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「生命工学の研究に没頭できる絶好のチャンス」覚醒PM・東北大の阿部敬悦教授

ASCII.jp / 2024年5月6日 14時30分

東北大学大学院農学研究科 教授 阿部敬悦氏

1981年 東北大学農学部農芸化学科卒業後、キッコーマン(株)に入社、1996年 同社研究本部 微生物グループリーダー。この間、細菌、糸状菌の研究開発・工業化に従事。1999年 東北大学大学院農学研究科 助教授、2009年 同 教授、現在に至る。大学では基礎と応用が表裏一体となった微生物研究を行っている。2019年 同 研究科長・学部長 (~2022年)。2019年 日本農芸化学会副会長 (~2021年)、2020年 JST 創発的研究支援事業PO (~現在)、2023年NEDO GI基金 社会実装委員会委員 (~現在)。2022年 日本農芸化学会功績賞。専門:応用微生物学

応用生物学のキーテクノロジーを究める

――今回から「覚醒」プロジェクトに新たに加わった「生命工学」、中でも阿部先生が関わる応用微生物学分野の昨今のトレンドを教えてください。

阿部 CO2削減のため従来の化石燃料由来の化成品から、生物由来の化成品への転換が重要なテーマとなっています。それも日本では食料との競合を避けるため、植物の非可食部分から糖質を採取して微生物発酵によりプラスチック原料に変える、あるいはより挑戦的には微生物や藻類を利用してCO2を直接固定化・還元しながら化成品原料を製造する技術開発が進みつつります。ただプラスチックを見ればわかるように、石油化学製品は耐熱性など物性に優れています。それに比べると生物化成品は原料に制約があるため、まだ石油化学製品並みとはいかない弱点もあります。このギャップを埋めるための技術開発に重点が置かれています。

――具体的には、どのような技術開発でしょうか。

阿部 たとえば生物化成品と他の材料とを組み合わせて物性に優れる混合材料を製造する研究開発や、合成生物学の知見を活用して合成高分子に近い物性が出せる出発原料を糖質やCO2から生産する研究開発が行われています。新しい素材開発により、これまで生物化成品の弱点であった物性も改良されつつあります。その背景となるのが、ゲノム解析技術の向上により未培養の微生物のゲノム解析までもが可能となり、併せて生物情報解析技術の進歩も伴って、新奇の代謝系や酵素反応の予測や新奇生合成系の構築を可能とする技術開発の進展です。それらの新奇の代謝系や酵素反応を活用した新奇物質の創成や、従来は化石燃料から製造していた化成品原料の代替の可能性も高まっています。

――進化の著しい生物工学の中で、阿部先生はどのような研究をされているのでしょうか。

阿部 私の研究テーマは大きく3つあり、糸状菌(カビ)の培養技術、カビの生産する界面活性タンパク質ハイドロフォビンの利活用、そして発酵微生物の物質輸送体です。糸状菌は産業用酵素や抗生物質・低分子化成品などの数百kL(キロリットル)規模の大規模発酵生産に用いられてきました。糸状菌は酵母などの単細胞生物と異なり、細胞が連なった紐状の菌糸形態で生育する真核微生物です。糸状菌の工業液体培養では菌体の生育に伴い、培養液粘度の上昇と菌糸凝集が起こりスケールアップの大きな障害となっていました。我々は菌糸の接着因子を発見し、接着因子を欠損させることで菌糸が完全分散し且つ低粘度化することで高密度培養を可能とする新技術を開発しました。現在、数値流体解析なども導入して、スケールアップに関する研究開発および国内外への技術移転を行なっています。

 ハイドロフォビンとは、カビが植物に感染する際に植物の疎水的なワックス層に吸着するために菌糸細胞の表面を疎水化するタンパク質です。この界面活性の強い低分子タンパク質は化成品としての産業利用の可能性が高く、その物性の把握や大量生産に挑戦しています。また微生物を用いた生物化成品の発酵生産では、細胞内で生合成された産物の細胞外への排出輸送が律速になることが多く、生産した物質を細胞外に排出する排出輸送体の探索や利活用の研究を行なっています。

 まとめるなら、微生物が備えている新たなシステムの探索やそれらのメカニズムを解明し、それらを活用して生産性の改善や量産化につなげる研究開発と言えます。

東北大学大学院農学研究科教授の阿部敬悦氏(インタビューはオンラインで実施した)

「覚醒」は次世代を切り拓くインキュベーション

――今回の「覚醒」プロジェクトの意義をどのように考えておられますか。

阿部 私は産業界とアカデミアの両方でキャリアを重ねてきました。その経験を踏まえるなら、産業界では事業化の加速のために研究開発のサイクルが短くなりがちで、どうしても研究開発を深く掘り下げることが困難になっています。一方、今のサイエンスの世界では、深く堀り下げると同時に横方向への展開も急速に進められています。現代のビジネスでは深まる最新の研究成果を複合領域で迅速に事業に取り込んでいく必要があるのですが、もはや企業だけではそのような状況には対応できず、革新的なアイデアの創造は難しいのが実情です。

 そこで期待されるのが「覚醒」のようなプロジェクトです。中でもまだ何にも束縛されていない若手研究者、博士や修士課程の大学院生がおもしろいアイデアを思いつき、研究に没頭できる点に期待しています。

 そこに産総研が加わる体制に大きな意義があると思います。産総研には幅広い産業技術に関する情報の蓄積があり、多様な研究領域とそれを支える経験豊富な研究者たちがいます。システマティックかつ俯瞰的な視野を持った人たちが、プロジェクトを通じて若い研究者や大学院生に手を差し伸べてくれることは大きな恩恵となるはずです。

――阿部先生ご自身は、PMとして若手研究者をどのように支援されますか。

阿部 基礎的な研究は面白いがゆえに、没頭してしまうと外に目が向かなくなりがちです。そこで、基礎研究を中心に据えつつも、若手研究者に研究と社会のつながりの意識づけを支援するのが、自分の役割と考えています。社会とのつながりを視野に入れて考えれば、時間軸を長く取った研究計画を立てた際にも、短期的、中期的マイルストーンも意識することが出来ると思います。

一方では研究者のキャリア開発にも力を入れたいと思います。欧米と違って、日本の産業界において博士号取得者の採用が少ない現状に強い危機感を抱いています。世界の産業界では、研究開発の主体は博士号取得者が担っており、最新のサイエンスの成果をビジネスに迅速に取り込んでいるのに対して、これまで修士中心の研究者採用を行なってきた日本企業の研究開発体制ではサイエンスの成果を事業に迅速に取り込めていません。若手研究者や大学院生がアカデミアのみならず産業界や産業技術を意識することや、産業技術と関連するキャリア形成の支援にも力を入れたいと思います。産総研には、産業技術に関連する研究開発環境が整備されており、本プロジェクトは良いプログラムになっていると思います。

——「覚醒」プロジェクトに応募する研究者には何を期待されますか。

阿部 ぜひチャレンジングなテーマを考えてほしいですし、中長期の目標と同時に数年スパンでのマイルストーンの具体化までを視野に入れておいてほしいです。だからといって最初から完璧なプランである必要はなく、プロジェクトを進める中でPMや産総研の研究者の方々と一緒に考えていけばよいと思います。そもそも生命工学の領域において、プロジェクト期間の9カ月で成果を出すのは困難です。ですから覚醒プロジェクトはあくまで、チャレンジするきっかけとして捉えてもらえればよいのではないでしょうか。

――最後に、「覚醒」への応募を考えている研究者へのメッセージをお願いします。

阿部 まず目標自体は挑戦的である程度長期的な目標を定めながらも、そこに到るための手段にもしっかり目を向けてください。研究開発では、目標とそこに到達する手段が乖離していることが多く、その両方を調和させることが重要ですので、両方を視野に入れておく必要があります。時間経過と共に取れる手段も変化します。手段を具体的に考えることで、マイルストーンも明確になります。その点、覚醒プログラムでは、産総研の多様なサポートを得られるのが大きなメリットとなります。大学とは異なる実践的な環境で取り組む研究の魅力を、ぜひ身を持って確かめてください。

覚醒プロジェクト募集概要

応募締切:2024年5⽉7⽇(火)12:00 応募対象: 大学院生、社会人(大学や研究機関、企業等に所属していること) ※2024年4月1日時点で、学士取得後15年以内であること。 対象領域: ・AI ・生命工学 ・材料・化学 ・量子 研究実施期間: 2024年7月1日(月)〜2025年3月31日(金) ※9カ月間 支援内容: ・1研究テーマあたり300万円の事業費(給与+研究費)を支援 ・AI橋渡しクラウド(AI Bridging Cloud Infrastructure, ABCI)やマテリアル・プロセスイノベーション プラットフォーム(Materials Process Innovation, MPIプラットフォーム)などの産総研保有の最先端研究施設を無償利用 ・トップレベルの研究者であるプロジェクトマネージャー(PM)による指導・助言 ・事業終了後もPMや参加者による情報交換の場(アラムナイネットワーク)への参加 応募・詳細: 覚醒プロジェクト公式サイト

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