なぜ大人も映画館に「名探偵コナン」を見に行くのか…年800冊の漫画を読む哲学者が語る"知られざる魅力"
プレジデントオンライン / 2023年6月9日 13時15分
■もはや社会現象化となった「名探偵コナン」
「名探偵コナン」という名前を聞いたことがない人は、もはやほとんどいないでしょう。1994年から週刊少年サンデーに連載され始めた青山剛昌さんによる漫画で、すでに100巻を超えています。コミック累計発行部数は、2023年2月時点で2億7000万部を突破していて、執筆時点では日本国内の漫画で第4位に当たる発行部数とのこと。とんでもない売れ行きです。
もちろん、本作はアニメ化されています(1996年から現在に至るまで)。パンデミックによる一度の延期を除いて、1997年以来ほぼ毎年アニメ映画が制作されており、2023年春に公開された『名探偵コナン 黒鉄の魚影』は、26作目に当たります(ちなみに、『黒鉄の魚影』の監督は、話題の劇場アニメ『Blue Giant』の立川譲さんです)。
『黒鉄の魚影』の興行収入は、執筆時点で125億円を超え、観客動員数は886万人を記録する人気ぶりだといえば、ファンでない人は驚くでしょうか。映画公開から40日ほどで、日本の歴代興行収入ランキングで31位になりました。
30年続く長寿コンテンツであることから察せられるように、この人気ぶりは一過性ではありません。USJにはコナンのアトラクションがあるし、コラボカフェやグッズ展開、ゲームや他作品とのコラボも枚挙にいとまがなく、その勢いはとどまるところを知りません。爆発的な人気があると同時に、日常のワンシーンに溶け込むような作品、例えば「ドラえもん」くらいの位置に「コナン」は座っているのです。
■哲学者がファンでない人向けに語る「コナン」の面白さ
でも、この記事では、コナンの人気ぶりを掘り下げるつもりはありません。それなら、こんなふうに、コナンの基本事項を振り返ることになるのでしょうか。
小学1年生として生きる江戸川コナンは高校生探偵の工藤新一であるとか、怪しげな男たち(黒ずくめの組織)に妙な薬を飲まされて身体が縮んだとか、組織にばれないように小学生を続けているとか、そういう基本的な情報のことです。
でも、これくらいのことなら、ウィキペディアで済ませた方が便利でしょう。そんなことを記事で語り直しても仕方がありません。
私は京都市在住の哲学者です。1990年に生まれ、物心ついた頃からコナンに接してきました。今ではアニメやドラマを毎期膨大に観るし、毎年800冊前後漫画を読んで暮らしています。
そういうポップカルチャー好き研究者の視点から、非コナンファン向けにコナンの面白さを解説するというのが、この記事の趣旨です。ちなみに、上記の「黒ずくめの組織」がコナンのメインストーリーなのですが、そのネタバレはありません。
■近年の劇場版は脚本のクオリティーが高い
この記事では、(執筆当時)映画公開中ということもあるので、毎年制作される「コナン映画」を扱うことにします。ただし、私の楽しみ方は、ファンの多くの楽しみ方と違うかもしれません。
多くのファンは、魅力的なキャラクター同士のやりとりを楽しみにしているはずです。あるいは、コナン映画の「あるある」(作中クイズ、有名人声優枠、豪華な主題歌など)を意外と楽しみにしてもいるでしょう。
古いコナン映画には愛すべきB級っぷりのものも多いのですが、ここ数年は、娯楽映画としてのクオリティーが上がっています。キャラクターの超人的な動きを「そんなものだ」と割り切って観られるなら、コナン映画にはいろいろな面白がりどころがあるのです。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)として知られる一連のマーベル作品のように、視覚的刺激に満ちたサスペンスフルな大作映画のようなものとして、コナン映画を観ることができるなら。
■「街を破壊する想像」があるから映画版は面白い
高品質化の影響として、近年のコナン映画はハリウッド的になっています。つまり、「破壊のスペクタクル」が随所に散りばめられており、視覚的に強い印象を受けるのです。この記事では、「破壊のスペクタクル」に照準を絞ってコナン映画の面白さについて掘り下げようと思います。特に〈街の破壊に対する想像力〉の話をします。
ファンからすると変わった面白がり方に見えるかもしれません。でも、コナンに1ミリも興味なさそうな人に、「コナン映画って、〈街を破壊する想像力〉とその描写がすごいんだよね」という話をすると、いつも急に食いつきがよくなって、「映画を観たくなった!」と言ってくれることが多いんですね。
なので、これから〈街を破壊する想像力〉の話をします。なんなんだ〈街を破壊する想像力〉ってやつは……。
■「ルパン三世」とのコラボ以来、コナンはスペクタクル化した
「名探偵コナン」は、文字通り探偵ものです。だから、コナン映画も、長らく「殺人事件の推理や解決」が映画の主軸でした。当然のことです。建物の爆発や炎上などはよくあることでしたが、基本的には殺人事件という狭い人間関係で生じる物語がメインストーリーであり、従って、基本的には小さい話になりやすいわけです。
しかし、文芸評論家のさやわかさんが、『名探偵コナンと平成』という名著で指摘するように、2009年にテレビスペシャルで行われた「ルパン三世」シリーズとのコラボが行われた辺りから、事情が変わってきました(コラボ映画は2013年)。ルパンコラボ以降のコナンは、スペクタクルの度合いが高まり、結果としてできるだけ大きな破壊や派手なアクションが映画の随所で散りばめられるようになったのです。
さやわかさんは、こう続けています。
それ以前も建物一つが爆発するうんぬんといった描写があるのですが、街を舞台にした丁々発止のやりとりが激化しているのも確かに思えます。映画にしばしばテロリストが登場するようになったのがその証しです。
■シンガポールの船形の展望デッキが港へ落下したことも
私としては、その「映像的なスペクタクル」を求める方向が、ここ数年のコナン映画では、〈街を破壊する想像力〉へと向かっているのが面白いと感じています。脚本上の壮大さやスリルの演出の仕方が、空間的に大規模な破壊になることが続いているのです。
コナンは子ども向けコンテンツなので、悲劇は防がれます。つまり、コナンたちの立ち回りによって、街や大建築の破壊やテロルが現実のものになることはありません。しかし、街の破壊が寸前で止まるとしても、娯楽映画としては、スペクタクルのために街が危険にさらされねばならないわけです。
ハリウッドをはじめとして、〈街を破壊する想像力〉それ自体は珍しくもないわけですが、コナン映画は何十年も毎年続いているため、なかなか趣向が凝らされ、多様な想像が展開されている点が特筆に値します。
例えば、『純黒の悪夢(ナイトメア)』(2016)では、観覧車の留め金を外されて坂道を転がり、辺りをなぎ倒しながら遊園地来場者が避難しているところに転がっていく場面があります。
『紺青の拳(フィスト)』(2019)では、シンガポールの高級ホテルであるマリーナベイ・サンズの屋上にある、ビルよりも巨大な船型の展望デッキ(サンズ・スカイパーク)がいろいろあってシンガポールの街や港へ落下していくシーンがあります。
■「ハロウィンの花嫁」では渋谷の街が破壊されそうだった
個人的に印象深いのは、『ハロウィンの花嫁』(2022)のクライマックスです。ハロウィンというフレーズからすぐにわかるように、ハロウィンの渋谷が出てきます。渋「谷」と書くように渋谷の地形には傾斜があるのですが、劇中では、犯人たちがその傾斜を利用して街を破壊しようと企てるのです。
どの映画でも、犯人たちに計画された災禍そのものはコナンによって未然に防がれ、救いようのない悲劇にはなりません。大抵の場合、コナン映画では殺人事件以外の死者は出ていません(少なくとも劇中で死者数などが明示されることはありません)。しかし興味深く思われるのは、コナンが悲劇を止めようとするプロセスで、街や大建築を破壊してしまうことが避けられないことです。
特に『ハロウィンの花嫁』はその特徴がよく出ています。コナンたちが悲劇を止めようとするときの、看板の壊れ方とか、電気の止まり方とか、柱のひしゃげ方などがとても精彩に描写されていて、ちょっと『AKIRA』的なかっこよさがありました。
似たことが『業火の向日葵(ひまわり)』(2015)でも起こります。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの絵画「向日葵」のために作られた美術館が爆発で崩れていくシーンがあるのですが、高校生で空手の関東大会優勝者である毛利蘭は、武器を使わず素手だけでコンクリートの壁を破壊し、ゴッホの絵画を守るというシーンがあります。
■コナンたちが悲劇を防ぐプロセスで何かが破壊される
映画がスペクタクルを目指す以上、そこには破壊への想像力が働いています。コナンたちはそれを止めたり、何かを守ったりするために全力を尽くすのですが、そのプロセスで何かがしばしば破壊されます。
しかも、コナンたちが防ぎ守るときの破壊は、とても細かな描写と丁寧な演出で描かれがちです。私が大友克洋『AKIRA』を連想したように、かなりかっこいい描かれ方です。
〈街や大建築を破壊する想像力〉は、コナン映画において多様な趣向が凝らされていて、一つの見どころであると言えます。それと同時に、悲劇を未然に防ぐプロセスで避けられない破壊が、映像的に強い印象を視聴者に残すほど丁寧に描かれているのもコナン映画の外せない魅力です。
■「こんなふうに渋谷の街を破壊するのか」という意外性
『紺青の拳』で船型の展望デッキが落ちていくプロセスも、『業火の向日葵』で肉体がコンクリートの壁に勝って破砕される虚構的なリアリティーも、『ハロウィンの花嫁』で柱や看板など街の表面にあるものが壊れていく経過や表情も、破壊のスペクタクルとして非常に優秀です。
キャラクターやストーリーを楽しみにするだけでなく、目を惹く見世物的なスペクタクルの一瞬を味わうというのも悪い鑑賞法ではありません。今年はどんな〈街を破壊する想像力〉が働いていて、その悲劇を防ぐプロセスで、どんな破壊のスペクタクルが観られるのか、と考えてみてください。とても力の入った描写が観られるはずです。
■アニメの中で現実の風景が美しい廃墟になる感覚を味わう
これは、テロの恐怖を伝える映像的スペクタクルであると同時に、廃墟を美的に快く思う人の感覚に通じるものが立ち現れている映像的スペクタクルであるように思われます(廃墟については、『フィルカル』7(2), 2022の「特集 遺跡と廃墟の美学」を参照してみてください。とても面白いです)。つまり、現実の風景をフィクショナルに破壊することで、今ある光景を廃墟としても捉える知覚をコナン映画は与えてくれるのです。
おそらくここで思い出し、コナン映画に重ねるべきは、マーベル作品です。マーベルでは、「アイアンマン」シリーズや「スパイダーマン」シリーズなどの都市を舞台にした連作を中心に、〈破壊や悲劇を防ごうとするプロセスで生じる破壊〉というモチーフが登場します。
マーベルも、コナンも、どちらも長年にわたって制作されているだけでなく、〈街や大建築を破壊する想像力〉に満ちており、〈悲劇を防ぐプロセスで生じる破壊〉が登場します。さまざまな属性を越えて人気を勝ちえるような大衆映画の一つの最適解がここにあるのかもしれません。いずれにせよ、そこで描かれる丁寧な破壊描写が、やはり強い印象を視聴者に与えているのは間違いありません。
コナン映画の破壊の描写をみていると、都市や建築をよく観察しているように私には感じられます。もちろん、現実の通りではなく、アニメの文法に適合する仕方で誇張され、変更されてはいますが。だから、〈都市や建築(の壊され方)〉に注目してコナン映画を観ると、映画の楽しみ方が増えるだけでなく、日常の都市や建築の見方まで変わり、ひいては、日ごろの目線や歩き方も変わってくるのではないか。そんなことを考えています。
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哲学者、京都市立芸術大学 講師
1990年、兵庫県に生まれる。哲学者。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。単著に『スマホ時代の哲学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『鶴見俊輔の言葉と倫理』(人文書院)、『信仰と想像力の哲学』(勁草書房)などがある。
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(哲学者、京都市立芸術大学 講師 谷川 嘉浩)
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