「コーヒーを飲み終わった客に日本茶を出す」喫茶室ルノアールが"効率の悪い接客"を続けるワケ
プレジデントオンライン / 2022年12月15日 15時15分
■中野の煎餅屋から始まった喫茶室ルノアール
毛足の長い絨毯にゆったりとした間隔で置かれた布張りのソファ。店員が水と布おしぼりを席まで持ってきて注文をとり、コーヒーや食事をサーブする。そんな昔ながらの喫茶店の雰囲気を今も残しているのが、喫茶室ルノアールだ。
運営する銀座ルノアールの猪狩安往会長が社長になったのは、2022年9月28日。48歳の前社長が体調不良により辞意を表明、勤続50年、71歳の猪狩氏が引き継いだ。
この人事を理解するには、同社の歴史と現状を知るのが近道だ。
まずはルーツから。初代社長の小宮山正九郎氏が復員後、中野駅北口で花見煎餅という店を始めた。1957年、四谷で喫茶店ルノアール1号店を開く。1964年に喫茶部門を独立させ、花見商事を設立。これが正九郎氏の銀座ルノアールの社長就任で、1989年には喫茶業として初めて店頭市場に登録を果たした。
2002年に次男の小宮山文男氏に社長を譲り、その文男氏から2015年に社長を譲られたのが長男・小宮山誠氏。猪狩氏の前任社長だ。
■徹底した「商人」だった初代・正九郎氏
創業家3代目の誠社長を襲ったのが、コロナ禍だ。2022年3月期の同社決算短信を見ると、2020年3月期に80億4500万円あった連結売上が2021年3月期には41億7300万円と半減、2022年3月期が45億5700万円。経常利益は、4億4700万円→△19億2700万円→△4500万円で、2期連続の赤字と低迷している。
さて、猪狩社長だ。「2022年3月期の当期利益は3億2000万円の黒字にしましたが、そうは言っても営業の方は本当に残念な数字が続いていて、そういったところが前任社長を精神的にも肉体的にも苦しめたと思います。若干の持病もあり、引き止めるとかえって苦しめると思い、退任の申し出を受けることにしました」
社長を引き受けたのは、2013年に93歳で没した正九郎氏への強い思いがあった。猪狩氏の見た正九郎社長は、徹底した「商人」だった。儲けることが第一だが、その前提が社会貢献。社会に貢献できる仕事なら必ず儲かる、儲かれば従業員も潤う、そう考える人だったという。
1972年に入社以来、経営中枢を歩んできた猪狩氏だから、バブル崩壊や東日本大震災などいくつも厳しい局面を見てきたが、コロナ禍は比べようもないものだった。
■コロナ禍の逆風に「逆に攻め所かもしれない」
「ルノアールは都心にあるビジネスマン向けの喫茶店。家賃や人件費を払いながらですから、店を開ければ開けるほど赤字になる。水道の蛇口を回して水を流すように、キャッシュが流れていく状況を考えると、これはえらいことだなと感じました」
耐えるしかないと業績に見合った経費や人の削減を地味に進めていたが、一向に収束しないコロナ禍に「耐えるだけではいかんな、逆に攻め所かもしれない」と思うようになったという。
「財務内容が多少よかったこともあって金融機関の協力を得ることができ、設備投資をするタイミングではないかと思いました。出店や新たな事業構築をすることで、先行きを案じて沈んでいる社内の空気を変えられるのではないかと思ったのです。前任社長もまだ在職中でしたが、一つの新しい目標を持つ事で意志の統一を図ることができるのではないかと思い、新しいベーカリー事業を始めました」
それが「BAKERY HINATA」。店内で粉から生地を仕込む「スクラッチ製法」を採用している。2021年9月にさいたま市の国道17号沿いに1号店を開き、12月に神奈川県座間市、22年8月に同大和市、12月2日に東京都国分寺市と急ピッチで出店している。
■「地元密着」で大躍進したコメダ珈琲
「ベーカリーは職人さんも必要で、コストもかかりますし、店内で一から作っているので大変です。でも『難しい』は『おいしい』の裏返しになると、あえてチャレンジしました」
都心型のルノアールとは違い、郊外への出店。コロナ禍を経てのリスクヘッジ戦略でもある。そして、カフェ業界の中で郊外型といえばコメダ珈琲だ。
経営するコメダホールディングスの決算説明資料(2022年2月期)によると、売上高は333億円で営業利益は73億円、コロナ禍前の20年2月期と比べるとそれぞれ106.7%、92.7%。郊外型に加え、店舗の9割以上がフランチャイズというビジネスモデルも奏功している。
「コメダさんはコロナ禍を予想して郊外型の戦略をとってきたわけではなく、地元密着というのはもともとの戦略でした。たくさんのメニューを提供し、かしこまらず、入りやすい店という戦略が当たったわけです」と猪狩氏。
■快適空間にお金をもらい、コーヒーはサービス
コメダの原点が「地元密着」なら、ルノアールの原点は「快適空間」だ。席と席との間隔が広く、隣の声が聞こえにくいから商談に向いている。しかも紙ではなく布のおしぼりを出し、コーヒーがなくなると日本茶が出てくる。これは猪狩氏が入社した時にはすでに定番となっていたサービスで、「ごゆっくり」という店からのメッセージだそうだ。
「都会のオアシス」ともいわれる、ゆったりとした内装になったのは必然的だったという。「初代社長が新規出店しようとしたときに、銀行からのお金の工面がうまくいかなかった。広い場所を借りたけれど設備にお金をかけられず、少ないイスやテーブルをばらばらと配置したのが、言ってみれば快適空間につながっているんです」
高サービスで居心地が良くなれば、回転率は下がる。経営効率が低いことは、素人でも想像がつく。が、猪狩氏はそれは変えないと言い切る。「昔ながらのうちのやり方は貫いていかないといけないし、創業者の思いもそこにある」と言うのだ。
「銀座の店を改装するとき、初代社長が『コーヒーもサンドウィッチも何も出さない』と言い出したことがありました。ゆっくりして、テーブルチャージを置いていってもらえばいいんだよ、と。『それでは家賃も払えない』と侃侃諤諤(かんかんがくがく)やりあいました。でもチャージをもらって、コーヒーはサービス。それが今のルノアールのスタイルになっていて、ルノアールというブランドなんです」と猪狩氏は言う。
■「創業の地」でシャトレーゼをオープン
ただし、銀座ルノアールという会社はそれだけで持ち堪えられている状況にはない。喫茶室ルノアール依存型でなく会社を継続させるための施策を考えていて、その一つがベーカリー。もう一つが2022年2月に締結した洋菓子店「シャトレーゼ」とのフランチャイズ契約だと話す。
「他社のブランドで商売していいのかと思い悩みました。でもシャトレーゼさんは勢いがある。そういう会社のブランド力を借りてみようと思いました」
現在、銀座ルノアールのシャトレーゼは中野ブロードウェイの1店だけ。しかもここは、正九郎氏が花見煎餅店を始めた「創業の地」。ルノアールの喫茶店でやってきたが、業績が悪化していた。「ルノアールの看板をおろすことはすごいプレッシャーで、創業者に心の中で謝りました」
中野にある本社で猪狩氏を取材した帰り道、訪ねたところ、レジ前は長い行列だった。「幸い、業績も上振れしていて一安心しています」と猪狩氏。
とはいえ、表通りに面した1階の店舗がほとんどないルノアールではシャトレーゼに切り替えられる店はあまりない。シャトレーゼの出店計画に乗る形で少しずつ増やしていくつもりだが、やはり基本はルノアール。そのために手をつけようと考えているのが、ルノアール以外の店の集約だ。
■他ブランドはあくまでルノアールを支える存在
現在、喫茶室ルノアール77店のほかに「ミヤマ珈琲」「カフェ・ミヤマ」「NEW YORKER’S Cafe」など6業態21店がある。
振り返ると、カフェへの業態転換はドトールなどの安売りコーヒーとの対抗上も時代の流れだった。が、世界を見渡して経営戦略を練るスターバックスが上陸してみれば、東京でコツコツ喫茶店を経営する会社が太刀打ちできる規模や速度ではなかった。
それでも3代目社長はブランドを増やす方針だったが、どれもうまくいっていない。整理するにあたっては、地方でも通用するブランドとしてルノアールを補うステップにつなげたい、と猪狩氏。
仮に集約されたブランドがうまくいけば、ルノアールとそのブランド、どちらに力点を置くのか、と尋ねた。即、「基本はルノアールです。ルノアールが50店になって、集約ブランドが100店になっても、私の中ではルノアール。あくまでもルノアールを支えるのが目的です」と返ってきた。そして、2代目時代の話になった。
■値上げしてもルノアールへの信頼は消えなかった
バブルがはじけ、3期連続赤字になり、監査法人からもこのままでは倒産の可能性がある「ゴーイングコンサーン」注記をつけなければならないという指摘を受けたことがあった。ドトールの台頭もあり、社長は「もうルノアールはむずかしい」と自信を失っていた。
そんなとき転機となったのは、猪狩氏が出勤する電車で読んだ「飲食チェーンの値上げ」という新聞記事だった。
猪狩氏はルノアールに自信がないなら開き直って値上げしましょう、と社長に提案。10月に値上げすると4月から9月までの半期の売上を10月の1カ月で上回った。お客さんはルノアールブランドを信頼してくれていると実感し、それならお客さんに何ができるだろうと考えた。ビルの建て替えで退店する際に支払われる資金もあり、全店改装に踏み切った。
「厳しい時に救ってくれたのもルノアールというブランドでした。ルノアールへの思いが強いというのは、そういうことなんです」
■71歳での社長就任は「創業者が私に与えた使命」
2022年11月1日、千葉駅東口に喫茶室ルノアールをオープンした。千葉県への出店は10年ぶり。ビジネス客に加え、かつて都内のルノアールを利用していた近隣住民も顧客に想定している。都心近県出店のテストケースと考えていたが、売上は好調という。
「条件さえあえば、どんどんルノアールを出店していきたい。同時に業績の悪いところは閉めないといけないので、開けたり閉めたりしながらです。とにかくルノアールというブランドを劣化させたくない。それだけは頑固に押し通したいと思います」
最後に、71歳で社長という立場についたことについて尋ねた。
「今回はある意味、会社の危機ですので、老体に鞭打って頑張っています。あと20年は猶予があるはずだった後継者の育成もしなくてはならず、しんどい話ではありますが、創業者が私に与えた使命かな、と思っています」
大株主として小宮山家は残るが、私の思いは創業者小宮山正九郎から叱られないようにすること、と猪狩氏。コロナ禍、突然の社長交代と続き、社内も動揺したのでは、と聞いてみた。
「コロナ禍でベーカリーという新事業を立ち上げたことが、一致団結でやっていこうという空気につながりました。今回の社長退任も同じように、ここはみんなで頑張っていかねばという空気につながっていると思います。私が年寄りであるがゆえに、年寄りを助けなくてはいけないという結束感ができたかなと勝手に思っています」
率直な猪狩氏の柔らかな自信が伝わってきた。
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コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。
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(コラムニスト 矢部 万紀子)
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