埼玉発山田うどんが回転看板をやめた理由
プレジデントオンライン / 2019年4月12日 9時15分
■ヒット映画『翔んで埼玉』で再び脚光を浴びる「山田うどん」
大ヒット映画『翔んで埼玉』で、またしても“埼玉のソウルフード”山田うどんが話題だ。ストーリーの要所要所に映り込んでは観客の笑いを誘っているみたいで、<翔んで埼玉×山田うどん>で検索すると、映画の感想とともに、「山田うどんに行きたくなった」というコメントがずらずら出てきて、なんだかみんな楽しそうだ。
こうなることはある程度予想していた。
とくに仕掛けたわけでもないのに、定期的に盛り上がる。埼玉県所沢市に本社を置き、関東だけで展開するローカルうどんチェーンなのに、店舗のない地域に住む人もなぜか名前が知られ、訪れたことも食べたこともないファンが大勢いる不思議なうどん屋、それが山田うどんなのである。
わかりやすい例では、アイドルグループ・ももいろクローバーZ(ももクロ)のファンが挙げられるだろう。ももクロのライブ会場では山田うどんの出店ブースに長蛇の列ができるのがおなじみの光景だ。
これは、マネージャーである川上アキラ氏が、若き日に山田うどんでバイトしていた関係で、売れない時代から名物の“パンチ”(もつ煮込み)をメンバーに食べさせていたのがきっかけだった。そういうことならと、山田サイドも差し入れなどで協力。スーパーアイドルグループとなってからも変わらぬ関係を続けるうちに、ファンの間でももクロと縁のある特別な店として認知されるようになったのである。狙ってそうなったわけではないのだ。
また男性デュオ・吉田山田のファンの聖地は、ふたりの色紙などが飾られている山田うどん蒲田店である。しかし、これも全然仕掛けたものではなく、売り出し中の吉田山田が、名字が一緒ということで山田裕朗社長を訪ねたことに端を発している。では協力しようとなり、店内BGMで曲をかけるようにしたところ、2013年に『日々』が大ヒットし、全国の吉田山田ファンに名前を知られることになった。
■埼玉のソウルフードと言われるが、その味を絶賛する者は少ない
山田うどん自身は何か狙っているわけでもないのに、宣伝費を使うこともなく勝手に知名度が上がってしまう。山田うどんは埼玉県を象徴するアイコンのひとつとなり、“埼玉のソウルフード”と呼ばれる機会もめっきり増えた。
そして、ここが最大の特徴なのだが、ソウルフードとまで言われているのに、その味を絶賛する者は少ないのである。僕も飛び抜けてうまいと思ったことはない。ひとことでいうなら、普通のうどんだ。安くてボリュームがあって、食べるとなんだかホッとする味ではあるが、もっとおいしい店はたくさんある。山田うどんの社員が「うちのうどんは、まぁ普通です。あまり持ち上げないでください」と言うのだから間違いない。
では、何が人々を惹きつけてやまないのか。
■トレードマークのかかしが“愛されキャラ”として定着
それを話し出すと長くなるし、本稿のテーマと離れてしまうので、興味のある方は拙書『愛の山田うどん 廻ってくれ、俺の頭上で!!』『みんなの山田うどん かかしの気持ちは目でわかる』(いずれも河出書房新社)を読んでいただけると幸いだ。
この2冊は2011年、共著者のえのきどいちろうと僕が若き日によく食べていた山田うどんの話で盛り上がったとき、ネットの検索ワードのトップが<山田うどん まずい>となっていることを発見して愕然。再評価運動をしなければ、と燃え上がって作った本(もちろん山田うどんからは何も頼まれていない)。
ちょっと我田引水だが、どうもこのあたりから、山田うどんに追い風が吹き始め、トレードマークのかかしが、“愛されキャラ”として定着してきたように思う。単なるローカルチェーンの域をちょっとはみ出す、面白みのある企業というイメージだ。
■1960年代にいち早く、かかしの絵柄の回転看板を導入
その山田うどんが2018年7月、屋号の変更に踏み切った。
新屋号は「ファミリー食堂 山田うどん食堂」(社名は山田食品産業株式会社で変更なし)。短い中に二度も“食堂”が入っている素人っぽさに、広告代理店を使わない山田らしさが発揮されている。それはさておき、馴染みのある山田うどんという屋号を、なぜ変えるのかと疑問を抱く人も多かったことだろう。だが、これには事情がある。
山田裕朗社長自ら「ウチは町のうどん屋が大きくなっただけの会社です」というように、山田うどんは製麺屋からスタートし、1960年代にいち早く、かかしの絵柄の回転看板を導入してロードサイドへ進出、フランチャイズ制を取り入れて店舗数を増やしていった歴史がある。会社が成長しても他の事業には手を出さず、地道な商売を続けてきた。
しかし、商売の仕方は昔ながらの面が多い。山田社長は、競争の激しい外食産業で生き残っていくためには、トップの経験と勘に頼った商売から、きちんとデータを管理し、会社全体で成長していく普通の企業に変えていくことが必須である、と考えていた。
山田うどんを急成長させた先代会長が2012年に没して以来、新規出店をストップして採算の取れていない店舗を整理し、守りの経営に徹していたのも、攻めるタイミングを見極めるためだ。攻めるからには思い切った手を打つ。第二の創業期のつもりで勝負に出る。
それが2018年7月になったのは、同年春に故・会長の7回忌があったためかもしれない。僕が屋号変更と新規出店開始を山田社長に聞かされたのは、縁あって呼んでいただいた7回忌の席でのことだった。
屋号の変更は、山田うどんが生まれ変わろうとしていることをお客さんに示すだけではなく、店の実態と屋号のズレを修正する意味もある。メニューを見ればうどんだけではなくラーメンや定食、サイドメニューに至るまでやたらと幅が広い。うどんが大きな柱であることは確かだが、専門店ではないのだ。
これをどう考えるか。
■屋号変更したニュー山田うどんは新規店・既存店も好調
もちろん、これまで山田うどんを支えてきてくれたガテン系の男性客は、山田がどんな店なのか知っている。が、来たことのない客にはいまひとつ伝わりにくいのではないか。いや、ちょっと待て。男性客のことばかり考えてきたけれど、バラエティに富むメニュー構成はファミリー層にも受け入れてもらえるのでは……。
「屋号を変更したのは、そういったファミリーや女性の方でも、しっかりと食事を楽しめる場所と認識してもらえるようにするためです」(山田社長)
僕はこれを聞いて唸ったのだ。腹ペコ野郎たちに安くてボリュームたっぷりの食事を提供してきた山田うどんが、とうとう普通の考え方を取り入れたのである。うどん屋から食堂へ。男だらけの世界から女性やファミリーが気軽に入っていける世界へ。これがニュー山田の目指すところなのだ。
しかし、うまくいくのだろうか。
2018年中に新規出店したのは4店舗。僕も開店早々に行ってみたが、その時点では外観こそ様変わりしたもののメニューは一切変わっていなかった。あれから半年ほどが過ぎたいま、どうなっているのだろう。状況を知るべく本社へ伺い、営業企画部の江橋丈広さんに「正直どうなんですか」と質問してみた。
「心配もありましたが、おかげさまで順調に推移しています。新規出店が目新しいのは当然ですから、ある程度の数字は予想していたんですが、屋号変更の効果が大きいのは、むしろ既存店なんです。新規出店をどんどん成功させるには、いい立地であることが条件になりますよね。でも、いい場所ってそんなにあるものじゃない。新規となると投資額も大きくなります。同じ金をかけるなら既存店のリニューアルだと考えを修正し、そちらに力を注いでいるところです」
■看板は回らないが外装をきれいに。するとファミリー層や女性客が
リニューアルには、内装まで変える本格的なものと、看板など外観を新屋号にするものがあり、現在急ピッチで進めているのが後者だという。低予算で変化を伝えられるからだ。
具体的には、回転看板をやめて回らないタイプのものに取り換えることと、外装をきれいにすること。それだけで、明らかに客数が増えた。しかも、いちばんきてほしいファミリー層や女性客がやってきた。
常連客にとっては愛着のある回転看板だが、逆に言えば風景に溶け込みすぎていて、目が留まらなくなっていたのではないか、と江橋さんは言う。リニューアル店では売り上げが10%以上の伸びで推移しているというから費用対効果は高い。
この数字は、屋号が変わっても、これまでの男性客が離れていないことも意味する。じつは、ここがすごい。長年積み上げてきた“山田”の信用は、屋号が変わったくらいではぐらつかなかった。常連客はロードサイドに山田があれば駐車場に吸い込まれるのが日常になっている。
ファミリー層と女性に満足してもらえるよう、新メニューの開発も進んでいる。この冬は鍋焼きうどんが大ヒット。さらに季節メニューのはまぐりうどんも大幅に予想を上回った。4月半ばからはこれまでならありえなかったヘルシーさが売りの色鮮やかな野菜メニューも登場させる計画らしい。
■常連客のニーズである「カロリーのK点超え」はキープ
一方で以前からのガッツリ食べるメニューは日替わりとして残しているので常連客のニーズ(カロリーのK点超え)はそのままキープできている。このバランス、山田社長の言葉を借りれば以下になる。
「『早い・安い・うまい・腹いっぱい』に“安心”や“居心地の良さ”が加わったのが山田うどん食堂なのです」
約160店舗あるうち、回転看板はもう残り40店舗ほどと聞いて驚いたが、よく考えたらそれも不思議な話である。屋号を変えたのに、まだ40店舗が山田うどんのまま営業しているのだ。大企業なら一気に全部変えてしまうだろう。
でも、それこそが山田らしさでもある。
■回転看板が消えていくのは寂しい、やっぱり泣くなぁ
自分の体力に合わせ、できることのなかで最善の方法を探していく。見栄を張らず、派手ではなくてもちゃんと結果を出す。外観を一通りやったら内装にも手をつけ、時間はかかっても確実に、山田うどん食堂への変身を果たす。これまでスタッフのおばちゃんに任せきりだったマニュアルのない接客術も少し見直す方針で、今後は人材の確保こそが命運を握ると考えている。
2年目に入った第二の創業プロジェクト。もう引き返せない。だからますます目が離せない。
山田ファンの一人として、回転看板が消えていくのは寂しい。でも、それは避けては通れない道なのだろう。最後の1基が廻るのをやめるとき、僕はその場にいたい。たぶん泣くなあ。なんで山田のかかしに泣かされなくちゃならないんだと思いながら、やっぱり泣くなあ。
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1958(昭和33)年、福岡県生まれ。法政大学卒。フリーターなどを経て、ライターとなる。主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)など。最新刊は『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。
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(コラムニスト 北尾 トロ 撮影=北尾トロ 写真提供=山田食品産業)
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