夜中ひとりで行儀悪く、鍋から直接ラーメン食べる。私の小さくて大きな「何か」への反抗|『掃除婦のための手引き書』
OTONA SALONE / 2022年5月24日 17時0分
あなたは今週、どんな本を読んでいますか?
国内の読書会のパイオニアにして、日本最大級の読書コミュニティ「猫町倶楽部」のメンバーの皆さんが、働く40代女性のために自分の読書体験をシェア。おすすめの書籍が「自分をどう変えてくれたのか」、その体験を教えてくれる連載です。
今週のオススメ人は、福岡県在住のちーちゃんです。
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はじめまして。福岡県在住のちーちゃんです。小中学生3人の育児をしつつ、フルリモートで仕事をしている40歳を目前にした主婦です。
オンライン読書会の存在を知ったのは約1年前。本を読んで感じたことを語り合う場がこんなに楽しいだなんて!と驚き、あっという間に猫町が私の生活の一部になりました。
しかし、読書会のメインの時間帯は平日20時半~22時15分。いつも子供たちの「あとは寝るだけ」の状態を整えてPCの前に座りますが、日によっては隣の部屋で賑やかにケンカをしていたり、「ママー!」と乱入してきたり、なかなか集中して参加できないこともあります。
そんな私にとって唯一家族を気にせず読書会に没頭できるのが、午前中の読書会<猫町オンライン-マチネ>です。毎月1回、半休を取って参加するマチネの読書会は母でも妻でもないただの「私」になれる貴重な時間です。
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今週の1冊▶『掃除婦のための手引き書』 ルシア・ベルリン
二度目に読んだその本は「ぜんぜん違う本かなって思うくらいに」印象が違った
はじめて「掃除婦のための手引き書」を読んだのは2019年。発売後の話題に乗じて読んだものの、当時の自分にはあまりピンとこなかった。内容よりも「ルシア・ベルリンを読んでいる自分が好き」というのが正直なところで、内容についてはほとんど記憶に残っていなかった。
しかし今年の4月、文庫化のタイミングでマチネの課題本になったことがきっかけで再読したところ、ぐいぐいと作品に引き込まれ、色鮮やかな文章が身体に沁み込んでくる感覚に夢中になって読んだ。
驚いたことは、自分自身の本に対する評価の変化だ。
猫町倶楽部に出入りするようになってからの「四苦八苦しながら本を読了する」という経験が活きたのか、数年の人生経験が私の読み方を変えてくれたのか、何が原因かはわからないが、いずれにせよ再読することで1冊の本の印象がここまで変わる経験は人生ではじめてだった。
アルコール依存という非日常、子どもを学校へ送り出すという日常
『どうにもならない』という作品の中で、彼女は明け方に小銭を握りしめて這うようにウォッカを買いに行く。アルコールが身体に回り動けるようになった彼女は、洗濯機を回し子どもたちの朝食を作り学校へ送り出す。
アルコール依存症という状態になっても、彼女にとって「子どもを学校へ送り出すこと」が「すべきこと」であったことにショックをうけた。
母親になった瞬間に背負わざるを得ないものは、時代や国を超えても共通している。
そのことが悲しくもあり、悔しくもあり、しかしその母親としてのエネルギーに力づけられたのも事実。
普段私は母という役割に縛られることに強い反発を感じることもあるが、その呪縛の強さゆえに彼女は社会との接点を持ち続け、依存症に溺れ切ってしまう状況から自分を救い出すことができたのではないか。
そんな風に感じたのだ。
壮絶すぎる彼女の暮らし。見つめる私の目は、平和で平凡でごくごく普通
ルシア・ベルリンの人生はあまりに壮絶だ。
幼少期のアルコールにまみれた家族と被虐待経験、3度の離婚、4人の息子を抱えてのシングルマザーとしての生活、そしてアルコール依存症とその克服。
全てを投げ出して逃げてしまおうと思えば何度もそのチャンスはあったはずなのに、彼女はそこにとどまり自分の人生をじっと見ている。
その彼女の「目」を通して描かれる絶望にあふれた世界は、不思議なことにとてもヴィヴィッドで美しい。
彼女を取り巻く「どうしようもない」人々が皆、この上なく魅力的なのだ。
彼らは堂々と世界を拒絶する。
自分を傷つける現実に対して怒り、悲しみ、やり場のない痛みを身近な存在にぶつける。
相手をさせられる側はたまったものではないし、それが不幸の連鎖を生むことは理解しているが、それでも、心のどこかで「うらやましい」と感じてしまうのだ。
それだけ自分の傷つきをむき出しにできる彼らに。
あるでしょ?「私だって、全部誰かのせいにしてそのまんまぶん投げたい」ときが
ほんとうは私だって、誰かを傷つけることを恐れずに自分の怒りや悔しさに腕を振り回し、全てを誰かのせいにして不幸せの海で溺れてしまいたい時がある。
しかしどうしても〈子どもを犠牲にしてはいけない〉という呪いからは逃れられず、それを〈母性〉という言葉で正当化して飲み込む。
自分自身を削らなければならない痛みを「家族がいる幸福」という言葉で覆って笑い飛ばす。
One for Allの標語を背負い、たくさんの仮面をつけかえながら生きていくことと、
仮面を投げ捨て、どうにもならない人生から逃げ続けることは、
はたしてどちらが幸せだろうか。
子どもに隠れて口に入れる内緒のチョコレート、鍋から直接食べる行儀の悪いラーメン、夜中の発作的な断捨離行動、心に閉じ込めきれない感情をTwitterに落とすこと、そんな小さな反抗で心のバランスをとりながら今日をこなす。
ルシア・ベルリンの目にこんな私はどう映るだろう。
好奇心とユーモアのスパイスの効いた彼女の「目を背けないまなざし」を通せば、日々の生活に追いたてられている私の平凡な人生も、唯一無二の彩りあふれた世界に見えるだろうか。
彼女の「目だけ」もらえたら、この平凡な日々の一瞬を色鮮やかに切り取ることができるのかな
「ルシア・ベルリンの目が欲しい」と、本を閉じた後に強く思った。
誰かに背中を押されるように歩んでしまい、横目で流し見てしまっている毎日に一歩踏みとどまり、私は私の人生をまっすぐ見て生きていきたい。
そんなことを思いながら今日も、夜中に洗濯機を回す。
ルシア・ベルリン・著、 岸本 佐知子・訳 990円(10%税込)/講談社
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