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「他国の言葉にすべて従う国は滅びる」ウクライナ人政治学者が日本人に伝えたい苦い教訓

プレジデントオンライン / 2022年3月11日 9時15分

2022年3月9日、ロシアの攻撃が続く中、ウクライナのハリコフ中心部で3月1日に爆撃されたハリコフ知事公邸。 - 写真=AA/時事通信フォト

ロシア軍によるウクライナへの攻撃が続いている。ウクライナ人の国際政治学者グレンコ・アンドリーさんは「わが国は『核廃棄の代わりに安全を保障する』という友好国のウソを信じてしまった。たとえ友好国や同盟国だとしても、他国の言葉にすべて従う国は滅びるのだ」という――。

※本稿は、グレンコ・アンドリー『プーチン幻想』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■米英露の「詐欺」に引っかかって非核化

1994年、ウクライナとアメリカ合衆国、イギリス、ロシアがブダペスト覚書を結んだ。1993~96年に核兵器の処分作業(ロシアへの輸送、インフラ解体、爆破など)が続き、96年2月に最後の核弾頭がロシアへ輸送された時点でウクライナは核保有国の地位を失い、正式に非核国となった。

それでは、このように無条件で核兵器を放棄したウクライナは、代わりに何を得たのか。

核兵器の放棄に関する交渉が行われた際、ウクライナの安全保障について放棄の代わりに何らかの形での保障が必要である、ということは交渉国すべてが認めていた。

しかし実際の交渉においては、ロシアはもちろん、英米も不誠実であった。様々な形での保障が検討されたが、英米露が考えたのは、いかにすれば実体のないものを安全の保障にする約束に見せかけることができるか、ということであった。

つまり、ウクライナには「自国の安全が国際的に保障される」と思わせなければならないが、仮にウクライナの身に何かがあっても、安全を保障した国々には何の責任も持つ義務がないような内容にしなければならない。

なぜなら、英米はウクライナの核兵器をなくすことには必死であったが、ウクライナの運命そのものにはほとんど興味がなかったからだ。本音では、ウクライナがどうなろうが、当時の英米の指導者にとってはどうでもよかったのだ。

言葉の上では「ウクライナに十分な保障を与える」という点が何度も交渉において強調されたが、この発言は形式的な外交上の儀礼にすぎなかった。核兵器を放棄させるだけで終わり、というのは諸外国から見れば印象が悪いし、当時の無能なウクライナの指導者ですら、何らかの保障を希望していた。

したがってウクライナの安全を保障する国際合意が必要であり、なおかつ、それを何の義務も実体も伴わないものにしなければならなかった。かなり難しい課題だが、当時のウクライナの指導者や外交官があまりにも無能であったので、ウクライナは英米露の「詐欺」に引っかかってしまった。

■「覚書」――それは端から守る気がない約束

この一見、安全を保障する合意に映るが、実質は何も保障しない代物の名称は「ブダペスト覚書」(英語名はBudapest Memorandum)、正式名称は「核不拡散条約の加盟に際し、ウクライナの安全保障に関する覚書」である。1994年12月5日にハンガリーの首都ブダペストで、アメリカのクリントン大統領、イギリスのメージャー首相、ロシアのエリツィン大統領、ウクライナのクチマ大統領によって署名されたものである。

首都ブダペストのドナウ川岸辺、コシュート・ラヨシュ広場に位置する国会議事堂
写真=iStock.com/Yasonya
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yasonya

名称からして、ただの「覚書」(Memorandum)であり、最初から何の法的拘束力もないことが分かる。つまり、ブダペスト覚書の条項を破っても国際法違反にはならない。

国際関係において、法的拘束力のある国際条約ですら破られることが多々ある世界の中で、「条約」よりずっと弱い、最初から拘束力のない「覚書」など、守られるはずがない。

■あまりにも“軽い”覚書の中身

しかし形式はもとより、その中身も、明らかな詐欺そのものであった。以下、「ブダペスト覚書」の内容である。

「ウクライナ、ロシア連邦、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、アメリカ合衆国は、ウクライナが非核国として核不拡散条約に加盟することを歓迎し、決まった期限内に国内にあるすべての核兵器を処分するというウクライナの約束を考慮し、冷戦終結を含め、大幅な核戦力の軍縮を可能にした、全世界における安全保障状況の変化を強調し、以下のことを確認する。

1、露英米は、ウクライナの独立、主権、現在の国境を尊重する義務を確認する。

2、露英米は、ウクライナの領土統一と独立に対し、武力威嚇及び行使を控える義務を確認する。また、自衛及び国連憲章に定まった場合以外に3カ国の兵器がウクライナに対して使用されることはない。

3、露英米はウクライナの主権内の権利を侵し、自国の利益に従わせることを目的とする経済圧力をかけることを控える義務を確認する。

4、露英米は、ウクライナが侵略被害者となった場合、もしくは侵略の威嚇を受けた場合、国連安全保障理事会に対し、至急、ウクライナを支援する行動を起こすことを要求する義務を確認する。

5、露英米は、自国及び同盟国が攻撃を受けた場合を除き、核不拡散条約に加盟している非核国に対し、核兵器を使用しない義務を確認する。

6、ウクライナと露英米は、以上の義務遂行について、疑問が生じた場合は、話し合いを行う。

この覚書は署名された瞬間から有効になる」

いかがであろうか。

■「攻撃されるわけがない」危機を招いた思い込み

読者の皆さんは日本語訳が間違っているのではないか、と疑われるかもしれないが、翻訳は間違っていない。ブダペスト覚書によって露英米が約束したことは、この程度である。

つまり、実際にウクライナを攻撃しないこと以外、露英米には何の守るべき義務もない。この程度の文書が、世界第3位の核戦力が放棄された「代償」である。「安すぎる代償」または「ただ同然」という言い方はあるが、実際は「同然」ですらなく、まさに「ただ」なのである。

当時の国際情勢においては、ウクライナが武力攻撃を受けるはずがないのは常識だったので、ウクライナの無能な権力者はこの「ただ」の代物を「安全を保障された文書」として受け入れた。覚書の詳細を知らないウクライナ国民の多くも、これでウクライナの安全が保障された、と思い込んでしまった。

しかし、英米は仮に何かがあってもブダペスト覚書の文書からウクライナを守る義務が生じないように文面を作成していた。

■英米は覚書の約束を「守っている」

そして覚書の署名から約20年経った2014年、ロシアが現実にウクライナを侵略した。

ロシア軍はウクライナ南部のクリミア半島と、東部のドネツィク州、ルハーンシク州の一部を占領し、ようやく多くのウクライナ人は、ブダペスト覚書は何の意味もない出鱈目な文書であることを理解した。

とはいえ、この理解はまだ十分ではない。多くのウクライナ人は「ウクライナを助けようとしない英米もまた、ロシアと同じくブダペスト覚書に違反している」と勘違いしている。それはこの覚書の酷さ、つまりウクライナが引っかかった詐欺の酷さをまだ十分に理解していないことを意味する。

実際にブダペスト覚書に違反したのは、ロシアだけである。ロシアというのはいつ、どこでも約束を破る国であり、「約束を破るために約束をする国」なので今さら驚くことはない。

しかし、この状況において最も酷いのは、英米が同覚書の約束を「破っていない」という点である。

星条旗で覆われた、米軍のパレードをする軍人たちの足元
写真=iStock.com/flySnow
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/flySnow

英米が約束を破っているならまだよい。この場合、ウクライナは明確な保障を得られたのに保障義務のある国が約束を守らず、合意違反だったということになる。ウクライナは堂々と「英米はロシアと同様、約束を破った」と言う権利がある。

しかし、英米は最初からウクライナを守る義務がなく、覚書「4」に書いてあるとおり、ウクライナがロシアから侵略を受けたときに、英米は「国連安全保障理事会において」ウクライナを支援する要求をした。

すなわち「安保理において拒否権を持つロシアの存在が、ウクライナ支援を不可能にする」というのはまた別の話である。つまり、英米は覚書を「守っている」のだ。

したがって、ウクライナは自国に核兵器を放棄させたイギリスやアメリカに対し、「ウクライナを守る義務を放棄した」と文句すら付けることができない。英米には最初からその義務がなかったからだ。「ブダペスト覚書」とは最初から仕組まれた詐欺であり、冷酷にもウクライナ人としては騙された当時の指導者達の愚かさを悔やむしかない、ということだ。

■「他国の言葉にすべて従う国は滅びる」

すべてが明らかになった今では、「現在の知識を25年前のウクライナ人が知ってさえいれば……」と嘆くしかない。いまウクライナが置かれた状況は、世界にとって大きな教訓となっている。

1つ目は、一時的におとなしくなった侵略国家が、再び凶暴になる可能性は十分あるので警戒しなければならない、ということだ。

2つ目は、国際社会においては、どの国も過去に自国が取った行動には責任を持ちたがらず、責任を放棄しようと考える、ということだ。これは世界各国に共通する願望である。

3つ目は、したがって自国の安全を保障するための交渉において、少なくとも当該国すべてが守る義務のある条約の締結を要求しなければならない、ということだ。またその条約の文面に、自国を守る義務を明確に書かせる必要がある。それでも完全な保障にはならないが、ただの「覚書」よりよほど実体がある。

そして4つ目は、友好国は必ずしも自国のために動くとは限らない、ということである。

グレンコ・アンドリー『プーチン幻想』(PHP新書)
グレンコ・アンドリー『プーチン幻想』(PHP新書)

敵国は自国にとって危険であり、信頼できない存在である、というのは明確だ(それでも明らかな敵国を、敵国として認識していない人々が多いのだが)。しかし、友好国の場合は勘違いをしやすい。

信頼する友好国といえども間違った行動や、自国の利益を損なう行動を取ることもある。だから友好国とはいえ、提言をすべて受け入れる必要はない。友好国からの助言をつねに疑い、時に拒否する理性と根性を持たなければならない。たとえ同盟関係にあっても、他国の言葉にすべて従う国は滅びるのである。

筆者は自国の経験を述べたが、その教訓はウクライナに限らず、日本を含めて多くの国の参考になるのではないか、と思っている。

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グレンコ・アンドリー 国際政治学者
1987年、ウクライナ・キエフ生まれ。2010年から11年まで早稲田大学で語学留学。同年、日本語能力検定試験1級合格。12年、キエフ国立大学日本語専攻卒業。13年、京都大学へ留学。19年3月、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門優秀賞(2016年)。ウクライナ情勢、世界情勢について講演・執筆活動を行なっている。『プーチン幻想 「ロシアの正体」と日本の危機』がデビュー作となる。

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(国際政治学者 グレンコ・アンドリー)

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