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「行政処分で会社存亡の危機」から3年足らずで過去最高益…ある派遣会社が大逆転できた理由

プレジデントオンライン / 2022年12月13日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oatawa

■「レモンをつかんでしまったら、レモネードをつくれ」

欧米のビジネス書などでしばしば目にする英語の格言に、「レモンをつかんでしまったら、レモネードをつくれ(Make a lemonade if you got a lemon)」がある。英語圏では酸っぱいレモンは失敗を意味する。事業上の大きな失敗(レモン)に遭遇することがあっても、それを契機においしいレモネードをつくり、事業をさらに発展させればよい。このようなポジティブな思考を、この格言は説く。

とはいえ、失敗に直面したときに、そんなにうまくものごとを運ぶことができるものだろうか。つかんだレモンをレモネードに転じるには、どのような備えが必要なのか。会社存亡の危機を新たな事業の機会に転じたアクサスの事例を基に検討してみよう。

アクサスはITエンジニアの派遣サービスを主軸に各種の事業を展開してきた。現在のアクサスの売り上げは60億円を超え、社員数は800人を上回るまでに成長している。

アクサスは2007年に、人材関連の各種事業を展開するネオキャリア・グループの一翼を担うべく設立された。10年ほどを経て大きく成長を果たしたアクサスは、2018年10月にネオキャリア・グループの最優秀事業部賞(MVP)を受賞する。

しかし、翌11月に事態は一転してしまう。アクサスに厚生労働省大阪労働局から、行政処分の通知が届いたのである。

■「偽装請負」とみなされて

当時のアクサスでは、売り上げの約6割をシステム・エンジニアリング・サービス(SES)が占めていた。SESは、元請けとなる企業が派遣先企業を開拓し、準委任契約を結んだ個人、あるいは下請けの小規模事業者に所属するエンジニアを紹介するという方法で行われる。

人材を派遣する規模や期間などについての自由度が高いSESは、スピードが求められるシステム開発への対応に適している。したがって、システム開発の現場では広く用いられている方法である。

だがSES契約の下では、派遣先の企業からエンジニアが直接指示を受けて業務を遂行した場合、労働者派遣法の規定によって「偽装請負」とみなされてしまう。アクサスへの行政処分も、この問題によるものだった。

■一時は売り上げの3分の1を失ったが…

行政処分は、企業ブランドを毀損(きそん)し、取引先との関係やエンジニアの採用などにも影響が及ぶ。アクサスの場合も、このダメージにより売り上げの大きな減少、さらには退職者の増加などが進むことが危惧された。

巨大な嵐を連れてくる雲
写真=iStock.com/petesphotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/petesphotography

ここでアクサスは、行政処分を契機にビジネスモデルの転換を図る。一時は売り上げの3分の1ほどを失うことになったが、現在は成長基調を取り戻している。そして新しいビジネスモデルに移行した結果、アクサスは収益性を高め、2021年9月期決算において過去最高の事業利益(一般的な会社の営業利益に相当する)を達成している。

ビジネスは複雑であり、危機が新たな機会をもたらすことも少なくない。行政指導を受けるという危機を経て、アクサスはより収益性の高い健全な企業として再生を果たしたのである。

■危機の前から始まっていた経営改革への取り組み

なぜアクサスは、行政処分という向かい風を、短い期間で、事業を前進させる追い風に転じることができたのか。時計の針を少し戻すと、アクサスはこの危機に先立つ時期に、中長期の発展をめざす企業体になるべく経営改革に取り組んでいた。

2007年の設立後からしばらくの間、アクサスにとってSESは自社の成長段階に合致した事業形態だった。期首に強気の売り上げ目標を定め、これを重要業績評価指標(KPI)とした管理を行っていれば、ある時期までは順調に事業を拡大できた。一方で、エンジニアをはじめとする社内のスタッフの働き方、そしてその育成のサポートなどへの対応は、後回しになっていた。

やがてアクサスは、営業予算に基づく管理という一面的な経営の限界に直面しはじめる。売り上げは順調に伸びていたが、退職者の増加が目立つようになり、2014年ごろには離職率が一時24%にものぼった。

■「よい仕事」が評価されにくい構造的問題

先述したようにアクサスでは、日々の活動は基本的に期末の営業予算の達成度によって管理されていた。しかし営業部門以外のスタッフにとってみれば、営業予算の達成度は自身の裁量でコントロールしづらい数字であり、むしろプロジェクトの円滑な進行にとって支障となることすらあった。担当する業務においてよい仕事をすることが、管理指標にどのように貢献するかがわかりにくい状態のなか、日々の活動が続けられていた。

チャートを見つめながら頭をかいている男性
写真=iStock.com/ismagilov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ismagilov

また、営業を含む各部門のスタッフが、営業予算の達成度とは別に、個人の能力の向上や、売り上げ以外の組織への貢献などを公式・非公式に評価される雰囲気や制度も存在しなかった。しかも、アクサスが上げた財務上の成果は、自社内ではなくグループの他の企業に再投資されていた。

成長が続いていたアクサスだが、その内部には以上のような問題を抱えていた。当時アクサスの人事部長に外部から登用された砂長義和氏(現・代表取締役)は、「ただ無機質に人が集まっている状況で、『商売』というよりも、皆で『処理』をしているように感じたのを覚えている」と述べている(『マーケティングジャーナル』Vol. 42 No. 2 (2022) p. 66)。

■営業予算主導の経営管理の限界

ITエンジニアの派遣サービスという、売り手市場が続く事業領域を自社の柱としてきたこともあり、アクサスは短期的には営業重視の予算管理で成長を続けることができた。しかしそれだけでは、未来に向けて組織内の人材を育成し、制度や文化の練度を高め、取引先との関係性を強めていくという、中長期的な資源蓄積は進まなかった。

このような組織で働くスタッフにとってみれば、自分にとっても大切だと感じることができる何かが、時間とともに積み上がっていく感覚は乏しくなる。日々予算の達成をめぐって、営業とエンジニアなどの部門間の軋轢(あつれき)は強まる一方であり、気がめいる。一方で目を転じると、市場全体の成長は続いており、転職はしやすい。

こうなると、離職者が相次ぐことは止めがたい。この動きが臨界点に達すれば、土砂崩れのように組織の崩壊が進むことになる。

アクサスの執行部は、以上のような問題を直視し、無理な予算目標の見直しを進める。加えて彼らは、アクサスという企業の存在意義を問い直し、自社の理念とビジョンを明確にする社内プロジェクトに着手する。数字による管理の手綱を手放したわけではないが、新たに組織内に質的な共通目標となる理念とビジョンを確立することが、問題の解決につながると考え、取り組みを進めた。

■なぜ理念やビジョンが企業経営に必要なのか

営利は大切だが、金もうけだけのために人が集う企業であれば、金の切れ目が縁の切れ目となる。これを避けるためにも、理念やビジョンは必要であり、営利活動を積み上げていくことでどのような集団となり、社会への貢献をどのように果たしていこうとしているかの共通理解を、企業は経営の節目に応じて振り返り、深めるべきである。

山の頂上へのルート
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

アクサスの事業の成り立ちを考えれば、その社運は優れたエンジニア人材をどれだけ抱えることができるかにかかっている。その視点に立ち、アクサスは社内の幹部合宿などを経て、新たな企業理念として「すごい!を追求する」、そしてビジョンとして「日本でもっともエンジニアがわくわくする会社になる」を制定した。

エンジニア部門だけではなく、営業部門も管理部門も、全社をあげて「エンジニアがわくわくする会社」を実現するために「すごい!を追求する」ことに邁進(まいしん)する。そんな会社となっていこうというのが、アクサスの現在の理念であり、ビジョンである。

■「経営の数字」を納得するための共有基盤

理念やビジョンは第一に、組織のメンバーの共感を得られるものでなければならない。第二に理念やビジョンは、客観的で数量的な評価のためのものではなく、質的で抽象度の高いものがよい。なぜなら理念やビジョンの役割は、予算目標などの経営の数字の妥当性を、組織のメンバーが判断し、納得するための共有基盤を、その数字の外部に確保することだからである(神戸大学専門職大学院[MBA]『プレMBAの知的武装』中央経済社、2021年、p. 206-211)。

例えば現在のアクサスでは、「この目標数字は、『日本でもっともエンジニアがわくわくする会社になる』ためには過小なのか過剰なのか」と、各種のKPIを折に触れて見直す機会がビルトインされている。さらに理念やビジョンは、営利面の数字が思わしくなく、組織が空中分解しそうな時期を、共同体としての絆によって乗り切っていくための命綱ともなる。「『すごい!を追求する』会社なのだから、社内にこんなサポート体制をつくりたい」といったかたちで、予算管理からは生まれない共同体としての組織を活性化する提案を、内発的に生み出す仕掛けともなる。

■「稼げる体質」への移行に成功

危機に直面したアクサスが幸運だったのは、行政処分に先立ち、理念とビジョンに基づく経営に踏み切っていたことである。そのためであろう、実際には行政処分後も、危惧されていたような退職者の増加は生じなかった。大多数のスタッフがアクサスに残り、事業の再建に経営陣とともに取り組むことを選んだのである。

会議で、資料を指さす手元
写真=iStock.com/Yagi-Studio
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アクサスの売り上げについては、さすがに一時は3分の2ほどにまで縮小した。しかしこれも2年ほどで反転を果たしており、アクサスの事業は再び成長軌道を取り戻している。

そして重要なのは、この間にアクサスがビジネスモデルを転換し、収益性を向上させたことであろう。現時点では売り上げはかつてのピークにまでは戻っていないものの、利益についてはすでに過去最高を更新している。

アクサスが、このより稼げる体質への移行を果たすことができたのは、SESをやめて、労働者派遣事業に切り替えたからである。アクサスの社内では行政処分の以前から、SESはアクサスの理念やビジョンにかなう事業なのかについての議論がなされていた。しかし当時のアクサスにとっては、SESは自社の事業の稼ぎ頭であり、その停止は軽々には決断できなかった。さらにいえば、労働者派遣事業はSESに比べて難易度が高い。

しかし労働者派遣事業のもとで十分な人材を確保しつつ、需要の変動への柔軟な対応を実現するオペレーションを実現できれば、法令遵守だけではなく、中間マージンの削減などから収益性は確実に向上する。

このようなトレードオフを前に悶々(もんもん)としていたアクサスの背中を、行政処分が押すことになった。危機はこのようにしてアクサスに、新たな機会をもたらしたのである。

■求人にも有効だったユニークな理念とビジョン

アクサスは行政処分後に、積年の課題だったSESから労働者派遣事業への転換への取り組みを積極化する。労働者派遣事業を行うには、ITエンジニアを自社で雇用しなければならない。ITエンジニアは転職者の多い人材領域ではあるが、彼らは引く手あまたである。アクサスの求人に彼らがどれだけ応じてくれるのか。

求人を始めてみると、アクサスが定めていたユニークな理念とビジョンが効果を発揮する。転職市場のITエンジニアたちは、金銭面の報酬だけで仕事を選ぶわけではない。やる気のある人間がきちんと評価され、やりたいことに没頭できる職場かを気にする人たちも少なからずいる。こうした人たちがアクサスに集まってくるようになる。

さらにアクサスは「分不相応採用」という、自社に不釣り合いとも思える高度人材に積極的に声をかけ、採用を進める取り組みも始める。未来に向けてアクサスが変わっていくことへの期待感を、社内に醸成することを意図した取り組みだったが、ここでも採用候補者を口説くうえで、理念とビジョンが役立つことになる。

■女性活躍を推進する企業としての評価も得る

とはいえ、これらだけではアクサスにとって十分な数の人材は確保できなかった。そこで、未経験者を採用し、社内でITエンジニアに育成する取り組みも開始する。当然ながらそこには、採用した未経験者を育てる仕組みが必要となる。

アクサスでは、未経験者を経験者との組み合わせで派遣するようにしたり、保守・管理などの未経験者でも担当しやすい派遣領域を確保したりしていくことで、採用した未経験者を一人前のITエンジニアに育て上げる体制を整えていった。未経験者の募集を始めてわかったことだが、応募者には女性が少なくなかった。想定外ともいえる女性応募者を積極的に採用した結果、アクサスは2021年のWOMAN's VALUE AWARDの企業部門最優秀賞受賞など、女性活躍を推進している企業としての注目度も高めていく。

■エラーを価値創造の機会として活用

経営学や経済学では、起業家とはイノベーションや事業のスケールアップの担い手を指す。バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授は、優れた起業家は想定外の事態との遭遇というエラーを、誤りやミスと受け止めるだけではなく、価値創造のための機会として活用すると指摘している。起業家として熟達するためには、「狙って」「撃つ」だけではなく、「撃って」から「狙う」行動を大切にする必要があるというのである(サラス・サラスパシー『エフェクチュエーション』碩学舎、2015年、pp.117-119)。

では、なぜ優れた起業家は偶然をテコとして活用し、事業を劇的に再編することができるのだろうか。アクサスの事例を振りかえると、行政処分を受ける以前に理念とビジョンを確立していたことが重要な役割を果たしている。近視眼的に営業成果を達成することだけにとらわれず、理念とビジョンを定め、そのもとでの経営のあり方に備えていたことが、想定外の事態との出会いの活用を支えたのである。

第一に理念やビジョンがなければ、アクサスでは人材の流出に歯止めがきかなくなっていた可能性が高い。また事業の将来見通しが揺らぐなか、理念やビジョンの共有がなければ、組織の成員に継続的な努力の投入をうながすことは難しかったと思われる。

第二にアクサスでは、新たに定めた理念やビジョンの下で自社の事業のあり方を中長期的に再検討するなかで、行政処分に先立って労働者派遣事業の可能性を認識していた。だからこそアクサスは、躊躇(ちゅうちょ)していた事業の転換に踏み出す契機として、行政処分を受け止めることができた。理念やビジョンという質的で抽象度の高いステートメントに向き合うことが、経営の危機における転ばぬ先のつえとなっていたのである。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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