京アニ事件連載「理由」に坂田記念ジャーナリズム賞 描き出した「極悪」の正体と社会の闇
京都新聞 / 2024年3月27日 17時0分
関西が拠点の優れた報道活動に贈られる「第31回坂田記念ジャーナリズム賞」の表彰式が27日、大阪市北区のクラブ関西であった。京都アニメーション放火殺人事件のシリーズ連載「理由」と公判報道で同賞第1部門(スクープ・企画報道)を受賞した京都新聞社取材班代表に賞状が手渡された。
京アニ事件連載「理由」
取材班は、36人が死亡、32人が重軽傷を負った同事件で、発生から4年を経た2023年9月5日に京都地裁で公判が始まるのを機に、改めて被告の人物像や遺族の心情をたどり、事件が浮き彫りにした社会のひずみを描き出した。全23回にわたる公判の詳細な記録も紙面とウェブで伝えた。
同賞を主催する公益財団法人「坂田記念ジャーナリズム振興財団」の赤木攻理事長から賞状を受け取った京都新聞社の渋谷哲也報道部社会担当部長は「事件をなぜ食い止められなかったのか。どうすれば、二度と悲惨な事件が起きない社会を構築できるのか。検証すべき課題は多い。地元紙の使命として5年先、10年先、20年先も常に問い続けていく」とあいさつした。
同賞の選考委員会は京都新聞の一連の報道について「事件の実態を知り、原因を究明するという役割とともに、地域に生きた人々の『記憶』を記録するという地域ジャーナリズムのもう一つの役割を見事に果たした」とした。
◇
殺人罪などに問われた青葉真司被告(45)の公判を目前に掲載した連載第1部「裁きの時」は、2019年7月18日、雨粒が打ちつけ、喧騒に包まれた京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)前の描写から始まる。「いてもたってもいられなくて」と、事件現場に駆けつけて嗚咽(おえつ)した若手アニメーターの祖父は、時を経てもなお「できるなら会いたい」と願い、帰らぬ孫を思い何度も現場を訪ねる。
まな娘の命を奪った相手の判決を聞くことなく逝った人もいた。また、在りし日の息子の姿を実名とともに記者へ語ってきた父親は、公判でその名を匿(かくま)う決断を下した。それぞれの遺族に流れた無情の歳月を紙面に刻んだ。
公判は23年9月5日に京都地裁で始まった。傍聴人で満杯の法廷で、青葉被告は貧困と虐待、孤立にあえいだ半生を淡々と語った。審理の取材と並行し、彼が育った関東で足取りを追った記録が、第2部「『極悪』の正体」だ。記者が行き着いた母親は「もう関係ないですから」と言い放つ。冷え切り、殺伐とした景色。自ら「底辺の論理」に身を染めた男は暴力を選択した。
「そのような状況下にある人々は他にも大勢いるだろう。とすれば再び…の可能性は常にある」。坂田記念ジャーナリズム賞の選考委員会はこう指摘し、言葉を継いだ。「有効な再発防止策は見つけにくいが、社会が準備すべきことを怠ってはなるまい。読後、よぎる思いである」
取材班は、被告の生いたちから浮かび上がる社会の深淵(しんえん)にも目を向けた。23年12月の結審後の第3部「残された問い」では、テーマの一つに「平成不況」を取り上げた。「『ロストジェネレーション(失われた世代)』の教科書」。格差社会を論じる作家は非正規雇用を転々とした被告の境遇に焦点を当てた。
45歳のトラック運転手は、ネットニュースで京アニ裁判の推移をつぶさに追いかけ、同い年の被告と紙一重に思える人生を「怖くなる」と振り返った。同時に、凶行へ走った彼とは違う道を歩めた「分岐点」があったとかみしめる姿を、一つの希望として描いた。
24年1月25日、京都地裁は青葉被告に死刑を言い渡した。判決が持つ意味を識者に問うた第4部「判決考」を挟み、第5部「極刑のあとさき」では死刑をテーマに据えた。今回の裁判で命を奪う「究極の刑罰」を選択した裁判員や、判決を受けた遺族の胸中をたどった。過去の事件にもさかのぼり、知られざる死刑囚の実像を追いかけた。
取材は続いている。なぜ、未来ある36人の人生が不条理に奪われてしまったのか。そこに潜む闇とは何か。凶行は社会をどう波立たせるのか。探し求める「理由」はいくつもある。連載を通じて、二度と大惨事が起こらないようにするための糸口を探りたい。
京都新聞社は、同賞の受賞を契機にホームページ上で、連載「理由」と、公判の詳報を読み返すことができる特集ページを立ち上げた。
京アニ事件連載「理由」
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