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「不要論」跋扈の登録販売者、その誕生秘話

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年12月18日 20時58分

katleho Seisa/iStock

一般用医薬品(OTC)の販売を担う登録販売者(登販)制度の新設は、実は画期的な制度改正だった。議論が行われていた当時は、独占権を持つ薬剤師会からの反発、思惑が錯綜した薬種商、また新設を切望していたドラッグストア(DgS)業界など、調整は一筋縄ではいかなかった。今回は登販が誕生した経緯について振り返る。
本稿は全6回からなる短期集中連載「忍び寄る登録販売者『不要論』」の第4回です。

katleho Seisa/iStock

登販制度誕生は薬剤師不在問題がきっかけ

 話は1998年秋、25年前に遡る。

 NHKが突如、「DgSの5店に1店は薬剤師が不在」と報じた。「DgSには薬剤師がいない」「薬剤師の名義貸しが横行している」などといった調査報道を繰り返したのだ。薬剤師不在問題の始まりだった。スクープ報道の2日後には、首都圏1都5県の自治体がDgS店舗へ一斉立ち入り検査を実施。1カ月後にはDgS店舗の「30%で薬剤師が不在」と調査結果を公表した。さらにその1カ月後、厚生省(当時)は医薬安全局長名で「開店中の薬剤師の常駐配置」徹底を通達。完全にDgSをターゲットにした問題提起だった。

 対してDgS業界は爆発寸前。それまで統一の業界団体が存在しなかったなかで1999年6月、162社が団結し日本チェーンドラッグストア協会(JACDS)を設立した。初代会長に就いたマツモトキヨシ(千葉県)の松本南海雄氏は、薬剤師不在問題を最重要課題に掲げ、行政との対決姿勢を鮮明に打ち出した。この時の薬事法では、薬剤師が店舗を「実地に管理する」といった規定のみで、すべてのOTCを常に薬剤師が販売しなければならないという「法的根拠がない」と訴えたのだ。

 一方、行政側も一歩も引かなかった。厚生省は薬剤師の勤務実態の確認を促し、改善されない店舗には行政処分を下すと告知。処分までの概要図まで全国の自治体に示した。それに従って、各都道府県も指導を徹底。行政対JACDSの戦いは数年間続くこととなる。

 2003年には、ディスカウントストアのドン・キホーテ(東京都)がOTCの「テレビ電話販売」で規制緩和に揺さ振りをかけ、当時の石原慎太郎都知事がドン・キホーテを支持するなど、薬剤師不在問題はターニングポイントを迎えた。そこに登場したのが厚生省キャリア官僚のエースと目されていた阿曽沼慎司氏だった(後に事務次官に就任)。阿曽沼氏は医薬安全局長に就任すると、2004年5月に厚生科学審議会に医薬品販売制度改正検討部会を設置。医師会や薬剤師会の代表、有識者に加え、敵対していたJACDS代表や、サリドマイド被害者を委員に抜擢した。薬事法大改正に「本気」で乗り出したのだった。

担当官僚がドロップアウトしてしまうくらいの難テーマ

 医薬品販売制度改正検討部会は、2004年から2005年までに23回の会合を重ね、さらに下部組織としてOTCのリスク区分を検討する専門委員会も14回の議論を行った。合計37回もの検討を敢行した格好だ。薬事法大改正に相応しい、それなりに濃厚濃密で長期間の議論だった。それだけ“揉めた”テーマだったわけだ。

 なかでもとくに、登販制度の新設は難課題のひとつだった。新たな「専門家」の創設に薬剤師会は反発。薬種商協会も個人資格への移行には賛成していたものの、資格取得のハードルが下がる点には警戒し、会内で賛否が分かれた。実際、こうした関係者間の根回し、ネゴシエーションは難航を極めた。調整を担当していた厚生省の官僚は心身喪失し、第一線を退いてしまったほどだ。官僚のひとりがドロップアウトしてしまうくらいの難テーマだったのだ。

 この窮地を救ったのがJACDS事務総長の宗像守氏(故人)だった。ほとんどの根回し、ネゴを一手に引き受け、落しどころへと導いた。2006年に成立した改正薬事法は、店舗にOTC販売の許可を与えていた薬種商販売業を、個人が取得できる新資格として登録販売者に改組。同時にOTCを副作用などの安全面から3分類し、薬剤師に販売を限定した第1類と、登販でも販売可能な第2類、第3類に再編した。

 ちなみに、このときキーとなったのが風邪薬や鎮痛薬。改正検討部会では副作用の状況やその発現比率から第1類に規定すべきといった意見が、薬剤師や有識者、薬害被害者の代表から上がっていた。議論の流れもその方向にあった。なぜなら、サリドマイド副作用で両腕に障害が残る薬害被害の当事者が、切々と安全性を訴えれば誰も反論などできない。一方、風邪薬は薬局・薬店にとって大事な商材だ。売上、利益もさることながら、風邪薬を置いていない店舗など消費者から見放されるのは眼に見えていた。難航の末、第2類のなかでも販売規定を若干上乗せした「指定第2類」を付け加え、軟着陸したのだった。

 風邪薬の第1類への指定見送りを決めた会合の直後、薬害被害者の委員が大粒の涙を流しながら、肩を落としていた姿が印象に残る。ただその傍ら、風邪薬を第2類にしたことで、規制緩和推進派の矛先を納められるという手応えも関係者にはあった。薬剤師ではない新たな資格者、登販が販売を担えれば人気商材は確保できる。そういった空気感が業界内には漂っていた。ところが波乱が起きた。

 検討会報告書では、インターネット販売については第1類が不可、第3類は可と明示していたものの、第2類は明確な方向性を示していなかった。それでも登販が販売を担う第2類もネット販売可能と見られていた。関係者のほとんどがそう捉えていたのだが、最後の最後に暗転。薬剤師会代表がウラでネゴシエーションを仕掛け、ネット販売は第3類に限定してしまったのだ。規制緩和派、特にネット通販業者が猛反発したのは言うまでもない。その後、訴訟に発展し、最高裁では国が逆転敗訴。結果、ネット販売は第1類を含む全OTCが解禁となった。あのとき、余計な動きをせずに第2類までネット販売可能にしておけば、現在のスイッチ停滞やさらなる規制緩和要求は収まっていたかもしれない。

 話が逸れたが、要は元をただせば薬剤師不在問題がDgS業界を奮起してJACDSの創設に結び付き、行政との制度論争に発展。改正薬事法に帰着し、登販制度が誕生したという流れだ。薬剤師不在問題が新たな専門家を創成させたのである。(つづく)

●連載「忍び寄る登録販売者『不要論』」
第1回 忍び寄る登録販売者「不要論」 新資格に突き付けられた最大の危機とは
第2回 JACDS代表も反対せず…厚労省検討会で露になった登録販売者「不要論」
第3回 厚労省が誓約書を要請……阻止できなかった登録販売者「不要論」のウラ事情

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