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ついに中国人が声を上げ始めた…それでも「ゼロコロナ抗議」が習近平政権への大打撃にはならないワケ

プレジデントオンライン / 2022年12月2日 14時15分

新疆ウイグル自治区・ウルムチ市で11月24日に起きた高層住宅火災の犠牲者のためのキャンドルナイトの一環として、中国のゼロコロナ政策と中国共産党の独裁的支配に抗議する集会を行う在日中国人と支援者たち(=2022年11月30日、東京都内) - 写真=AFP/時事通信フォト

習近平政権の「ゼロコロナ」政策に対する市民の抗議行動が中国全域、そして世界に広がっている。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「今回の抗議行動にはリーダーが存在せず、要求も現時点ではロックダウン解除などにとどまっている。警戒態勢と検閲の強化によって、天安門事件のような事態に陥る前に、抗議行動は収束させられるのではないか」という――。

■「私たちには自由がない」と世界に伝えたい

「習近平、辞めろ!」「中国共産党なんか要らない!」

11月30日夜の東京・新宿駅周辺。在日中国人たちが、白い紙や「不要封鎖、要自由」などと書かれたプラカード、それに台湾や香港の国旗などを掲げ、口々に、最高権力者、習近平総書記(以降、習近平と表記)への批判の声を上げていた。

参加者の多くは、新型コロナウイルス対策というだけでなく、中国当局に身元を特定されないよう帽子やマスクで顔を覆っていたが、留学生という若い女性は、筆者が映像取材をしないラジオ局の記者と分かると、すぐに帽子を取り質問に答えてくれた。

「私たちには自由がない。習近平には退陣してもらいたい。そのことを世界に伝えたい」

■「無言のプラカード」を掲げる理由

1週間ほど前、11月26日から27日にかけて、中国の上海や首都・北京で発生した抗議行動は、わずか1~2日で南京や武漢、成都や広州、そして香港に拡がり、そのうねりは、東京やソウル、ニューヨークやシドニーなど世界十数都市にまで押し寄せている。

それだけ、習近平指導部が推し進めてきた「ゼロコロナ」政策への怒りは強く、習近平の強権政治に対する不満も大きいということ。

抗議行動の参加者が掲げる白い紙は、言論の自由がないことの象徴である。同時に、紙やプラカードに何も書かないことで、中国当局による検閲や逮捕の対象となることを免れるという狙いも込められている。一連の抗議行動が「白紙運動」と呼ばれるゆえんである。

前述した東京・新宿駅周辺での抗議行動では、文字が書かれた紙も散見されたが、白い紙を掲げての抗議行動は、1カ月余り前、総書記として3選を果たし「1強独裁路線」を固めつつつつある習近平にとって、対応を誤れば、「白紙運動」どころか、足元を揺るがす「白紙革命」へとつながる危険性をはらんでいると言っていい。

■習近平は目玉政策の失敗にどう対処するか

筆者は、抗議行動が中国全域へと広がる中、習近平指導部の対処法としては、次の2つがあると考え注目してきた。

1つは、強権を発揮して警戒態勢とSNSなどの検閲を強化する方法だ。何しろ、最高指導部のメンバー(政治局常務委員)6人とその下部組織の政治局員24人を側近とイエスマンで固めた習近平である。「これをやる」と言えば、諫言できる人物などいない。

もう1つは、これまでの「ゼロコロナ」政策の効果を、科学的根拠をでっち上げてでも公表したうえで、少しだけ規制を緩め、国民の不満の「ガス抜き」を図る方法である。

事実、コロナ対策を担当する孫春蘭副首相は、専門家を集めた会合で、「ゼロコロナ」政策の緩和を示唆し、広州などでは規制が緩和された。ただ、中国では、このところ新型コロナウイルスの新規感染者が4万人前後で推移し、すぐに方針転換は難しい状況だ。

「突然の感染拡大を受け、われわれはダイナミックなゼロコロナ政策を順守し、新型コロナウイルスの予防と制御、経済と社会の発展という面で大きな成果を達成した」

これは、10月16日、中国共産党大会の冒頭、習近平が活動報告として「ゼロコロナ」政策を自画自賛した部分である。抗議行動が広がった程度で方針転換すれば、神格化されてきた習近平の威信は地に堕ちる。

何より、習近平自身が実績として強調してきた目玉政策の失敗を印象づけることになりかねない。

■抗議行動からわずか3日で封じ込めへ

そこで選択したのが1つ目の警戒態勢と検閲の強化、つまり徹底した封じ込めである。

11月29日、国営新華社通信が、中国共産党中央政法委員会(警察・司法を統括する委員会)トップの陳文清書記が「敵対勢力の取り締まりを指示した」と報じたとき、「やはりそうきたか……」との思いを禁じ得なかった。

筆者の知人で上海のテレビディレクターによれば、デモが起きた翌日には、ネットで検索しても、デモや抗議行動に関する動画や写真が全くヒットしなくなったという。

当然ながら国営メディアは抗議行動について一切伝えておらず、中国版SNS、ウェイボー(微博)などでは、「白紙運動」といった言葉はもとより、「上海」という都市名ですら検閲の対象となっているという。

それでも抗議行動に参加したい市民は、VPN(Virtual Private Network)を使って情報を発信したり収集したりしているが、警察当局は、まずデモが行われた場所にバリケードを築いて人の出入りを遮断した。

そして、街中や電車内で無作為に市民に声をかけ、スマートフォンの中にある外国のSNSのアプリを削除させたり、「デモの当日は何をしていたのか?」「どこからその情報を得たのか?」などと聴取したりして統制を強めている。

香港中文大学で教鞭を執る小出雅生氏は、香港ではFacebookやLINEなどは普通に使用でき、中国当局も投稿内容を削除できないが、SNSでのやりとりを解読することはあり得ると語る。

■「第2の天安門事件」までは進展しないはず

こうした中、中国国家統計局が11月30日、11月の製造業購買担当者景況指数(PMI)を公表した。それによれば、生産、新規受注、雇用などすべての指数が、景気拡大と縮小の節目となる50を下回っている。これは、「ゼロコロナ」政策が、中国経済にとってマイナスに作用していることを意味するものだ。

特に若者にとって、仕事がない、就職できない、気晴らしに外にも出られない、声を上げる自由もないという状態はかなりのストレスで、「抑圧されている」と感じるはずだ。

11月28日、香港大学での抗議行動。参加者の女性は白い紙を掲げている
撮影=香港中文大学教員・小出雅生氏
11月28日、香港大学での抗議行動。参加者の女性は白い紙を掲げている - 撮影=香港中文大学教員・小出雅生氏

では、今回の抗議行動は「第2の天安門事件」へと進展してしまうのだろうか。筆者はそこまでには至らないと見ている。

かつて香港で、毎週末、大規模なデモが繰り返されたように、2週目、3週目の週末を見なければ何とも言えないが、筆者は、警戒態勢と検閲の強化によって、事態が最悪の状態に陥る前に収束する(収束させられる)のではないかと思う。

■閉塞感に駆り立てられた、リーダー不在の行動

今回の抗議行動にはリーダーが存在しない。香港で2014年に起きた民主化要求デモ「雨傘運動」や2019年に始まった大規模な反中国デモには、黄之鋒氏や周庭氏といった若き先導者がいた。

しかし、「ゼロコロナ」政策に対する抗議行動は、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で起きた高層住宅火災をめぐり、「ゼロコロナ」政策が敷かれていたため避難や消火が遅れたとするSNSへの投稿が発端にすぎない。

東京・新宿駅で抗議行動に参加した中国人に聞けば、こんな言葉が返ってくる。

「中国では誰がいつどこへ行ったか把握されています。建物に入るたびにQRコードをスキャンしなければなりません。ある日、突然、住んでいる地域が封鎖されたりもします。何より中国に戻っても仕事がないのがつらいです」

つまりは、「ゼロコロナ」政策に伴う閉塞感や景気後退による将来への不安が行動に駆り立てたということだ。裏を返せば、習近平指導部が方針転換をしない範囲で、規制を緩めるなどの餌をまけば収束に向かう可能性は高い。

1989年の天安門事件が民主化という大掛かりな要求だったのに対し、今回の抗議行動は「ロックダウン解除」とか「煩雑な手続きの簡素化」といった小さな要求によるものだ。

この小さな要求が民主化要求とリンクすれば事態が深刻化することもあり得るが、そうならなければ、やがて沈静化へと向かうと筆者は見ている。

■習近平の「恩人」江沢民元総書記の死

習近平指導部が、コロナ拡大防止と抗議行動の沈静化という二正面作戦に直面する中、中国の経済成長と軍事力増強に邁進してきた元総書記、江沢民が逝去した。

ウラジーミル・プーチンと握手している江沢民(写真=Kremlin.ru/Roman Kubanskiy/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
2002年12月2日、ウラジーミル・プーチンと握手している江沢民元総書記(写真=Kremlin.ru/Roman Kubanskiy/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

筆者は、1997年7月の香港返還式典、そして同年10月のアメリカ訪問の際、江沢民の演説を間近で取材したが、「一国二制度」の意義や「戦略的パートナーシップ」の重要性を堂々と語る姿に、「日本にとっては脅威になるカリスマ性と怖さを備えた人物」と感じたものだ。

江沢民はいわゆる上海閥で、胡錦濤や李克強らから成る団派、習近平ら中国共産党高級幹部の子弟らで構成される太子党とは一線を画してきた。それでも、総書記へと引き上げてもらった習近平にすれば無視できない存在で、1期目には最高指導部6人のうち実に4人を江沢民の派閥から起用せざるを得なかった。

ただ、習近平は、2012年、総書記に就任して以降、汚職摘発を大義名分に上海閥の面々を退け、江沢民の影響力をそぎ続けた。3期目の現在、最高指導部のメンバーで江沢民に近い人物は序列4位の王滬寧氏だけだ。

それでも、この時期に江沢民が亡くなった影響は大きい。

■これまで以上の強権政治を進める環境が整った

1つは、江沢民と習近平の政治姿勢には、いくつかの共通点が存在するという点だ。

前述した経済成長と軍事力増強路線もそうだが、在任中、「平和統一」をうたいながら、台湾総統選挙をめぐり、台湾海峡にミサイルを発射したこと、香港とマカオを取り戻したこと、北京五輪の招致に成功したことなど、2人の強権政治は酷似している。

習近平にとって、中国共産党の中で最も煙たい重鎮であった人物がいなくなったことで、習近平は完全に権力を掌握し、2027年の4期目以降も視野に入れることができるようになった。そして、強権政治を誰はばかることなく前に進められるようになった。

「ゼロコロナ」政策で言えば、抗議行動に対して容赦なく封じ込めができる環境が、これまで以上に整ったことになる。

2つ目は、1989年の天安門事件が胡耀邦元総書記の追悼を契機に始まったという点だ。中国当局も「追悼」に集まる国民を封じ込めるわけにはいかず、今回も、江沢民の追悼に集まった人々が抗議行動をより大きなものに変えてしまう可能性があることだけは、注意して見ておく必要がある。

■抗議行動の余波で遠のいた台湾有事

その一方で、台湾有事の可能性は遠のいたと断言していい。11月上旬、アメリカでは「年内にも中国が台湾に侵攻する可能性がある」との臆測が流れたが、もともと2022年中の侵攻などありえない。

習近平からすれば、台湾への侵攻は負けられない戦いになる。泥沼化しているロシアとウクライナとの戦争をつぶさに分析しながら、陸海空の軍事力だけでなくサイバー戦や宇宙戦など全ての領域で、台湾とそれを支援する国々(アメリカ、日本、オーストラリア、韓国など)に勝てると判断するまで動くことはない。

しかも、来る2023年は国際社会の政治が大きく動く助走となる年だ。先の統一地方選挙で蔡英文総統が率いる民進党が国民党に敗れた台湾では、2024年1月に焦点の総統選挙が予定されている。アメリカでは、2024年11月の大統領選挙に向けてさまざまな候補が名乗りを上げる年になり、日本や韓国では、それぞれ支持率が低空飛行の岸田首相と尹大統領の真価が問われる年になる。

習近平にとっては、親中派の国民党が勝利した台湾にさまざまな仕掛けをしつつも、台湾を含めた関係各国の動向を見ながら準備を進める1年になるはずだ。

■「内憂」を片付けてから「台湾統一」へ

ただ、その前に、自身の足元が揺らがないよう、「ゼロコロナ政策」への抗議行動だけは沈静化させなければならない。それと併せてコロナ感染者を減らす、経済を上向かせるといった政策も進める必要がある。

ただ、新たに決まった最高指導部の面々は、正式には、2023年3月の全人代(中国の国会)で選出されるため、そこまでは思い切った対策が打ちにくい。そこが悩みの種だ。

このように、習近平が直面しているファクトを見れば、とても台湾統一どころではない。

アメリカのトランプ前大統領風に言えば、まずは「China First」(国内優先)だ。それが片づいてから、「Make China Great Again」(中華民族の偉大なる復興=台湾統一)へと動くと考えていい。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、ほか多数。

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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)

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