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「むこ」を腹いせに崖から投げる!? 300年続く豪快な祭り「むこ投げ」に行ってきた。【新潟県・松之山温泉】

CREA WEB / 2024年2月25日 11時0分


投げられに崖に向かう「むこ」。

 雪深い新潟県十日町市の松之山温泉で、300年の歴史を持つ奇妙な祭りが行われているのをご存じだろうか。自分の村の娘と結婚したよその村の「むこ」を腹いせに投げたことから始まったとされる「むこ投げ」。大雪が降る中、この豪快かつユニークな祭りを取材してきた。


猛烈に雪が降っていたが……

「むこ」を崖の上から投げ落とす、その名も「むこ投げ」。どストレートな名前のこの祭りは、新潟県十日町市の松之山温泉に伝わる小正月の立派な行事のひとつである。何でもその昔、村の男たちが「よその村の男に村の娘をとられて悔しいから投げた」という、これまた「ええええ?」な理由から始まったといわれる。そんな男の嫉妬がいつしか行事に昇格して300年も続いているのだから祭りって面白い。

「むこ投げ」当日、上越新幹線で新潟へと向かった。青空の広がっていた東京とは打って変わって越後湯沢駅は猛烈に雪が降っていた。ホームに降りれば、屋根の隙間から見える空はどんよりと暗く、ビチビチと礫のような雪が当たる。「ひっ!」と顔を覆うと、地元の人らしきおばあさんに「え~? これくらい普通だが」と笑われてしまった。


豪雪! と思いきやこれでも雪が少ないそう。松之山温泉に向かうバスの窓から。

「関東平野だったら電車も止まるし、救急車が走り回ります」

「降る時はもっと降るすけ。おねーさん、どこさいくだ?」

「松之山温泉のむこ投げに。こんな吹雪じゃお祭りができるか心配です」

「んあ? 雪ん中飛び込むんだーすけ、雪はふっとつ(たくさん)あったほうがいいさ~」

 と、さらに笑われてしまった。そりゃ、ごもっとも。

 バスに1時間ほど揺られていると、長野県との県境、十日町市にある松之山温泉郷が見えてきた。この温泉郷は、今から700年ほど前、山に入った一人の木こりによって発見されたそう。一羽の鷹が傷ついた羽を休めているので、不思議に思って近づいたところ熱泉を発見したことから、松之山温泉の源泉名は「鷹の湯」と呼ばれている。

 古い町並みが残るメインロードを歩いてみよう。多い年には4メートル以上の雪が積もるという日本有数の豪雪地帯だけあって路肩には雪がこんもり。目を開けていられないほどのぼた雪でも地元の小学生は手袋も傘もなしでノシノシと歩いている。おばあさんの言った通り、このくらいは普通なのか。

娘をとられたやっかみから始まったといわれる「むこ投げ」

 その時、道の先からブオオオ! とホラ貝の音が聞こえてきた。駆けつけてみれば、「担ぎ出し」といって、本日投げられる和服姿の「むこ」2人が騎馬戦のようにそれぞれ3人組に担がれてちょうど旅館を出発するところであった。2人の「むこ」は、これから投げられるというのに、ニコニコと笑顔である。


旅館を出発する2組の「むこ」と新妻。

 聞けば、担いでいるのはそれぞれの「むこ」の友人たちで、着物姿で寄り添っている女性が新妻だそう。ホラ貝の高らかな音とともに出発。「わっしょい! わっしょい!」の掛け声に合わせて一行は温泉街を抜けた先にある施設「湯守処 地炉(じろ)」へ向かう。途中、沿道の住民からは「おめでとう!」と声がかかる。


旅館を出発する「むこ」たち。投げられるまでは足を地面につけてはいけないそう。

雪が舞う中、仲間たちに担がれて「地炉」に向かう。

温泉街のはずれにある「地炉」で休憩と宴会。

「地炉」とはいろりのこと。体験施設でもある「湯守処 地炉」は築100年の古民家を移築した施設で、温泉街の人たちの寄り合い所としても使われているらしい。ここで新婚夫婦の親族や松之山温泉の人々が酒を酌み交わす。宴もたけなわの頃を見計らって地元の人に話を聞いてみた。


地元の人や親戚が集まって祝杯と激励!

「むこ投げの起源がおもしぇって? よその集落の男に村の娘、とられて、悔し~!! って。おめでとう半分、悔しさ半分だったんでねっかな。そんで小正月に嫁の実家に泊まりにきた『むこ』を村の男たちが家に押し掛けて担いでさらって、神社から投げた。それが行事になったっそうだよ」

 村の男たちはどれほど悔しかったのか。最初に投げられた「むこ」の妻は、よっぽどかわいくて気立てのいい村娘だったのだろう。みんなが狙っとったマドンナとられて悔しいぞ! せめてあいつ雪の中に投げるか! ……そんな男衆の荒っぽい歓迎に、当時の「むこ」はずいぶん戸惑ったに違いない。


酒を酌み交わして盛り上がる。

 一方でこんな話も聞いた。

「元々はこの温泉街のある湯本集落ではのうて隣の天水越集落の行事でね。同じ松之山地域同士なんだども、戦後、天水越集落では冬場に出稼ぎで男衆がいのなるすけ、もう続けられんくなって。伝統が消えてしまうのはもったいねえと湯本で引き継いだんだ」

なぜ自ら投げられに?

 それからさらに時代は進み、10年ほど前から「むこ」は住人だけではなく、公募も行われるようになった。すると応募が殺到。世の中には、二階建ての屋根ほどもある約5メートルの高さから自ら進んで投げられたいと思うちょっと変な……いや勇敢な人がそんなにいるのか。今年の「むこ」2人に話を聞いてみよう。

 大学の同級生である史織さんと結婚した千葉県出身の佐藤貴紀さんは、両親が松之山の出身で、幼いころから松之山に遊びに来ていた。むこ投げには「楽しい思い出に」と自ら応募したそう。今日は学生時代のラグビー部の友人たちも駆けつけて担いでくれている。


挨拶する佐藤さん夫婦。「こんな大雪を見たのは初めてです。大きく飛んでほしいですね」と妻の史織さん。

 息子が崖から投げ飛ばされるのは心配ではないのか? 宴会場にいらした貴紀さんの母上にもお話を聞きにいったところ「私も夫も、むこ投げを見るのが好きだったんですよ。でも私たちの若い頃は集落が違うと投げてもらえなかったんです。だから息子が飛ぶのは嬉しいですね。心配? ぜんぜんしてません! あっはっは!」と豪快に笑い飛ばされた。

 もう一人、着物が似合う優美さんと結婚した東京都在住の岡田文朗さんはこう話す。

「母が松之山の出身で、僕もむこ投げがあるのは知っていたんです。しかし公募が始まっても兄たちは応募せず。母にとって私は末っ子の息子なので最後のチャンス。『応募するからよろしくね』と半ば強制で(笑)。でも、今は楽しみ。思い切って飛んできます」


岡田夫妻。「昨日は雪があまりなくて心配だったんですけど、今日はふかふかですから安心しています」と妻の優美さん。

いよいよ薬師堂へ

 宴会が終わり、いよいよ「むこ投げ」の舞台となる薬師堂へと向かう。道路は途切れ、険しい山道を登っていく。一行より先に薬師堂に着いてびっくり。斜め45度くらいの急坂だろうと勝手に想像していたら、ほぼ断崖絶壁じゃないか!! 佐藤さんのお母さん、全く心配してないと笑っていたけれど、私のほうが心配になるよ!


薬師堂まではかなりの急坂を登っていく。

 猛烈に雪が降る中、薬師堂の下にはすでにたくさんの人が集まっており、「むこ」たちが来るのを今か今かと待ち構えている。ブオオオ! とホラ貝を吹く音が下から聞こえて、担がれた「むこ」たちが姿を現した。担ぐ友人たちも急坂で大変だ。長靴が滑らないかハラハラする。


薬師堂に向かう「むこ」一行。テレビカメラにも雪が積もる。

 崖の上の境内に「むこ」一行が到着し、いよいよ! とカメラを構えると、「もうちょっと待って~! 松之山の子どもたちが来まーす! 道を空けてあげてください」と声がかかる。わいわい、きゃあきゃあと小さな子たちが雪道を登ってきた。この子たちもいつかここから飛ぶ日が来るのかもしれない。

 そして、「みなさま、お待たせしましたあ!」というアナウンスが雪山にこだまし、ついに担がれた「むこ」が崖の上に姿を現した! 岡田さん、佐藤さんは無事に飛べるのか!? 「むこ」の捨て身のジャンプに手に汗握る後編に続く。

■旅メモ
名湯の誉れ高い松之山温泉郷へ!


松之山温泉「ひなの宿 ちとせ」の雪見風呂。

有馬、草津と並び日本三大薬湯のひとつに数えられる新潟県十日町市の松之山温泉郷。湯は塩分が強いため冬でも湯冷めしにくい。宿泊はもちろん、体験施設「地炉」の足湯や、日帰り温泉施設の松之山温泉センター「鷹の湯」(大人:500円 ※4/1~600円)も。車の場合は、関越自動車道塩沢石打ICから約60分。電車の場合は、北越急行ほくほく線「まつだい駅」からタクシーで約20分、もしくは路線バスで約25分。

白石あづさ

ライター&フォトグラファー。3年にわたる世界放浪後、旅行誌や週刊誌を中心に執筆。著書にノンフィクション「お天道様は見てる 尾畠春夫のことば」「佐々井秀嶺、インドに笑う」(共に文藝春秋)、世界一周旅行エッセイ「世界のへんな肉」(新潮文庫)など。「おとなの週末」(講談社BC)本誌にて「白石あづさの奇天烈ミュージアム」、WEB版にて「世界のへんな夜」を連載中。X(旧Twitter) @Azusa_Shiraishi

文・撮影=白石あづさ

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