「『美人は得だ』はなぜ問題なのか」わからない人にどう説明したらいいか
プレジデントオンライン / 2021年3月20日 11時15分
※本稿は、森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。
男性教師「女の先生だからね。やっぱり美人だと得だよね」
生徒「そういう言い方は山本先生に失礼だと思います」
男性教師「美人っていうのはほめ言葉なのに。そうやってあれもこれも言えないとなるともうなにも言えなくなる。息苦しい」
■余計なお世話、迷惑です
じゃあ何も言わないでください、そのほうがみんなのためです、以上……で考察を終わらせるわけにはいかないので、なぜ「あれもこれも言えないとなると思うともう何も言えなくなる」という発言がよくないのか、検討してみましょう。
このシーンは山本先生という女性教師に関する男性教師と生徒の会話です。山本先生が生徒に人気なのは「女性だから」「美人だから」と表明する男性教師に対して、生徒は立派にも抗議しています。
たったいま「立派」と書いたのは、山本先生に対するこの男性教師の発言にはふたつの意味で問題があるからです。
まず、山本先生が生徒に人気であることの理由を、教師として必要な能力を習得したからではなく、教育とは関係のない「女性であること」「美人であること」に男性教師は求めています。生徒から人気がある、という教師としての長所を、山本先生は正当な努力をせずに手に入れた、と言っているわけですから、これは同僚について「努力不足」「ずるい」と言っているのと同じです(そういえばこの教師は山本先生に対して「得だ」と発言しています)。これはあまりにも不当です。
もうひとつの問題は、この不当な評価を生徒に聞かせてしまっていることです。残念ながら生徒は、性別や見た目で教師に評価をくだしてしまうことがあります(たとえば髪の毛を茶色く染めている先生は「不まじめ」だから「教師に向かない」とか)。でもこれらははっきり言って余計なお世話です。
そして教師は、生徒が教師に対して余計なお世話をしないように、そういったふみこんだ発言が失礼な行為にあたると教えなければいけないはずです。その立場にある教師が、あろうことか生徒よりも先にほかの教師を性別や見た目で判断していると表明しています。教師としてやってはいけないことをしている自覚が足りません。
■実は、失礼にあたるともう知っている
この教師は、山本先生に対し教師として言ってはいけないことを言っているのですが、そのことをよくわかっていないようです。でも、ただよくわかっていないだけなら、単に「私の言葉のどこが失礼なのか?」と聞き返すのではないでしょうか。だって、失礼だと自覚していないわけですから。
むしろ、批判された発言がたしかに失礼だ(とされている)と知っているからこそ「あれもこれも言えないとなるともう何も言えなくなる」と言ってしまうのではないでしょうか。あれもこれも言えない「となる」という言葉には、「とならない」場合への未練を感じることができますし、「息苦しい」という表現には、「あれもこれも言えない」ことの拒否の感情がにじみ出ています。男性教師は世の中の「言ってはいけないこと」ルールを知った上で、それにしたがいたくない、と発言しているのです。
私たちはすでに、性別や見た目によって「ずる」をして教師が長所を獲得した、という認識には問題があることを確認しました。ですので、「あれもこれも言えないとなるともうなにも言えなくなる」という言葉に対しては「言ってはいけないのにはきちんとした理由があるのだから、言ってはいけないのだ」と応答する必要があるでしょう。
■語るべきことはほかにもあるはず
でも、ここではもう少しこだわってみたいのです。だって「あれもこれも」は教師の性別と見た目のことしか指していません。それらについて話題にしなくとも、山本先生について言えることは無限にあるはずです。「何も言えなくなる」なんて、いくらなんでも大げさすぎないでしょうか。
生徒への言葉づかいは丁寧なのか気さくなのか、担当する教科に関する知識はどのくらい豊富なのか、授業の進め方にはどんな特徴があるのか、……などなど、語るべきことはいくらでもあります。
■「色眼鏡」ははずしてもらうほうがいい
ひとつだけ、この教師にとっての「何も言えなくなる」という不安が大げさなものでないことに説明がつけられる場合があります。この教師が、山本先生に関して考えたり発言したりするとき、常に山本先生の性別や見た目を判断材料にしている場合です。ともに働く教師の性別や見た目を気にしてばかりいるなんて、私からすると不自然だし、はっきり言って「気持ち悪い」のですが、まあそういう教師もいるのかもしれません。
もちろん実際は、この教師が山本先生の性別や見た目についてばかり気にしている、という極端なことは起こっていないでしょう。でも、ふだんから山本先生の教師としての能力を性別や見た目を通じて判断する「色眼鏡」をかけているから、それをはずすと自分の今までのものの見方を否定されている気がして、「何も言えない」なんて大げさなことを言い出すのかもしれません。
でも、色眼鏡ははずしてもらうほうがいいはずです。「なにも言えない」と言われたら、「性別や見た目について話題にできないだけでなにも言えないなんて、一緒に働いているのに山本先生のことを知らなさすぎではないですか?」と返しましょう。性別や見た目だけ気にしていると思われたくないなら、こちらにとって都合のよいかたちでとりつくろってくれるはずです。
■ぬけ出すための考え方
失礼にあたる特定の話題を避けるだけで、その人についてなにも言えなくなるなんてことはありません。「ほかにも適切な話題はありますよね?」と誘導して失礼な話題を避けさせよう。
もっと知りたい関連用語
【ルッキズム(lookism=外見至上主義)】顔や体の美しさや若々しさ、ファッションセンスなどが、恋愛や結婚にかぎらないさまざまな人間関係や、学校、職場などの公的な場面において強い影響を持ってしまうことを、ルッキズムと呼びます。ルッキズムは女性により当てはまる、つまり男性よりも女性のほうが見た目をより強く気にせざるをえない状況に置かれることが多い、ということを、多くのルッキズム研究が明らかにしています。
【間接差別】
ある特徴を持っている人の不利になる直接的な条件があるわけではないが、実際には、ある条件のせいで不利になってしまうことを指して、間接差別と呼びます。たとえば、教員を採用するとして、「男性も女性も見た目重視で選びます」となると、男性に比べて女性に対する見た目の要求水準は高いので、実際にはこの条件は女性に対して不利に働きます。これが間接差別の一例です。もちろん問題は、「見た目」という教師としての資質と関係ない(また切りはなされるべき)要素が採用の条件になってしまうことにあります。
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早稲田大学文学学術院准教授
1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』。(プロフィール写真:島崎信一)
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(早稲田大学文学学術院准教授 森山 至貴)
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