国葬は閑散、国民葬は長蛇の列(上)国葬の現在・過去・未来 その3
Japan In-depth / 2022年9月22日 7時0分
山県自身、明治期の政治的混乱の中で、幾度か失脚の危機にさらされたが、その都度うまく立ち回って権力の座にとどまることができたのは、ひとえに長州人脈の力だと考えていたようだ。その反動と言うべきか、自身を政治的に追い詰めた議会政治家や民権派の新聞に対しては、不信感を隠そうともしなかった。
大日本帝国憲法の制定に至る過程で、伊藤博文はドイツ(=プロイセン)の世に言うビスマルク憲法を手本にしたと前回述べたが、山形もまたビスマルクと、その参謀総長であったモルトケを非常に尊敬し、ドイツ流軍学をもって日本陸軍の手本とした。前述の椿山荘に二人の銅像を飾ったという逸話もある。
いずれにせよ、大衆的人気を得られるタイプの政治家とはほど遠かった。
さらに言えば、大正という時代の世相も無関係とは考えにくい。
大正デモクラシーという言葉は、今や歴史教科書の片隅にあるくらいなものだが、もともとは「民力休養」を求める世論に端を発している。
明治の日本は、日清・日露の戦役で勝利を博し、世界の一等国と肩を並べた、と自負するまでになったが、そのために払った犠牲もまことに大きなものであった。
とりわけ日露戦争においては、海軍が作戦の妙を得てロシアのバルチック艦隊を屠ったのに対し、陸軍は苦戦の連続で、機関銃など最新装備の敵に対し、銃剣突撃を繰り返した。あまり知られていない事実だが、死傷者の数を見比べると、日本軍の方がかなり多かったのである。
山県が主導した徴兵制度の評判もひどく悪く、新兵に対するイジメなどを指して「徴兵・懲役一字の違い」とまで言われていた。
このような背景から、そろそろ軍備拡大に歯止めをかけ、国民の税負担を軽減すべきではないか、と主張する人が増えはじめた。これが「民力休養」の具体的な意味であることは、言うまでもない。
これだけなら、御説ごもっとも、と受け取る向きもあろうが、現実はそこまで単純な話ではなかった。「民力休養」を願う気持ちが、莫大な国家予算を毎年受け取っていた軍隊を「税金泥棒」と見なすような風潮に転化され、食堂やカフェーでは軍服を着ていると居心地が悪く、女学校を出た娘は軍人の嫁になりたがらない、という世相になっていたのだ。どうも日本人は、なにかしらの対象を見つけると、よってたかってバッシングを加えることが正義だと考えがちなのではないだろうか。
その判断は読者に委ねるとして、民衆の目に「長の陸軍の親玉」と映った山県有朋の国葬が、いたって寂しいものになってしまった理由は、ご理解いただけたことと思う。
現在と違って、天皇の勅令によって国葬と決まったものであるからには、表だって反対の意思表示などできなかったが、市井の臣民と言えど「参加しない自由」くらいはあると考えられたのである。
一方の大隈重信については、なぜ国葬でなく国民葬であったのかという問題も含めて、次回語らせていただこう。
(その1、その2。つづく)
トップ写真:大山巌の葬儀に出席する山県有朋(左)。1916年12月17日 出典:Photo by Hulton Archive/Getty Images
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