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「保身のためなら恩人も捨てる」名門企業を揺るがした"会長追い出し騒動"の虚しさ

プレジデントオンライン / 2021年7月24日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa2

住宅大手・積水ハウスでは2018年、20年にわたりトップを務めた和田勇氏が会長を退任するという人事があった。週刊現代記者の藤岡雅さんは「当時社長だった阿部俊則氏は、55億円を騙し取られた地面師事件の責任者だが、その責任を追及されたことから、反対に和田氏を追い出した。名門企業の経営者が自己保身しか考えていないというのは衝撃だった」という――。

■55億円も騙し取られてしまった積水ハウス

——『保身 積水ハウス、クーデターの深層』(KADOKAWA)には、積水ハウスのずさんな危機管理に加え、経営陣が不祥事を隠蔽し、保身をはかる姿が描かれています。そうした腐敗した組織のあり方が明るみに出るきっかけが、2017年に積水ハウスが約55億円を騙し取られた地面師事件でした。

私が『週刊現代』の記者として、積水ハウスの会長交代の背景を取材しはじめたのは2018年2月のことです。当時、会長だった和田勇氏は、積水ハウスを2兆円企業に押し上げた立役者でした。

1998年に社長に就任した和田氏は構造改革を終えると2008年に会長兼CEOの職に就いた。すぐに海外事業の開拓に乗り出し、積水ハウスの売上は急拡大します。

その後継社長に選ばれたのが阿部俊則氏であり、海外を飛び回る和田氏の留守を務めるように成熟した国内市場を担当しました。社長から会長兼CEOとして20年間にわたりトップに君臨した和田氏を支えてきたのが、阿部氏でした。

2018年1月、和田氏が会長兼CEOを退任し、阿部氏が、新たに会長に就任します(2021年4月27日付で会長を退任)。当初阿部氏は「若返りを図るために交代した」と説明し、メディアや関係者も好意的に受け止めていました。

しかし、日本経済新聞の和田氏のスクープインタビューで会長交代は、阿部氏のクーデターであることが発覚。その引き金になったのが地面師事件だと明らかになりました。

そもそも地面師事件とは、地主になりすました詐欺師が、他人の土地を勝手に売り払う詐欺で、戦後から80年代のバブル期にかけて流行った手口です。

地面師グループは、積水ハウスに対して、元保険外交員の女性に地主を演じさせ、東京・西五反田の一等地である「海喜館」の売却を持ちかけました。

■誰が見ても騙されるような話ではなかった

——昭和の社会ならともかく、現代でも通用する詐欺なんですか?

地面師たちは、日本を代表する大企業から55億円も騙し取ったわけですから、どんな手練手管を弄したのだろうと関心を持つ人も多いと思います。でも、手口はいたって、シンプル。

不動産業に知識がある人なら誰でも思いつくような話で、とくに新しいやり口や、特殊な方法が使われたわけではありません。むしろずさんな詐欺だった。事実、ほかの不動産会社や住宅メーカーは話に乗りませんでした。誰が見ても騙されるような話ではないのに、55億円も奪われてしまった。

なぜ、そうなったのか。事件後の調査で、積水ハウスが取引から撤退するチャンスは9回あったと結論づけられました。

■地主が4度も内容証明を送ってきたのに本人確認せず

たとえば、地主を名乗る詐欺師が、住所の番地や、誕生日や干支を間違えた。中間会社がペーパーカンパニーに代わっていた。本物の地主が取引に気づき、内容証明を4度も送ってきた。測量のために「海喜館」に入った積水ハウスの社員が警察に通報され、任意同行を求められた……。

積水ハウス側は、詐欺師が狡猾だったと言い逃れしていますが、果たしてそうだったのか。調べていくと、日本企業に特徴的な組織の異常な体質が見えてきました。

トップの阿部氏が号令をかけ、旗を振ったら、突き進むしかない。問題が分かっているにもかかわらず、引き返せない……。本来、事件の当事者であるはずの阿部氏は、まともな説明も果たさず、部下に責任を押しつけて辞職もせずに、逃げ切ろうとしている。

メガホンで小さな自分に叫んで怒っているビジネス男上司
写真=iStock.com/SIphotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SIphotography

経営者の劣化、“小物化”が行き着くところまで行き着いてしまったと思いました。それが、日本における現代の経営者を象徴する姿なのではないか、と。

——ごく一般的な感覚として、本物の地主が内容証明を送ってきたり、警察に通報されたりした時点で確認をとると思いますが……。

それ以前の問題なんです。ふつうは、取引をはじめる前提として、本人確認を行います。私たち記者の仕事でも同じ。目の前の人が本人なのかどうか、確認を終えてからでないとインタビューはしません。本人確認は、基本中の基本です。

■会社を私物化した会長のワンマン経営

それに「海喜館」の近所には、昔から営業しているお好み焼き屋もあるし、デザイン会社もある。怪しいと感じたら偽地主の顔写真を持って聞けば、一発ですむ話です。

——それでも騙された、というのが不可解です。

そうなんです。そうした証言を集めていくと、積水ハウスは、相手が詐欺師と分かっていたのに、55億円を払ったことになる。

どうして途中で取引を中止しなかったのか。そのあたりの組織のメカニズムがよくわからない。積水ハウス側に、「詐欺師の内通者がいなければ、説明が付かない」と話す人もいましたが、その気持ちも分かります。

阿部氏は担当者が地主に接触する前に「海喜館」を視察し、通常とは異なる手続きで稟議を決算した。担当者にとって「アベ案件」は、ただの社長案件とは違う意味を持ちます。

それは、阿部氏が会社を自分の所有物のように扱ってきた経営者だからです。水増しした業績で出世し、人事権を振りかざしてきた。

——昭和のワンマン経営者のようですね。

かつてのワンマンは実力を持って君臨したものでしたが、阿部氏には過去の実績を見ても、実力者とは程遠かった。まさに小物が君臨する時代になったように思いました。

和田氏も自ら阿部氏を後継指名した誤りを痛感し彼を解任しようとしたが、阿部氏のクーデターで返り討ちにあった。その後も、阿部氏のやり方に疑問を持つ幹部が、次々に会社を追われることになりました。

■株主の質問にも不誠実な対応を続ける

——積水ハウスでは、地面師事件に端を発する会長交代のクーデター以降、経営陣が社員を監視する仕組みが強められたそうですね。

積水ハウスの関係者に話を聞くと、2018年に会長が阿部俊則氏に代わってから現場の裁量権を著しく制限し、社内の管理体制が強まったそうです。

地面師事件のような不祥事が二度と起きないように……それが監視を強化した建前ですが、55億円を騙し取られた取引は阿部氏が社長時代に主導したもの。むしろ阿部氏は、責任をとって身を引く立場だった。

地面師事件の阿部氏の責任については、社外役員による「調査対策委員会」によって明確に指摘されており、社長や会長の人事について取締役会に意見を具申する「人事・報酬諮問委員会」でも阿部氏の退任が妥当と決議された。それなのに阿部氏は、和田氏を解任に追い込み、自ら会長に就いたわけです。

和田氏は20年間、積水ハウスに君臨した実力者であり阿部氏の立身出世の恩人だった。ところが、実力者を超える力のない阿部氏は、多数派工作によって恩人を切り捨てる方法でしか、トップに就くことができなかった。実力に見合わない野心の底浅さを感じずにはいられませんでした。

そんな阿部氏の力のなさは、その後の内部統制や株主総会で次々と明らかになった。

社員たちはみな、阿部氏が地面師事件の責任をとらなかったことを知っていましたが、そんな彼が「コンプライアンスを徹底しろ」、「インテグリティ(真摯さ)を持て」と社員に訓示をするたびに、反発を招きました。

また株主総会では、株主からの質問も原稿を読み上げて「貴重なご意見として承ります」と繰り返す。問題を指摘する株主たちは、「まったく会話にならない」「言葉が通じない」と呆れていました。東京五輪を行う一方で、緊急事態宣言で国民に自粛を要請する矛盾した政策に対し、適切な説明ができない今の政権と瓜二つです。

マイクを使用して説明する実業家
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

こんなトップでは、私たちは誰を信じていいのか分からなくなってしまう。

実力が伴わず、言葉に力がない。それを自覚しようともせずに、地位にしがみつく。こうした経営者は、“小物”にしか見えませんでした。

■損害賠償を恐れて親族に資産を譲渡したオリンパス前会長

このクーデター劇が、以前取材したオリンパス事件に重なりました。

2011年、長年行ってきた粉飾決算を告発しようとしたオリンパスのイギリス人社長、マイケル・ウッドフォード氏が、取締役会で突然、解任されました。

藤岡雅『保身 積水ハウス、クーデターの深層』(KADOKAWA)
藤岡雅『保身 積水ハウス、クーデターの深層』(KADOKAWA)

解任を決めた当時の菊川剛会長は、粉飾決算が明らかになると、すぐに所有するマンションを親族に譲渡した。株主代表訴訟で善管注意義務違反に問われて、損害賠償請求による資産の差し押さえられることを恐れたのでしょう。保身のために、社員や株主の前から臆面もなく逃げ出してしまった。

その4年後に明らかになったのが、東芝の不正会計問題です。当時の田中久雄社長は、会社ぐるみの1500億円を越える利益の水増しを「不正会計」と言い張り、善管注意義務違反を問われる前に、所有マンションを奥さんに生前贈与した。

さらに2019年には、関西電力の会長だった八木誠氏ら幹部が、原子力発電所がある福井県大飯郡高浜町の元助役から3億6000万円もの金品を受け取ったとスクープされました。八木氏ら幹部たちは「返すつもりだった」「返すと怒られるので怖かった」と子どものような言い訳を繰り返していました。

■ウソと隠ぺいでのし上げり、部下に責任を押し付ける

——東芝の不正会計問題では、経営トップが具体的な数値ではなく「チャレンジ」という言葉を使って、現場に目標達成を強いた結果、粉飾決済につながりました。

「チャレンジ」の一言で、経営者の意を汲んで動けば、組織内では評価されるかもしれません。ただ、それぞれが忖度して勝手に動いていたら、組織の規範そのものが崩壊してしまう。トップが命令すれば、エビデンスがなくても、思い込みだけで進んでいく。

トップに忖度した者が出世し、トップは社員たちを監視下に置いている。組織としては、極めて不健全な体質になってしまった。

——暗澹たる気持ちになりますね。なぜ、そんな小物たちがトップに立てるのでしょう。

積水ハウスの阿部氏の場合は、社内政治に長けていた上に、ライバルと目されていた社長候補が相次いで急逝してしまったからです。あとは、ウソと隠蔽。

株主代表訴訟の代理人を務めた松岡直樹氏と、コーポレート・ガバナンスに造詣の深い日系アメリカ人米国弁護士のウィリアム・ウチモト氏は、積水ハウスの隠蔽体質についてこう指摘しています。

「積水ハウスの取締役等は、必死になって不祥事を隠ぺいしようとしており、その手段として、まず彼らに責任があるとした調査報告書が公開されないようにし、更にその責任により自身が解任されることを回避すべく大胆な取締役会でのクーデターを通じて当時の会長を解任しました」(『保身』p.277)

いま、阿部氏も、地面師事件の善管注意義務違反に問われ、株主代表訴訟を争っていますが「経営者が部下を信頼する権利」を盾に、クビにした東京マンション本部長や法務部長、不動産部長に責任を押しつけている。

地面師事件を通じて、日本の経営者がいかに小物になってしまったか、つくづく思い知りました。それは積水ハウスだけの問題ではありません。積水ハウスのクーデターは、劣化したリーダーたちが起こす不祥事を集約したような事件だったのです。

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藤岡 雅(ふじおか・ただし)
週刊現代記者、取材ライター
1975年4月6日、福岡県生まれ、拓殖大学政治経済学部卒。編集プロダクションを経て、2005年12月より講談社『週刊現代』記者。福岡のいじめ自殺事件やキヤノンを巡る巨額脱税事件、偽装請負問題などを取材。リーマンショックを機にマクロ経済やマーケット、企業研究などの分野に活動を広げ、東芝の粉飾決算の問題などを担当した。現在は『週刊現代』のほかに「現代ビジネス」、「JBpress」などに記事を寄稿している。

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(週刊現代記者、取材ライター 藤岡 雅 構成=山川徹)

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