付けの強化電源では、他の機器に接続するためのケーブルが長くて細くなりがちで、電流値が高い場合に問題になることに気付いた。110V、220Vといった高い電圧であれば電流値は低いが、12Vでは電流値が高くなる。たどり着いたのがスイッチング電源とリニア電源のハイブリット型という発想だった。HYPSOSは電圧の設定を自由に設定できるのが大きな特徴。電気的な知識がないとリスクにもなるが、ソフトウェアによる制御も入れている。1週間で初期ロットが完売するなど成果を上げられた」
── SERCEモジュールはチップを指すのか? また外部供給の可能性はあるか。
「SERCEモジュールはチップではなくボードを指す。これだけで一連の機能を提供できる。開発費を回収したいという意図もあり、OEM供給についてはすでに開始している。自社ブランドの別製品への展開も検討中だが、まだ公表できる情報はない」
── 製品開発の方法はどうしているか?
「製品の開発に当たっては何を実現するかの検討から入る。どのような機能を持たせるか、そして外観/操作性をどうするかという2つの側面があり、両者がリンクする場合も独立して検討しなければならない場合もある。こだわっているのはシンプルな設計だ。ここはアナログ部の設計に関しても、アップサンプリングフィルターについても同様だ。WANDLAのハード開発においてはI/V変換回路がブレークスルーとなった。ここを可能な限りシンプルに設計できたのが、高音質を実現できた理由となっている。
われわれは7名からなるR&Dチームを持っていて、そのうち3名がハードを担当している。設計に際しては、技術担当者が最初にコンピューターシミュレーションで回路を設計。その結果、3つの回路が候補に挙がり、テストして計測した。結果は興味深く、一番簡素な回路が最も結果が良かった。7種類の異なるテスト品を製造し、聴覚的にも判断したがその評価には数ヵ月を要した。設計、シミュレーション、実装、聴覚テスト、品評を繰り返す段階を追ったテスト手法はI/V回路の開発で最初に取り入れ、メインボードやボリュームでも同じ方法を利用した。WANDLAはミニマリズムを追究した製品と言える」
──ネットワーク機能搭載製品の投入は計画しているか?
「将来的にはあり得る。しかし、チャレンジが必要だ。われわれは垂直統合型の製品開発が強みで、ハードからソフトまですべて自社開発している。しかし、ネットワーク機器では異なる。規模の大きな開発が求められ、設計に時間がかかる。いずれにせよ、よくある機能を取り入れて、中を見たらあれと同じだった……と指摘されるような製品は作りたくないと思っている」
──アナログボリュームとデジタルボリュームはどう使い分けるのがいい?
「ボリュームの実現には大きく3つの方法がある。アッテネーターを通す方法、ポテンショメーターの使用、電子ボリュームの使用だ。このうちポテンションメーターは、リモコンが使えなくなるので候補から外れた。今回はMUSEを使ったアナログボリュームと、DAC ICのデジタルボリュームを組み合わせた。音はアナログボリュームのほうがいいが、ESSのDACは標準でデジタルボリュームの機能が付いているのでこれも残して選べるようにした。開発当初はデジタルボリュームを使ったほうがいい音だったが、ボードを改良し、回路にも革新的なアイデアを取り入れることで、それを上回る音になった。アナログボリュームを推奨したい。ただし、それぞれにメリット/デメリットがあるので、最終的にはユーザーの好みに合わせて使ってもらいたい」
なお、これ以外にも外部クロック入力端子を省略している理由や別サイズの筐体でシリーズを展開する予定があるかといった質問を個別にしてみた。前者については内部クロックの性能(DACチップ近傍にAbracon製の超低ノイズ100MHz水晶クロックを配置)が非常に高く、ジッターなどの影響を排除した再生が可能であること、外部クロックは高音質になると思われがちだが、内蔵クロックのほうが高性能が得られるため、スタジオなど複数の機器で同期をとる必要があるのでなければ内蔵クロックのほうが優れているとのこと。後者については、選択肢としてあるとすればより大きな筐体だが、デスク上にも手軽に置けるコンパクトなサイズであることの価値を重視して現在のサイズを選択しているとのことだった。
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