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「日本のEVは周回遅れ」は大間違い…ルノーが"不平等条約"を解消してまで日産に頼らざるを得ない根本理由

プレジデントオンライン / 2023年3月9日 10時15分

3社連合の提携関係見直しについて共同記者会見した(左から)日産自動車の内田誠社長、仏ルノーのジャンドミニク・スナール会長、三菱自動車の加藤隆雄社長、ルノーのルカ・デメオ最高経営責任者(CEO)=2023年2月6日、イギリス・ロンドン - 写真=時事通信フォト

2023年2月、日産自動車とルノーは対等な出資関係に合意したと発表した。20年にわたって続いてきたいびつな関係は、なぜいま見直されたのか。早稲田大学大学院の長内厚教授は「ルノーはEV技術で先行する日産の協力を得るために、譲歩するしかなかったのではないか」という――。

■なぜ日産は「ルノー傘下」となっていたのか

日産は1990年代後半の経営危機により、1999年にルノーとの資本提携を決定した。ルノーが日産株の43%を持ち、日産がルノー株の15%を持つという、日産が事実上ルノーの傘下に入る形で経営再建を図ることとなった。

ルノー傘下の日産では、カルロス・ゴーン氏がCEOに就任。ゴーン氏の経営の初期は、デザインには注力したものの、車種ラインアップの縮小整理やコストダウンのほか、販売の面においては薄利多売のコストリーダーシップ戦略を採ってきた。ゴーン氏の功罪については賛否が分かれるところであろうが、日産の再建に少なからず貢献をしてきたところは異論がないと思われる。

ゴーン改革初期に日産がデザインに注力したのは、自動車産業の特性を考えると正しい判断だったと言える。20世紀の日本の主力産業は家電と自動車と言われたが、めまぐるしく技術が非連続に変化するエレクトロニクスと異なり、自動車は基本的には連続的な技術変化の中で商品開発を行ってきた。

■ゴーン改革の「デザイン全振り」は悪手ではない

例えば、音響機器といえば、100年前は蓄音機、そこからオープンリールのテープレコーダー、コンパクトカセット、CD、MD、MP3、ストリーミングと、用途は同じでも全く出自の異なる技術が短期間に登場してくるのがエレクトロニクスだ。だからこそ電機各社は技術開発に力を注ぐし、日本の電機メーカー各社は技術革新だけが差異化戦略だと考えてきた。

一方、自動車はこの100年の間に大きな技術変化はなく、基幹となるパワートレインはガソリンかディーゼルの内燃機関だった。産業における価値は、技術がもたらす機能・性能に対する価値である「機能的価値」と、感性的情緒的な価値である「意味的価値」とに大別できる。

大きな技術的変化を繰り返してきたエレクトロニクスメーカーが機能的価値を連続的に訴求してきたのに対して、機能的価値の変化が少ない自動車という商品においては、デザインや居住性、ステータス性のような意味的価値が重要な産業となった。意味的価値が重要な自動車産業において、ゴーン改革初期のデザイン全振りという戦略はあながち悪手ではないと言える。

■「デザインは良いけど、技術は古い」というレッテル

ただ、大阪大学の延岡健太郎教授が言うように、価値というのは機能的価値と意味的価値が別々に存在しているのではなく、両者はお互いに関係し合いながら総合的な価値を作っている。デザインだけに注力したゴーン初期の日産は確かに、新しいマーチなどデザインが評価されて販売は好調であったが、次第に、日産は「デザインは良いけど、技術は古い」というレッテルが貼られていく。

2013年1月25日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで発言する、ルノー・日産アライアンス会長兼CEO(当時)のカルロス・ゴーン
2013年1月25日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで発言する、ルノー・日産アライアンス会長兼CEO(当時)のカルロス・ゴーン(写真=World Economic Forum/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

技術がもたらす機能的価値が競合他社と比べて大きく見劣りするようであれば、いくら意味的価値だけが大きくても総合的な価値が大きくなるわけではない。機能的価値の高さは本物感につながるので、そのこと自体も意味的価値を押し上げる要因となる。

例えば、2000年代初頭の中国ではアウディの大型セダンであるA6に中型セダンであるA4クラスのエンジンを搭載した、デザインだけが一つ上のランクのA6という中国専売モデルがあった。当初はデザインさえ高級であれば、中身はグレードの低いモデルのものと一緒でも構わないという顧客が一定数いたようだ。

しかし、中国の経済が発展し、機能的価値の高さも車格の高さを示すということに気づく顧客が増えると、ドイツ本国と同等なA6のほうが売れるようになった。高い機能的価値がベースとしてあって、初めて意味的価値の高さも重要になるということだ。

■米国中西部や新興国では、まだまだHVが活躍する

つまり、日産の優れたデザインを活かすために必要だったのは、日産の優れた技術による機能的価値の創造がコンビになっていることだ。GT-Rとともに技術の日産を象徴するクーペタイプのスポーツカーであるフェアレディZは一次生産を完了していたが、ゴーン氏が日産リバイバルプランの完了を宣言した2002年に再度、新型フェアレディZを開発したのも、技術の日産という機能的価値の高さと、機能的価値の高さから創造されるステータス性という意味的価値を生み出すためであったと考えられる。

一方、2000年代に内燃機関の技術の集大成とも言える、HV技術をトヨタとホンダが相次いで開発し、ヒット商品を生み出す中で、コスト優先の戦略の日産はHVブームに乗り遅れた。

今日、欧州を中心にこれからの自動車はEV一色になるという夢物語がまことしやかに語られているが、米国の中西部や多くの新興国など、いまでも石炭火力の依存度が高い国では、EV化はCO2削減につながらない。トヨタやホンダは、欧州やカリフォルニアなど、EV化に意味のある地域ではBEVを中心にラインアップし、米国中西部や新興国ではまだまだHVが活躍するというストーリーを描いている。

■日産はルノーよりも大きな自動車メーカーに返り咲いた

HV開発をスキップした日産は、早くからEVにシフトし、同じくEVに積極的な三菱自動車を傘下に置いた。また、同時に、ガソリンエンジンとモーターを組み合わせた独自技術e-POWERも開発している。これはコンパクトなガソリンエンジンで発電をし、その電力でモーターを回転させるという構造的にはEVや燃料電池車に近い考え方の技術だ。

ルノー流の経営の効率化(ここには現在も韓国現代自動車が抱える労組との対立という問題の解消も含まれる)と、e-POWERやEVに代表される日産の技術によって、日産の経営状況は回復するようになった。

ここ数年はコロナの影響もあり、販売台数を落としているものの、日産はもはやルノーよりも大きな自動車メーカーに返り咲いている。2022年の生産台数をみると、トヨタがトップで1048万台、2位のフォルクスワーゲン(826万台)、3位の現代自動車(685万台)に次いで、ルノー・日産・三菱グループは616万台で4位。そのうちルノーは142万台でしかないのに対して、日産は323万台とグループトップブランドになっている。

イタリア・ヴェローナの通りで充電中の日産のEV
写真=iStock.com/Joaquin Corbalan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joaquin Corbalan

■ルノーが画策するEV事業の新会社には、日産の協力が不可欠

そこで出てきたのが、出資比率の見直しだ。すでに日産の半分以下の台数となっているルノーとは、傘下としてではなく対等な関係で連携したいというのが日産の思いであろう。一方、ルノー側としても、日産・三菱が持つEV技術は欧州市場で欠かせないものとなっており、ルノーが画策するEV事業の新会社には日産の協力が不可欠とみられる。その結果、日産側に譲歩する形で今回の出資比率見直しが実現したのではないだろうか。

自動車産業は長く大きな技術変革に直面してこなかったので、大手、中堅メーカー問わずに、そこそこの連続的な技術進化に対応でき、デザインやコンセプトの良い車であれば、そこそこの売り上げと利益を確保できる産業であった。ゴーン改革初期のデザイン全振りのような極端な事例は長続きしないものの、内燃機関技術を効率よく改善し、連続的に機能的価値を高めつつ、新たなデザインや新たな用途提案などの高い意味的価値を提案し続けるというのが最近までの自動車産業の基本的な製品開発戦略と言っても良い。

基盤技術の大きな変革がなかったからこそ、自動車産業には多くの下位メーカーが生き残ることができたと言うこともできる。

■欧州勢は追い込まれてEVをやらざるを得なくなった

しかし、HVの登場以降、様相が変化する。特に内燃機関を急速に過去の技術にしようとしている原因は、欧州のクリーンディーゼルの性能偽装に端を発していると言っても良い。欧州の自動車メーカーはフォルクスワーゲンをはじめ各社が、日本のHVに対抗するために、クリーンディーゼルを環境に良い自動車として売り出そうとしたが、多くのメーカーで環境性能の偽装が発覚。ディーゼルエンジンを含む内燃機関そのものが欧州においては、環境に悪い過去の技術というレッテルを貼られてしまった。

よく欧州メーカーはEV開発を早く始め、日本は周回遅れのようにいわれることもあるが、それは正しくはない。日本にも日産、三菱のように積極的なEV開発メーカーはいるし、トヨタやホンダもEVを開発しつつも、EVだけではCO2削減につながらない市場に向けて水素などのその他の選択肢を残すことで、将来の不確実性リスクを避けようとしている。

むしろ追い込まれてEVをやらざるを得なくなったのが欧州勢である。もちろん、ルノーにもそうした焦りがあり、譲歩してでも日産のEV技術の協力を得ようとしているとみられる。

2022年1月12日、横浜・みなとみらいにある日産自動車グローバル本社
2022年1月12日、横浜・みなとみらいにある日産自動車グローバル本社(写真=ApaApJt/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■日本のエレクトロニクス産業が直面した状況と似ている

先に、これまでは中堅メーカーでもそこそこ連続的な技術変化に対応できれば利益が出てきたと述べたが、これからの自動車産業は日本のエレクトロニクス産業がこの20年直面したような厳しい環境にさらされることが予想される。

1990年代まで日本の電機各社は金太郎飴のように各社同じような製品ラインアップを持つ、総合家電メーカーであった。アナログ技術の延長の時代にはそこそこの販売数量でもそこそこの利益を出し、そこそこの規模の企業でも市場に残ることができた。しかし、2000年代以降のデジタルの時代になると、製品の機能や性能はソフトウエアと半導体によってつくり出されるようになり、大規模な投資をした企業が市場を総取りし中堅メーカーが淘汰(とうた)される厳しい状況が生まれた。

今日の自動車産業もそれに似ている。中堅メーカー各社は独自に内燃機関に代わる新たなパワートレインを自社内だけで開発することが厳しくなっている。トヨタのような王者は複数のパワートレイン候補を残すリアルオプション的な戦略をとることができるが、中堅メーカーではそれはかなわない。日産と三菱は早くからEVにベットした企業であり、その技術蓄積もある。しかし、今後の競争はさらに熾烈(しれつ)になるだろう。

■ルノーの支配から抜け出すには、今が格好のチャンス

EV化は自動車の構造を飛躍的に簡素化するので、大量生産のメリットが出やすくなる一方で、中国企業などの新規参入も容易にした。また、コストの大部分を占める基幹部品がリチウムイオン電池になると、安く大量に電池を調達できるメーカーほど利益が確保しやすくなる。一方で、これまでとは非連続なパワートレインの開発の為には巨額の開発投資が求められるので、企業の規模はこれまで以上に求められる。

こうした競争環境の変化の中で、ルノー・日産・三菱グループは、全社合わせて世界4位のポジションを維持できているので、その規模を守るためにも日産はルノーを必要とするし、ルノーも日産の技術とビジネスの規模を必要としている。EVシフトという基盤技術の大きな変革の中で、経営状況の改善した日産が、ルノー支配から抜け出すには今が格好のチャンスであったと言えよう。

日産も含めて今後の自動車産業の課題は、規模の拡大と維持である。内燃機関では、大量の部品点数と複雑な製品アーキテクチャ(構造)によって、高い参入障壁が設けられていたので、技術蓄積のある既存自動車メーカーによる市場の寡占が可能であった。しかし、既にテスラやBYDのような新規参入企業が容易に急成長してきたようにEV市場においては、従来の参入障壁は機能せず、新規参入が容易となっている。

■今後の自動車産業の課題は、規模の拡大と維持

また、レギュレーションによってEV化が避けられない欧州市場やカリフォルニア州などの一部の市場ではEVの商品ラインアップが必要となるが、新興国を中心に、電力が火力に依存していたり、EVの充電インフラが十分に整っていなかったりする市場では、これからもHVやe-POWERのような技術を活用した商品も必要となる。車種数を絞ったことで効率化を図った日産であるが、地域毎に異なるパワートレインが求められるようになれば、車種数は増加傾向となるので、それぞれ一定数以上の販売台数がなければ、収益化が難しくなる。

さらに、EV自体もリチウムイオン電池という外部調達が必要な部品がコストの大半を占めていることや、自動運転技術の進化には大量の半導体製品の調達も必要となり、これらの新たな電装部品を外部から調達するときに、自動車メーカーの規模が大きければ大きいほど、部品を生産するエレクトロニクスメーカーに対してバーゲニングパワーが強くなるので、やはり規模の大きさは重要となる。

■出資比率は見直したが、日産とルノーの協業にはメリットがある

このように考えると、デジタル化した以降のエレクトロニクス産業と同様に、自動車産業においても垂直統合と技術の囲い込みによる各社個別の開発生産から、企業の境界を越えて外部に多くの提携先を求めるオープンイノベーションが志向されることが予想される。

既に、ホンダはソニーやGMとの共同開発を始めているし、トヨタもマツダやスバル、BYDとの提携を行っている。企業の枠を越えてプラットフォームを共通化し、規模の経済性を効かせやすくすることが今後の自動車メーカーの生き残りには必須条件となってくるであろう。

その意味で、出資比率は見直したものの、販売地域で重複の少ない日産とルノーの協業は規模の拡大にメリットがあり、今後もグループ全体での規模の拡大と維持が重要になってくると思われる。

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長内 厚(おさない・あつし)
早稲田大学大学院 教授
1972年東京都生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー入社。映像関連の商品企画・技術企画、新規事業部門の商品戦略担当などを務める。2007年京都大学で博士(経済学)取得後、研究者に転身。同年、神戸大学経済経営研究所准教授着任。神戸大学経済経営研究所准教授、早稲田大学商学学術院准教授などを経て、2016年より現職。2016年から17年までハーバード大学客員研究員。ベトナム外国貿易大学ハノイ校客員教授、総務省情報通信審議会専門委員なども務める。主な著書に『読まずにわかる! 「経営学」イラスト講義』(宝島社)、『イノベーション・マネジメント』(中央経済社・共著)などがある。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でニュースやビジネスに関する動画を配信している。

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(早稲田大学大学院 教授 長内 厚)

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